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メインヒロインと迎える朝

「おい。そっちが動かすターンだぞ。……浅宮?」


 色々とゲームをやり続け、パーティゲームをしていた最中。


 画面の中のキャラクターも動かなければ、呼びかけても応答がなくなってしまった。


 晃晴は怪訝に思い、侑を見やる。


(……マジか)


 そこには、こくりこくりと船を漕いでいる侑の姿が。


 耳をすますと、小さな寝息まで聞こえてきた。

 

 握っていたコントローラーは既に手から抜け落ちている。


 誰がどう見たって、完璧な寝落ちだった。


「0時回ってるし、そりゃ落ちるか」


 侑は普段からあまり夜更かししそうにない感じがする。


 逆に晃晴は休日の前はいつも夜遅くまで起きているので、寝ようと思えば寝られるが、目は冴えていた。


「……起こすのは悪い、よな。……でもなぁ」


 客、しかも女子をこのままにしておくわけにもいかない。

 

 同様の理由で、ソファに寝かせるのも気が進まない。


(仕方ないよな)


 心の中で謝りつつ、立ち上がった。


「よっ、と」


 小さなかけ声と共に、侑を本日2度目のお姫様抱っこで抱え上げ、起こさないように寝室へ。


 そのままゆっくりとベッドに身体を置き、上から毛布をかける。


「んっ……」


 すると、侑は小さく声を漏らし、身じろぎしながら、毛布をきゅっと握りしめた。


 なぜだか警戒心のかけらも感じず、安心しきっている様子はまるで小さな子供のようで、


(ちょっとは警戒しろよ……ったく)


 思わず呆れてため息をついてしまう。


 あまり寝顔を眺めるのも悪いので、タオルケットだけ持ち出し、すぐにリビングへ戻った。


 ソファに仰向けに寝転がり、目を閉じる。


「……ふう」


 身体の力を抜くように、息を吐き出す。


(なんか本当に、色々ありすぎたな)


 瞼の裏に、今日の出来事が浮かび上がっては消えていく。


 そんなことをしていると、目は冴えていると思っていたのに、思いの外、眠気がすぐにやってきてしまった。


 晃晴の意識は、そう長く持たずに眠りの中へ沈んでいった。

 





「っ……!」


 目を閉じていても、感じられる明るさに、意識が徐々に浮上してくる。


(朝、か……)


 寝る前の天気が嘘のように、窓から見える空は雲一つない快晴。


 眠りを邪魔されたことで、太陽を睨みたい気分でいっぱいだったが、それをすると目がやられるだけなので、甘んじて敗北を受け入れる。


「浅宮はまだ寝てるか。……飯、あいつのも作っておくか」


 独りごちながら身体を起こす。


 冷蔵庫の中には侑が買った分の食糧が入っていて、好きに使ってもいいと言われている。


 と言っても、晃晴は侑の好き嫌いなんて知らないので、無難にベーコンと卵を選んだ。


 トースターに食パンを放り込んで、待ち時間でベーコンと卵も焼いていく。


「ん……?」


 ついでに、コーンポタージュ用にお湯を沸かしておくことも忘れない。


 そして、一通りの作業が済んで、テーブルの上に朝食の乗った皿を並べ始めた頃。


 寝室の方の扉が音もなく、ゆっくりと開いた。

 

 中から、髪があちこちぴょこんと跳ねた侑がこっちを伺うように顔だけを覗かせる。


 寝起きのせいか、目が少しとろんとしている。


「おはよう」


 声をかけるとビクリとし、扉に口元までを隠してしまった。

 

「……お、おはよう、ございます……」


 蚊の鳴くような声だったが、一応返事が聞こえてきて、侑が口を一文字に結びながら扉の影から出てくる。


「どうかしたのか」

「い、いえ……あの、め、目が覚めたら見知らぬ部屋のベッドの上だったので……」

「ああ。ゲームの途中でお前が寝落ちしたから、そのままにしておくわけにもいかないし、勝手にベッドまで運ばせてもらった」

「そ、そうですか……すみません。ベッドを使わせてもらって……」


 お礼を言うだけにしては、どこか煮え切らない。

 

 自分はベッドを使い、部屋の主の晃晴をソファで寝かせたことを気に病んでいるのだろうか。

 

「ベッドを使ったことは気にするなよ。客をソファで寝かせるわけにはいかないし、端からそのつもりだった」


 とてとてと近づいてきた侑の態度に引っ掛かりを覚え、また迷惑云々の話だと思い、そう告げる。


「そ、それもあるのですが、そうではなくて……」


 侑はやたらと顔を赤くさせたまま、ちらりとこちらを見てから俯きがちになって、


「な、なにも……しませんでした、よね……?」


 蒼色の瞳を揺らしながら、もう1度こちらを不安気に見上げてきた。


(そりゃそうなるよな)


 あらぬ疑いをかけられて憤慨することも、信用されてなくて悲嘆することもない。


 侑の不安を晃晴はただただ、なんの感情もなく、当たり前の事実として受け止めた。


「あ、い、いえっ! 日向くんがそういうことをしない人だというのはここ数日でちゃんとわかっているのですっ。分かってはいるのですが、この状況的にどうしてもそういう不安はよぎってしまって……!」


