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ショートポニーは勉強が苦手

「おい彼氏。お前の彼女なんとかしろよ」


 ゴールデンウィークから1週間ほど経った放課後。


 晃晴はホームルームが終わった瞬間からピクリとも動かない心鳴の方を見ながら、前の席に座る背中に声をかけた。


「おーいココー、大丈夫かー? 帰ってこーい」


 やれやれ、と立ち上がった咲が固まったままの心鳴に歩み寄り、顔の前で手を振ると、微動だにしていなかった顔がピクッと反応を示す。


 そのままゆっくりと俯いたかと思うと、やがてぶるぶると肩を震わせて、心鳴は勢いよく顔を上げた。


「うぅーがぁー! テストなんて嫌いだぁー!」


 心鳴がよく通る声で目下、自身を悩ませている悩みの種を叫ぶ。


 ゴールデンウィークが明けて1週間もすればどこの高校でもテスト週間に入るだろう。


 晃晴たちの通う高校でも、例に漏れずその時期がやってきていた。


 クラス内を見渡すと、心鳴のように叫びはしていないものの、頭を抱えていたり、不安気な顔をしている人物がちらほらと確認出来た。


「なんで晃晴はそんなに余裕そうなわけ……?」


 それとなくクラス内を見ていた晃晴の元に、信じられないものを見る目をした心鳴が咲に背中を押されながらやってくる。


「俺は普段から授業で寝たりしてないし、ノートもちゃんと取ってるからな。そんなに上にいく自信はないけど、赤点はまずない」


 というか赤点なんて取ろうものなら親が黙っていない。


 晃晴は1人暮らしをするにあたって、親から勉強と定期的な近況報告を怠らないようにと申し付けられているのだった。


 なので、毎日ではないがそれなりに予習復習を欠かさないようにしていたりする。


「ここって赤点ライン決まってるし、そんなに身構えなくても大丈夫だって」

「ラインって何点……?」

「確か30点だったか」


 咲が口にした瞬間、心鳴の顔がパッと明るくなった。


「なーんだ! それくらいなら全然大丈夫だねっ! あー、心配して損した」

「……ちなみに、一夜漬けでどうにかしようなんて甘い考えは捨ておけよ」


 晃晴が忠告すると、心鳴が笑顔のままビシリと固まった。


「中間は3日間だけど、期末になると5日間だしな。毎日一夜漬けなんてしたらテスト中に寝落ちするのが落ちだ」

「そのやり方のままいくと、学年上がるごとに覚えること増えていって通用しなくなりそうだしなー」


 付け加えて言うと、咲がうんうんと頷きながら乗っかってきた。


 彼氏からも言われてしまい、心鳴の顔から花が枯れるように笑顔が失われていく。


 そんな心鳴を見て、晃晴はため息を漏らす。


「そんなに心配なら、有沢もあっちに混ざって教えてきてもらったらどうだ」


 顎でクラス内のとある方向を指し示す。


 その方向には、この空間の中で最も目立っていると言っても過言ではない集団があった。


「ねえねえ、浅宮さん。ここの問題なんだけど……」

「ああ、これは——」

「ごめん浅宮さん! ここ教えてくれない!?」

「ここはですね——」

「浅宮さん、私もいい?」

「はい、大丈夫ですよ——」


 集団を形成している中心は涼やかな笑みを浮かべながら、多方面に勉強を教えている侑だった。


(よくもまあ、あそこまで同時に捌けるもんだよ)


 傍から見ていれば明らかに大変そうなのに、教えている本人はその苦労すら感じさせていない。


「うーん、あたしはいいかな」


 晃晴と同じく、侑を見ていた心鳴が首を横に振った。


「あたしがあそこに混ざるとただでさえ多い負担が増えるじゃん」

「ココの場合どの教科が苦手、とかじゃなくて等しく苦手だもんな」

「むっ、失礼な。国語はマシだよ。日本人だからね」

「理由がもうバカのそれだろ」


 胸を張った心鳴に、晃晴が呆れて半眼になりながらツッコミを入れる。


「というわけで週末は晃晴の部屋で勉強会な」

「どういうわけだ」

「どうせこうなるって流れ、読めてたろ?」

「……誠に遺憾ながらな」


 勉強会になるだろうな、とは思っていたし、そこに加えて1人暮らしである晃晴の部屋は遊ぶにしろ勉強するにしろ、最適だ。


 端からこうなると分かっていた展開に、晃晴は諦念のため息を吐き出した。


「それなら今日はたっぷり遊びたい」

「嫌なこと先送りにしてもあとで苦しむのは自分だぞ」

「まあまあ。ココの言うことも一理あるって。テスト週間は厳密には明日からだしな。オレらも英気を養おうぜ」

「さっすが咲! 話が分かる! じゃあゲーセン行こっ、ゲーセン」


 味方を得たことで調子づいた心鳴がビューっと自分の席まで小走りで駆け抜け、鞄を掴んだ。


 合わせるように咲も自分の鞄をひょいっと背負う。


「ほらほら2人とも、早くー」

 

 入り口の方から急かしてくる明るい声に、ようやく晃晴も鞄を持って立ち上がった。


 並んで先に出て行った2人の背中を追いつつ、ちらりと侑の方を一瞥する。


(忙しそうだし、連絡しとくか)


 クラスを出る直前で立ち止まってスマホを取り出し、


『大変そうだし、()()()()()()()()()()()()()()。自分のことを優先してくれ』


 そうメッセージを送ると、侑が通知に気がついたのか、周囲に一言断ってからスマホに目を落とした。


 それだけ確認してから、前を歩く2人に追いつこうと早歩きになりながらスマホをポケットにしまおうとすると、スマホが振動した。


 思わず再び足を止め、返信してきた相手であろう人物とのチャットを開く。


 そこには、デフォルメされた白い猫がどこか不服そうな顔をして『……』という吹き出しを出しているスタンプだけが貼られていた。


 提案に不満があるのは伝わってくるが、どこに不満があるのかが分からない。


 聞き返そうかとも思ったが、わざわざチャット上でやりとりをしても長くなるだけだと、既読だけ付けてポケットにスマホをしまいこんだ。


(それにしても、まさか()()()()()()()()ことになるなんてな……)


 前を歩く咲と心鳴の背中を追いかけながら、改めて自身が置かれた境遇について思いを馳せる。


 あの時は、もうこれ以上の急な関係の進展なんて起こり得ないと思っていた。


 しかし、実際には侑が晃晴の部屋に食事を作りに来るようになってしまった。


 晃晴と侑が同じ食卓を囲むようになったきっかけ、それは1週間前、ゴールデンウィーク最終日の夜に遡ることになる。

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