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予期せぬ遭遇

「んじゃな、また学校で」


 荷物をまとめてひらりと手を振ってリビングから出ていく咲を「ああ」と見送る。


 一応客人なわけで、本来なら玄関まで見送るところだが、咲も心鳴もそこまで気遣われたくないらしい。


 そう言われて以来、咲と心鳴を見送る時はさらっと流すようになっていた。


(……さて)


 1人になったリビングで晃晴はローテーブルの上に置いていたスマホを掴んだ。


 そして、画面に指を滑らせ、咲が帰ったというメッセージを侑へと飛ばす。


 既読はすぐに付き、『分かりました』と返ってきた。


 そのメッセージに既読だけ付け、スマホをローテーブルに置く。


 それからぐるりと部屋を見回し、咲と夜中に開けた菓子類の袋を手早くゴミ箱へ入れる。


 咲が寝る時に使っていたソファに置きっぱなしになったままのタオルケットも回収し、洗濯カゴへ。


 自分の分のコップは使うだろうと、咲の分だけを手に取ったところでインターホンが鳴り響いた。


 確認する必要はないのだが、念の為に覗いたモニターには侑が映っている。


「鍵は開いてるから入ってきてくれ」


 モニター越しに伝え、持ったままだったコップをシンクに置いたところで、


「こんにちは。お邪魔します」


 リビングに侑が姿を見せた。


「……なんか荷物多くないか」


 ぺこりと頭を下げている侑は、手にはタッパー、背中には小さめなデイパックを背負っていて、隣の部屋に来るだけにしては荷物が多いように見える。


「これはお野菜をたっぷり入れたビーフシチューで……あ、もしかしてもうお昼って済ませてましたか?」

「いや、まだ食べてないけど……いいのか?」


 ローテーブルの上に置かれたタッパーを見下ろし、尋ねた。


 侑が人に料理を作るのが好きだというのは分かっているのだが、こっちの感覚としては、どうしても作ってもらって申し訳ないという気持ちになってしまう。


「はい、もちろん」


 晃晴の表情にそんな心境が出ていたのか、侑がくすりと微笑んだ。

 

「……ありがたいけど必要以上に費用がかかってるならちゃんとその分出すからな」

「大丈夫ですよ。これは冷蔵庫の中のものを消費していこうと思って作ったものなので」

「そうなのか?」

「はい。ですので、かかった費用は1人分よりも少ないぐらいですよ」


(とはいえビーフシチューなんてよく作ろうと思うよな)


 自分なら絶対食材を買い過ぎたら無駄にしてしまう上に作ろうとも思わないだろう。


 素直に感心しつつ、宣言通り野菜がごろごろと入れられたそれにもう1度視線を落として、侑を見た。


「……それで、その背負ってる方は?」

「実は、今日はこれのことで相談があって」


 侑がデイパックを床に置き、中のものを取り出す。


 出てきたものの正体に晃晴は目を丸くした。


「……ゲーム機?」


 カラーリングは違うが、それは晃晴も持っているものだった。


「昨日買ったはいいのですが、初めてこういうものを買ったので、操作方法やおすすめのゲームなど教えてほしいのです」

「それはいいけど……わざわざ買ったのか?」


 興味を持って買うのは誰にだってあることだ。


 だが、恐らく侑はほしいものがある時、本当に必要かどうかを考えてから手を伸ばすタイプだろう。


 特にゲーム機なんて高額で、高校生の懐事情でおいそれと買えるものではない。


 晃晴の疑問に侑は少しだけ頬を赤くし、はにかんだ。


「だって、これから日向くんと遊ぶ機会も増えるかなって思ったので」

「……そうかよ」


 恥じらいながら言われて面映ゆくなった晃晴はつっけんどんにぼそりと呟いた。


(ほんっと、こいつの笑顔は心臓に悪い)


