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罰ゲーム

「じゃあ俺たち待ってるから、着替えたら出てこいよー」

「……」

「あっれー? 返事が聞こえないよー? こーせークーン?」

「……分かってるよ」


 更衣室の外から聞こえてくる2人分の野次に、晃晴は頬を引き攣らせながら呻くように返事をする。


 ため息を吐きながら、晃晴が姿見の方に顔を向けると、そこには仏頂面をしたいつも通りの自分ではなく、


(あーくそっ……どうしてこんなことに……)


 整髪料により髪を整えられた見慣れない自分の姿があった。


 とある事情により晃晴は今、咲と心鳴に連れられて、お洒落なアパレルショップの更衣室の中にいた。


 ハンガーには首謀者2人がセレクトした晃晴に似合いそうなお洒落な服。


「……マジでなんでこうなった」


 晃晴は再度ため息を吐き、こうなってしまった原因について思いを馳せた。


 きっかけは数時間前、咲と心鳴が晃晴の部屋にやってきたところまで遡ることになる。






「うぃっーす、来たぞー」

「おいっすー」


 5月3日の午前10時半頃。


 晃晴の部屋に咲と心鳴が揃ってやってきた。


 咲は先日の宣言通り泊まりに来たので、少々荷物が多め。


 心鳴は逆に小さなポシェット1つという軽装っぷりで、ハーフパンツにダボっとしたシルエットのシャツがトレードマークのショートポニーと相まってスポーティさに拍車がかかっている服装だった。


