偶然は重なる
ゴールデンウィーク2日目の午前11時を過ぎた頃。
晃晴は自分の部屋で、出かける為の準備をしていた。
いつも通り、飾りっ気のないチノパンにTシャツを合わせ、人に見られても変ではないレベルの服装に身を包む。
(こんなもんでいいよな)
洗面台の鏡を軽く見ると、黒髪でパッとしない自分の姿が映った。
寝癖がついていないかだけ確認し、特にセットすることなく、洗面所をあとにしようとして、直前に洗面台に置かれた整髪料が目に入り、足を止めた。
その整髪料は晃晴があまりにも外見に無頓着だからと、咲が置いていったものだ。
——素材はいいから色々と整えればカッコよくなる。
頭には、咲と心鳴に言われたことがよぎったが、
「……いやいや、やっぱないない」
知り合いからの評価が自己評価の低さを上回ることはなく、結局、整髪料を手に取ることはなく、部屋を出る。
あくびをしながら歩き始め、またすぐに足を止めてしまった。
エレベーターの前にはここ数日の出来事で、すっかり見慣れつつある真っ白な髪の少女。
言うまでもないことだが、浅宮侑が立っていた。
蒼い双眸が、エレベーターの階数表記をどこか退屈そうに見上げている。
「……あ」
なんとなく、足を止めたまま侑の横顔を眺めてしまっていたのだが、視線に気が付いたのか、侑がふとこっちに視線を向けた。
途端に退屈そうで無表情がほんのわずかに緩んだような気がした。
そのまま見続けているわけにもいかず、晃晴は止めていた足を動かし始める。
「こんにちは、日向くん」
「……ん。体調はもういいのか」
挨拶に軽く右手を挙げながら応じ、微妙に間を空けて隣に立った。
「はい。おかげさまで」
「そりゃよかった」
「今日はどちらに行かれるのですか?」
「新しい炊飯器を買いに。さすがに修理するよりも買い換えた方がいいだろ」
修理でも別によかったのだろうが、炊飯器を修理するという話はあまり聞いたことがない。
昨晩、親に電話して炊飯器が壊れた旨を伝えたところ、お金を送るから買い換えろとのお達しがあった。
元々実家で使っていたお古であり、そのことも手伝って、ありがたく買い換えに踏み切らせてもらうことになったのだった。
「そっちは?」
「私はスマホショップに」
「そう言えば、水没してたんだったな」
チン、と音がして晃晴と侑の前にやってきたエレベーターに2人で乗り込む。
「でも、ショップに行くよりも修理専門の店に行った方がいいと思うぞ」
「……そうなのですか?」
「ああ。というかショップに持って行っても、正規の修理店に持って行くように言われるだけだと思う」
「そういうものなのですか。詳しいのですね」
「水没はしたことないけど、画面割れて使えなくなった時そんな感じだったからな」
ついでにショップ経由で修理の依頼をすると、代替え機は貸してもらえるだろうが、修理自体は週単位でかかるであろうことも説明しておく。
ほう、と侑が興味深そうに息をついた。
そうこうしている内に1階のエレベーターホールに到着し、動いている時特有の浮遊感が消える。
侑、晃晴の順番で外に出ながら、会話を続ける。
「週単位ですか。それは困りますね」
「……意外だな。そんなにスマホ多用してるようには見えないけど。どんなことに使ってるんだ?」
「お料理のレシピを調べたり、スーパーの特売情報を調べたりです」
「主婦」
おおよそ現役女子高生とは思えない使用用途に、率直な感想が口から漏れ出てしまった。
晃晴のストレートすぎる感想が気に食わなかったのか、侑はむっと不満気な顔になる。
「別にどう使おうと私の勝手でしょう」
「いや、悪い。バカにするつもりは全然なかった。ただ予想してたものとは方向性が違いすぎてな」
明らかに自分に非があることは確かだったので、素直に頭を下げた。
「それと動物の動画も観たりしてます。まあ、私が一般的な女子高生とはズレがあるのは間違いないのですが」
「だから悪かったって。好きなんだな、動物」
なおも拗ねたまま、侑が言葉を重ねてきたので、出てきたワードに飛びついて、話題の方向転換。
「見ていて癒されますから。それに、人と違ってなにかと気を遣ったりしなくてすみます」
「……ああ、そうだな」
前半の理由よりも後半の方が気持ちがこもっていた気がしないでもない。
が、わざわざそれを指摘してまた機嫌を損ねるような真似はしなかった。
というか正直なところ、晃晴にも侑の言っていることがよく分かるので、ツッコむことよりも同意の気持ちが先行しただけだった。
「でも、修理店に持って行くにしても、どのみちスマホショップに先に行って場所を聞かないといけなさそうですね」
侑が少々億劫そうに呟いた。
表情の変化に乏しいように見えて、意外と分かりやすいということも、この数日で分かったこと。
そんな嘘をつけない正直なところを目にして、うっすらと苦笑を漏らす。
「なら、俺と一緒に行くか?」
「え?」
侑がぱちり、と蒼色の瞳を瞬かせる。
「俺が調べて直接連れて行った方が早いし、その方がお前も面倒がないだろ」
「確かにそうですが……それは……ご迷惑になります」
「前にも言ったけど自分から提案しておいて迷惑になるなんて言うわけがないだろ。もし迷惑になるなら、最初から言い出したりしない」
さっきまで拗ねていたくせに、今は慌てたような顔をしている侑に晃晴の笑みは苦笑から微笑へと切り替わる。
「まあ、そっちが嫌なら無理にとは言わない。俺の方こそ、迷惑だったら言ってくれ」
「そ、そんなっ、迷惑だなんてこと……!」
大声を出しかけて、ここが人通りのある道の真ん中だと気付いたのか、あたりをきょろきょろと見回し、一息吐いた。
そして、ちらりと上目遣いで晃晴を見上げてくる。
「……では、よろしくお願い出来ますか?」
「……おう。任された」
ほんのりと色づいた頬と上目遣いは晃晴の動揺を誘うのには十分だったが、晃晴は努めて動揺を隠し、侑の先を歩き始めた。