 友人関係になったということは、仲違いするまでこの笑顔を目にしないといけないということだ。


 いい加減慣れていかないと、こっちの身が持ちそうにないので、少しでも耐性を付けることをひっそりと決めていると、


「それに、負けっぱなしは悔しいじゃないですか」


 侑のぽそっとした呟きが耳朶を打った。


「負けっぱなしって……ああ、ゲームか」


 どうやら、泊まった日の夜に負け続けたのがよほど悔しかったらしい。


 僅かに頬を膨らませ、子供っぽい仕草でむくれる侑に晃晴は思わず苦笑してしまう。


 負けず嫌いにもほどがあるだろ、と口にしながら晃晴は侑の分のコップと飲み物を準備するのだった。






「……勝てません」


 数時間後、様々なジャンルのゲームを終えたのだが、前回同様、1度も晃晴に黒星を付けることが出来なかった侑がぶすりとむくれている姿があった。


 コントローラーを握りしめ、恨みがましい目をこっちに向けてくる。


「そりゃ、昨日今日で初めてコントローラーを握ったやつに負けるわけないだろ」


 侑の不機嫌さが乗った視線をさらりと受け流した晃晴はスマホの画面に目を落とす。


 いくつものゲームをプレイしたことで、そろそろ夕食のことを考え始めないといけない時間になっていた。


「浅宮、拗ねてるのにさりげなくもう1戦始めようとしているところ悪いんだけど晩飯はどうする?」

「別に拗ねてないです。……もうそんな時間なのですか」


 晃晴の部屋には時計がないので、侑も自分のスマホに目を落とした。


「よければ私が作りますよ」

「いいのか?」

「はい。元々そのつもりでしたので」


 立ち上がった侑が冷蔵庫の中を覗く。


「まともな食材はないぞ。若槻のやつが大量に置いていった飲み物と菓子ならあるけど」

「……まさかとは思いますけど、私が来なかったらそれを晩御飯にして済ますつもりだったわけじゃありませんよね」

「さすがにそこまで食生活に気を遣ってないわけじゃない」


 惰性とはいえ、身体を鍛えたりしている身なので最低限の栄養ぐらいは摂取しているつもりだった。


(大体コンビニ弁当かスーパーの惣菜だけどな)


 頻繁に野菜を食べてるわけじゃないことは黙っておくことにした。


「それならいいのですが。ちなみに日向くんはなにか食べたいものはありますか?」

「作ってくれるものならなんでも食べるけどな。……じゃあオムライスとか」

「オムライスですか……今ちょうど卵切らしてるので、買いに行かないと」

「買い出しなら俺が行ってくるぞ」

「いえ、私も行きますよ」

「や、そのぐらいは俺に任せて……」

「この時間、卵がお1人様1パックまで割引なんですよ」

「ああ、なるほど……」


 ふんす、と意気込む侑につい苦笑を漏らす。


 そう言えば、スマホでよくスーパーの割引情報を調べていると言っていた。


(要するに、2人で2パック買おうってことな)


 納得した晃晴は余った分は自分より使う機会の多い侑に譲るということにし、財布をポケットに捩じ込んだ。


「あ、そうだ。お部屋にまだビーフシチューが余っているので、オムライスにかけるのはどうですか」

「……天才か」


 昼に食べたビーフシチューは晃晴好みの味付けで夢中になって食べてしまったぐらい美味しかった。


 侑の作るオムライスの味がどういうものかは分からないが、今まで食べさせてもらった料理を鑑みるにまずいわけがないだろう。


 そこに絶品だったビーフシチューがかけられることに、晃晴は表情こそあまり動いていないものの、内心ではかなりテンションが上がっていた。


「行くか」

「ふふっ。はい」


 はやる心を抑え、あまり表情には出さずに誤魔化せているつもりだったが、侑からすればまったく隠せていないらしい。


 わずかにテンションの上がった晃晴の様子を見てくすくすと笑っている侑より先に部屋を出る。


「——もしかして留守? やっぱりちゃんと連絡は入れないとダメだったかー……ん?」


 部屋を出ると、侑の部屋の前に見覚えのない女性が立っていた。


 真っ白な髪を後頭部の下辺りでお団子気味にまとめ、蒼色の瞳をしたどこか気品のある女性だった。


 その女性が部屋から出たばかりの晃晴をジッと見つめてくる。


「あ、あの、なにか……?」

「あ、ごめんね。うちの姪っ子と同じくらいの子が出てきたからつい」


 容姿は気品があるのに、口を開けば気安さと親しみやすさを感じる口調。


 そこにも驚いたが、晃晴が引っかかったのはもっと別の部分だった。


(……姪っ子……? この人って……)


 晃晴が引っかかった言葉の正体に辿り着こうとしたのと同じタイミングで、


「……叔母さん……?」


 ちょうど部屋の外に出てきた侑が、引っかかりの答えを口にしながら、目の前に立つ女性を見て、ぱちりと目を瞬かせた。


 そして、目の前の女性も侑が隣の部屋から出てきたことに対して、同じように目を瞬かせ、


「やっ、侑ちゃん。会いに来ちゃった」


 ニッと人好きのしそうな笑みを浮かべたのだった。

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