「おーなんだよ晃晴ー。寝起きじゃねえか」

「わっ、見てよ咲ー。晃晴の後頭部寝癖立ちまくってるよ」

「……お前らさ」


 人の部屋に上がり込むなり好き勝手に言いたい放題のカップルをじろりと睨め付けた。


「連絡してから来るまでノータイムとかふざけてるよな?」


 睡眠中だった晃晴は、取るまで鳴り止まない電話で叩き起こされていた。


 その内容は家の前にいるとのことで。


 晃晴は見知った相手故にだらしないまま準備をしなかったのではなく、準備をする間もなく、2人を招き入れる羽目になっただけだった。


 寝起きでいつもより目つきが悪い晃晴に睨まれても、咲と心鳴はどこ吹く風といった様子だ。


 それどころか、咲に至ってはニッと歯を見せて、少年のように無邪気な笑みを浮かべている。


「わりーわりー。オレ、本気で楽しみだったからさー」


 菓子とか飲み物とかめっちゃ買ってきたわ、と楽しそうにパンパンなレジ袋を見せられてしまえば、完全に毒気が抜かれてしまう。


「大体10時過ぎてたら朝早くないでしょ。だらしないなー。どうせ夜更かしでもしたんじゃないの?」

「日付けが変わる前には寝たって。……やめろ、寝癖をみょんみょんするな」

「えーあたしより早く寝てるじゃん。なんならあたし8時には起きてランニングも済ませてるし」

「そもそも朝早くの基準は人によって違うだろ」


 しつこく寝癖を弄んでくる心鳴を追い払いながら、晃晴はしかめっ面を作ってみせる。


「まぁ、その元気なところがココの可愛いところだよな」

「ありがとー咲! ふふん、晃晴もあたしの健康的な生活を見習うべきじゃないのー?」  


 朝からバカップル具合を見せつけられ、晃晴のしかめっ面は数段深いものになった。


「……逆に有沢はもっと睡眠時間取った方がいいんじゃないのか」

「ほう? その心は?」

「だって身長伸びてないだろ」

「あんだとこらぁー!」


 意趣返しのカウンターを喰らい、吠え始めた心鳴を横目にあくびをしながら洗面所へ移動。


 リビングから笑いながら心鳴を宥めている咲の声が聞こえてくる。


 さっと寝癖を直し、冷水を顔に叩きつけると、残っていた眠気はどこかに消え去った。


 タオルで大雑把に顔と髪の水分を拭い去り、リビングへと戻る。


「晃晴ー、冷蔵庫に色々入れてもいいか?」

「ああ」

「うしっ、それじゃ失礼して……お?」


 冷蔵庫を開けた咲が不思議そうにしながら、中からタッパーを取り出した。


「筑前煮? 晃晴が作ったのか?」

「俺がそんな手の込んだもの作れると思うか? ……お隣さんからのお裾分けだよ」

「へぇー、お隣さん」

「……なんだよ」


 面白いものを見つけた、と言わんばかりの咲の顔に仏頂面をぶつける。


「ご近所付き合い、上手くやってんだなーって」

「別に普通だ」

「仲良くやってないと普通はお裾分けなんてしてくれないだろ? ちなみに女の人だったり?」

「……そうだけど。おい、その顔やめろ」


 にやにやとした笑みを浮かべ始めた咲に「特別なことはない。ただのお隣さんだ」と嘘をついた。


 まさか隣にクラスメイトで学校一の美少女、浅宮侑が住んでいて、その侑と昨日から友人関係にある、なんて口が裂けても言えるわけがなかった。


「ふーん。……ちなみにお隣さんって美人?」

「……まあ、美人、だな」


 実際には可愛い系だと思うけど、と脳内で呟く。


 にやけ面を大きくしてこっちを見てくる咲のわき腹を軽くどついておくことも忘れない。

 

「ほらほら咲も晃晴も。いつまでも男2人でじゃれ合ってないで、こっちはもう準備出来てるんだからさ」


 後方から心鳴の声が聞こえてきて、振り返る。


 晃晴たちが冷蔵庫の前で小競り合いをしている内に準備したのだろう。


 人数分のコントローラーが繋がったゲーム機がスタンバイされていた。


 まだ両手どころか片手でこと足りるぐらいしか、この部屋に来ていないはずなのに、勝手知ったる手際の良さ。


 誰がじゃれ合ってるんだよ、とぼやきながら人数分のコップと飲み物を何本か用意して、ローテーブルに置く。


 咲も晃晴に倣い、大皿に適当に菓子を開けて入れたり、ポテトチップスをパーティ開けにしたりと続く。


 ついでに、コントローラーを汚さないように人数分の割り箸も用意しているという抜け目の無さだった。


(こういう気遣いが自然に出来るからモテるんだろうな)


 心鳴の横に腰を下ろした咲を見ながら、晃晴も2人から少し距離が離れたところに座る。


「それで、なにするんだ?」

「そりゃあ、アレしかないっしょ」


 心鳴が咲にアイコンタクトを飛ばし、視線の意図を汲んだ咲がコントローラーを操作。


 カーソルが大人数が遊べる吹っ飛ばし系アクションゲームに合わされた。


「これしかないよな」

「うんうん。さすが咲、分かってんね」


 心鳴がうむ、と頷きながら画面を操作し、キャラクター選択画面にまで進める。


「普通に勝負してもつまんないし、せっかくだから罰ゲームありにしない?」

「は? 罰ゲーム?」


 にやり、と挑発的な笑みを向けてくる心鳴に胡乱な目を向ける。


「お、いいじゃん。そんじゃ、最下位がトップの言うことを1つ聞くってのはどうだ?」


 面白いと言わんばかりに提案に乗った咲がありがちな罰ゲームを口にした。


「いいねいいねっ。燃えるじゃん」

「……はぁ。あまりロクでもない命令は禁止な」

「おっしゃ、言質取った! 始めるか!」


 そして、唐突に始まった罰ゲームありのゲーム大会は終わり、


「……いくらなんでもおかしい」


 最下位こと晃晴は今のプレイを振り返り、不平不満を漏らしていた。


 一見するとただの負け惜しみのように聞こえるが、晃晴の中には確かな違和感があった。


 晃晴が操作するキャラが吹っ飛ばされ、その先に別の誰かがいて、追撃される。


 このゲームのシステム上、それはごくごく普通のことであり、そこに文句を言うつもりなどない。


 が、いくらなんでもその機会が多過ぎた。


 まるで2人で示し合わせて、晃晴1人を狙い澄ましたかのような場面が何度もあったのだ。


「さてさて、約束通り、罰ゲームといきましょうか」

「ぐっ……!」


 文句を言いたいところではあるが、疑念はあれどそれを決定づける証拠はない。


 なにを命令されるのかと身構え、トップだった咲の言を待つ。


 咲がスゥッと息を吸い込み、


「今から晃晴にはお洒落になってもらいます!」

「いぇーっ!」

「…………は?」


 告げられた言葉に、晃晴は思わずぽかんと口を開けてフリーズしてしまう。


「おい、それって……」

「はいいいから出かけるぞー。着替えた着替えた」

「ちょっ、おい!」


 咲に背中を押され、晃晴は寝室に押し込まれる。

 

 言動について問いただそうと後ろを向くと、バタンと扉が閉められてしまう。


 そうなってしまえば、晃晴も口を閉ざし、言われた通り着替えるしかない。


 渋々上着を脱いだところで、


「やー、上手くいったねー」

「だな。計画通り」

「お前らやっぱり謀ってやがったな!?」


 リビングから聞こえてきた、いぇーいという声とハイタッチをする音で、疑念は確信へと変わったのだった。

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