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2人は昼食も共にする

 偶然にも晃晴が行くつもりだった家電量販店に修理専門店が入っていた。


 では、行ってきますと律儀にぺこりとお辞儀をした侑を見送って、家電を見ながら時間を潰す。


 家電を見ているようで、ただただぼうっとしていると、侑が戻ってきた。


「どうだった?」

「大体1時間ほどかかるそうです」

「そうか」


 時間については想定通りだった。


「どっかで飯でも食ってれば潰せそうだな。なんか食いたいものとかあるか?」

「え?」


 晃晴としては変な質問をしたつもりはないので、侑が漏らした困惑気味な声に困惑してしまう。


 お互いに疑問の色を目に宿し、怪訝な顔をし合う奇妙なにらめっこが行われ始める。


「どうかしたのか」


 このままでは埒が明かないと、自ら口火を切る。


 すると、侑は戸惑いの表情のまま、


「お店には案内してもらったわけですし、てっきりもう解散するって言われると思っていたので……」

「……あー」


 言われて気がついた。


 確かに目的は果たしているのだから、一緒に時間を潰す必要はない。


 妙な空気にしてしまったことを誤魔化す為の言葉を探しても、上手い言葉は見つからず、


「悪い。なんか、無意識だった」


 結局、頬をかきながら心の内を正直に口に出すことしか出来なかった。


 侑のことを真面目だの、律儀だの思ってはいるが、晃晴自身もかなり真面目な方なので、相手を困惑させてしまったことに罪悪感を覚えていた。


(そりゃ嫌がるに決まってるだろ。バカか、俺は)


 ここ数日、偶然とはいえ侑と過ごす時間が続いていて、少し距離感を見失ってしまっているのだと思う。


 本来ならば、自分と侑はただのクラスメイトで隣人。


 偶然が重なり続けて一緒にいるわけであって、決して友人同士ではない。


 そんな自分などが、まるで仲の良い友人のような真似をしても、今のように困惑させてしまうだけだろうと、晃晴は自分自身を戒める。


「ごめん。嫌な気持ちにさせたよな。配慮が足りなかった。友達でもない異性と飯とか普通に嫌だよな」

「……ぇ」


 頭を下げると、頭上から侑のか細い、囁き未満の声が聞こえたような気がした。

 

 晃晴がわずかに顔を上げ、侑を見やれば、なぜか呆けているようにも、しゅんとしているようにも見える表情の侑が立っていた。


「あっ、いえっ。驚いただけで、嫌だったというわけではないんですっ」


 違和を感じたが、こっちの視線に気付いた侑が慌てて声を上げたので、違和感は即座に霧散してしまう。


 代わりに、嫌だったわけじゃないと告げられたことに対する安堵の気持ちが湧いてきた。


「……そうなのか?」

「はい。むしろ、私のせいで日向くんに嫌な思いをさせてしまって、申し訳ないです」

「いや、そもそも俺が」

「いえ、私が」


 にらめっこが終わったというのに、言い合いが始まる。


 内容は自分が悪いという庇い合いなので、平和極まりないものだが。


「……なあ、この小競り合い終わらなくないか。悪いのは俺なんだけど」

「……ですね、終わらないと思います。悪いのは私ですけど」


 お互いの強情さに、揃ってため息を吐く。


 意地の張り合いを続けていたせいで、胸にあった罪悪感めいたもやは既に消えかかっていた。


「結局、ここで解散ってことでいいんだよな」


 当然、そうなるだろうと思っての発言だった。

 

 晃晴の中では既に炊飯器を買って帰宅したあと、なにをするかという思考に移っていた。


「……あ、あのっ。ひ、日向くんさえ良ければ、なのですが、わ、私と一緒に……ご、ご飯を食べに行きませんかっ」

「へ?」


 思いもしていなかった提案に、晃晴の口から呆けたような声がこぼれ出た。


 その反応に侑が眉尻を下げ、不安そうにしてしまう。


「あ、や、ち、違う。その、嫌ってわけじゃなくて、不意打ちだっただけというか……その……本当にいいのか?」

「は、はい」

「……そうか」


 本人が良いと言っているのだから、これ以上の確認は時間をいたずらに消費するだけだろう。


(誘ったのは俺だし、今更だけど……俺なんかと一緒にいていいのか)


 思うところはあるが、わざわざ口に出して言うことでもない。


 晃晴はその代わりに、どこに食べに行くかという話題を口にしたのだった。






「……行きたいとこってここかよ」


 侑が行ってみたいところがある、と言うのであとをついていく形になり、家電量販店から移動すること徒歩数分。

 