 こちらの沈黙をどう受け取ったのかは分からないが、侑はものすごい勢いで捲し立て始めた。


「いや、ちゃんと分かってる。心配しなくてもなにもしてない」

「そ、そうですか」

「強いて言うなら、寝顔をちょっと見たのと、身体を持ち上げる時に触れたぐらいだ。悪いな」

「い、いえ、そのぐらいなら……あ、いや、寝顔を見られたのはやっぱり恥ずかしいのですが……」


 侑は相変わらず紅潮したままの頬に、両手を当てる。


「……とりあえず、顔洗って、寝癖も直してきたらどうだ?」

「え? ね、寝癖、ですか?」


 ぺたぺたと自分の頭を触って確認している。

 今まで気づいてなかったのだろうか。


 普段から真面目で身だしなみもちゃんとしていそうなのに、意外だった。


(寝起きだったし、色々と状況を把握するのでそこまで気が回らなかったのかもな)


 少し気にかかったが、口に出すことはなく、自分の中で自己完結させる。


「す、すみませんっ。重ねてお見苦しいところを見せてしまってっ。すぐに直してきま……きゃっ……!」

「おっ、と。気をつけ……ん……?」


 慌てて洗面所に駆け込もうとした侑が、足をもつれさせてよろめいた。

 

 近くにいた晃晴は、咄嗟に侑を支えたのだが、


(なんか、身体……熱くないか?)


 伝わってきた体温に違和を感じ、首を捻る。


「あ、ありがとうございます。では、洗面所をお借りしますね」

「——待て」


 再び洗面所に入ろうとした侑を呼び止めた。


「え? あの、どうかしたのですか?」

「どうかしたって……お前、自分で気付いてないのか?」

「気付いて……? そう言えば、少し身体が怠くて、熱いような……?」


 どうやら、本当に自分の体調に気が付いていなかったらしい。


「はぁ……ちょっとそこに座ってろ」


 ようやく体調がおかしいことに気が付き、とまどっいた侑を、有無を言わさずにソファに座らせた。


「ほら、熱測れ」


 体温計を取り出してきて、発熱を自覚したせいかぽーっとしている侑に手渡す。


 すると、侑は素直に体温を測ろうとし始める。

 

 その際、ダボついていた服の裾を一気に持ち上げたせいで、下腹部が露わになった。


 真っ白な肌にくびれ、ちょこんと窪んだ形のいいへそ。


 それらが視界に映り、突然のことで呆けてしまい、ついうっかり見つめてしまってから、晃晴はハッとし、目を逸らす。


(ああもう、なんでこんなに無防備なんだよ……!)


 あまりの無警戒さに少々モヤっとしてしまう。


 そのまま顔を背けて待っていると、体温計がピピピと音を鳴らした。


「何度だ?」

「ええっと……37.3度ですね」


 体温計を見つめていた侑が、表示された温度を告げてくる。


「微熱だな」

「は、はいっ。微熱ですっ。だから大丈夫ですっ」


 侑は恐らく、あまり熱も高くないし、心配しなくても大丈夫だと言いたかったのだろう。

 

 しかし、晃晴は侑が体温を告げた瞬間、目が泳いだのを見逃さなかった。


「……おい、虚偽申告してんじゃねえよ。37.8度」

「な、なんで分かったのですか……!?」


 実は晃晴がエスパーだから。

 そんな大それた理由ではない。


 ただ単に、この体温計は電源を消しても、前に測った体温が表示される。

 

 それだけのことだった。


「なんでもなにも、分かりやすすぎだ」

「わ、分かりやすい……体温がですか?」

「なんでだよ。嘘ついてるのが分かりやすいんだよ。顔に出すぎ」


 見ただけで相手の体温が分かるのは、人間ではなく妖怪の類だろう。


 ボケで言っているのではなく、本人は大真面目らしい。


 真面目で素直すぎる故の天然ボケ、というやつなのかもしれない。


「あるのは熱と怠さだけか?」

「えっと、頭痛も少し……」

「そうか。これから悪化するかもしれないし、ベッドで休んでてくれ」


 あれだけ雨に濡れて、数時間もそのままでいたら誰だって体調を害する。


 今は微熱とも高熱とも取れないラインだが、いつ悪化するとも分からない。


 幸い、今日は夕方まで身動きが取れない。

 ここは大人しく寝かせておくのが吉だ。


「それなら、ソファで……」

「ダメだ。ちゃんとしたところで休まないと、治るものも治らないだろ」

「で、ですが……やっぱり、異性のベッドで横になるのは……」

「1度寝たんだし、2度目も同じだろ」


 とはいえ、1度目は意識のない間に移動させられていただけ。

 

 自分から使うのとでは、精神的ハードルが違うだろう。


 晃晴もこうは言っているが、自分がもし異性のベッドで寝ろと言われたら、全力で抵抗することは間違いない。


 今は侑をちゃんと休ませることが先決なので、自分のことは全力で棚に上げているだけだった。


「……わ、分かりました。お借りします」


 こっちの言い分が正しいと納得したのか、侑は熱が出ている割にはしっかりとした足取りで寝室へ向かっていく。


(あの感じだと、本当に大丈夫かもな)


 薬を飲んで、しっかりと寝れば、夕方頃には快復しているかもしれない。


 晃晴は寝室に入って行く侑の背中を見ながら、そっと安堵の息を吐き出した。

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