 目の前には赤と黄色の看板が特徴的なファストフード店があった。


「なあ、本当にここでいいのか」

「1度、来てみたかったのです。私、こういうところに行ったことがなくて」

「……マジか。もしかしてファミレスとかも?」


 侑がこくりと頷いたのを見て、もう1度「マジか」と呟いた。


「叔父と叔母は料理好きで、ほとんど外食の機会もありませんでしたから」

「学校からの帰り道に友達とかと寄ったりもしなかったのか」

「私は居候の身でしたし、家事をサボるわけにもいかなかったので、誘われても断っていました」


 淡々と告げられた内容に、息苦しさを覚え、晃晴は気付かれないように眉を軽くしかめた。


(本来なら、付き合い悪いとか言われて浮きそうなもんだけどな)


 実際はその逆。


 学校一の美少女の名を本人は望んでいないだろうが欲しいままにし。


 男女問わずから尊敬と好意を集め、クラスの中でも中心人物と言っても過言ではない。


 侑が自らの境遇から生み出した、人に過度に踏み込まない、踏み込ませないを徹底しながら、誰に対しても平等に接するという処世術。


 それは一見、器用に人間関係で立ち回っているように見える。


 しかし、人には迷惑をかけらない、頼れないという1人でなんでもこなせるようにしないといけない生き方は、侑が抱えたものからしてみれば仕方ないのだろうが、ひどく不器用にも思えた。


(……けど、浅宮は、そんな風に生きるって決めてから)


 ——とてつもない努力をしてきたのだろう。


 勉強は休み時間にクラスメイトからよく質問され、淀みなく答えている場面を何度も目撃した。


 運動は運動部の女子がスカウトに訪れたというのを小耳に挟んだ。


 そこに加えて、文字通り、誰もが振り向く容姿。

 

 女子の身だしなみ事情に明るくない晃晴でさえも、手入れが行き届いてると思わせる綺麗な白い髪と肌。


 スタイルも細すぎず、太すぎず、日頃からしっかりと運動をしているのが分かる均整の取れた身体付き。


 それらを維持するのに、一体どれだけの時間を注ぎ込んでいるのか。


 方向性と量は違うが、日々の研鑽を積んでいる晃晴だからこそ、侑が普段から行っている努力を感じ取ることが出来た。


 少なくとも、自分と同年代の少女が簡単に続けられる量ではないはずだ。


「……なんですか?」


 無意識の内に侑を見つめてしまっていたのだろう。


 隣で同じくレジ待ちの列に並んでいた侑が視線に気付いたのか、こっちを胡乱に見上げてきた。


「ああ、いや……いつもこんな感じなのか」

「いつも? なにがですか?」

「周りからの視線」


 指摘すると、晃晴がなにを言いたいのか気がついたらしい侑はああ、と得心の声を上げる。


「そうですね。今はゴールデンウィークですので、いつもよりは多いとは思いますが、大体いつもこんな感じです」


 次いで、侑の口から紡がれたのは淡々とした肯定だった。


 実はと言うと、侑に集まっている視線は駅にいた時から気がついていた。


 人目を惹いているのは間違いなく、透き通るように綺麗で浮世離れした白髪。


 たとえ、始めは視界の端に映っただけだとしても、目立つものには自然と目が吸い寄せられる。


 吸い寄せられた目は優れた容姿がそのまま釘付けにしてしまっているのだろう。


「まあ、今日は声をかけられていませんから。いつもよりマシなくらいです」

「……色々と大変なんだな、お前」


 同情されるのは好きではなさそうだが、さすがに同情を禁じ得なかった。


「慣れていますし、もう諦めています」


 苦笑とともに呟いた侑が前を向く。


 横顔からはレジを待っているだけなのに、まるでテーマパークに来た子供のような、楽しげな雰囲気が感じ取れた。


 その雰囲気に水を差すのは憚られたので、侑に倣い、前を向いて口を噤む。


「ところで、日向くんはこういうところにはよく……来そうですね」

「断定かよ。確かに前まではよく来てたけど」

「その言い方だと最近は来ていないのですね」

「今の家の近くにないからな。あったら住んでる」


 基本的に味の濃いものを好む晃晴にとって、ジャンクフードの類は好みのど真ん中。


 好物を食べに来ない理由はない。


 侑は呆れたような目をこっちに向け、「不健康過ぎます」と苦言を呈してくる。


「そういう人間の為にメニューにサラダがあるんだよ」

「絶対に頼んでませんよね」

「まあな。サラダ1品追加するぐらいなら、ナゲットを追加する。俺はそういう人間だ」

「胸張って言うようなことではありませんよ……」

「というか栄養を気にする奴はこういうとこに来ないだろ」


 鼻を鳴らし、侑に投げた会話のボールが返ってくる前に、店員のお次でお待ちのお客様というお決まりのセリフが聞こえてきた。


 侑と共にレジの前に進み出て、メニューを眺める。


 と言っても、晃晴は気に入ったものをずっと頼みがち。


 なので、新作のものが出ているかどうかの確認だけでザッとメニュー表を流し見るだけで済んだ。


 しかし、ファストフード店に来るのが初めての侑はメニュー表とにらめっこをしていた。


「初めてなんだし、普通のハンバーガーセットでいいんじゃないか」

「そ、そうですね。では、このセットとサラダをお願いします」

「俺はこっちのセットで。クーポン使います」

「あ、支払いは私がします。奢らせてください」


 財布を取り出そうとすると、侑に止められた。


「いや、そんなわけにはいかないだろ」

「いいのです。今日案内していただいたお礼なので」

「……はぁ。……分かったよ」


 侑が自分が受けた恩に対する貸し借りをとても気にするのは分かっていたし、どっちが払うのかの問答をして、後ろの客を待たせるのも忍びない。


 晃晴はため息を吐きながら了承し、レジ横のモニターの前に移動する。


 すぐに頼んだセットがトレーに乗せられて出てきた。


 興味深そうに乗せられたものを眺める侑とトレーを持って階段を登り、空いている席を探す。


(……お)


 視線を巡らせていると、窓側とは逆の壁際の席に座っていた2人組が立ち上がった。


 足早に空いた場所へと向かい、腰を下ろす。


「ちょうど空いてよかったな」

「はい。……では、早速」


 侑が緊張した面持ちでハンバーガーへと手を伸ばした。


「包装紙を剥がすだけなのにそんな厳かな感じにならなくてもいいだろ」


 苦笑しながら摘んだポテトを口に放り込んでいると、横から「……む」という声が聞こえてきた。


 侑の方を見ると、なぜかハンバーガーを見ながら眉を顰めている。


「どうした?」

「このハンバーガー、作り方が雑じゃないですか?」

「……そんなもんじゃないか?」


 ファストフード店はスピード提供が売り。


 大量の客を捌かないといけないのだから、1つ1つを丁寧に組み上げている暇なんてないはずだ。


(まあ、確かにたまにこれはないだろってほど雑な積み方されてるのもあるけど)


 そう考えれば侑のものはまだマシな部類だろう。


 しかし、侑は気に食わないらしく、眉根を寄せて手元のハンバーガーを見続け、


「……仕方ないですね」


 やれやれといった感じのニュアンスの呟きを零した。


 なので、てっきり雑な積み方を許容し、そのまま口に運ぶものだとばかり思っていたのだが。


「……おい、なにしてるんだよ」


 侑が包装紙をトレーの上に広げ、自分で綺麗に積み直し始めたのを見て、晃晴は思わず声をかけてしまう。


「なにって、見ての通りですが」

「や、それは分かる。俺が聞きたいのはなんでそんなことするんだってことだ」

「気になるじゃないですか。それに、このままだと食べづらいですし」


 こっちには目もくれずにハンバーガーを整えていく侑を見て、晃晴はそれ以上の追求をやめた。


 なんとなく、その作業を眺めつつ、再びポテトに手を伸ばしたところで——


(……ん?)


 視界の隅に映り込んだ違和感に手を止めた。


 生じた違和を辿るように目線を動かしていけば、そこには明らかにこっちに向けられたスマホのレンズ。


 恐らく、というよりは、間違いなく侑を撮ろうとしているのだろう。


 見られるのには慣れていると言っていたが、さすがにこれは度を過ぎている。


 マナーもなければモラルもない不埒なスマホの主に対し、晃晴は侑に聞こえない程度に舌を打つ。


「浅宮」


 自分が盗撮されているとは露も知らず、綺麗に積み直したハンバーガーを前に満足そうにしている侑に小声で呼びかけた。


「出来まし——なんですか?」

「席、交換してくれ」

「え? は、はい。いいですけど……?」


 言うが早いか、晃晴は座っていた壁際の席から立ち上がった。


 侑が席を移動する間もスマホのレンズに自分の身体が写るように立ち、侑が座ったのとほぼ同時に隣に座る。


「あ、あの、日向くん。一体なにが……?」


 困惑した侑のセリフを聞きつつ、顔は盗撮をしている客の方に向ける。


 ピントが合わなかったのか、動画で撮っているのかは知らないが、向こうは未だにこっちにスマホを向けたまま。


 今は晃晴とレンズ越しに目が合っているはずだ。


 不快感を滲ませたまま見ていると、スマホの持ち主がバツが悪そうに顔を逸らし、スマホをしまった。


 その客が一緒に来ていた友人か誰かに強めにどつかれているのを目にして、晃晴も一息吐きながら、ようやく目を逸らす。


「っ……!」


 右側から侑が息を呑んだ音が聞こえてきた。


 今の一連のやりとりで自分が盗撮されていたことを悟ったのだろう。


 同時に、晃晴が侑を庇う為に動いたことも。


 横顔を見つめてくる侑には気が付かない振りをして、晃晴はストローを咥えてドリンクを飲む。


「……ありがとうございます」


 やがて、控えめだったが、周囲のざわめきをものともしない静かな言の葉が晃晴の耳朶を打った。


「……ん」


 晃晴もまた、控えめに返事をし、食事を再開したのだった。

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