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メインヒロインは負けず嫌い

「……美味い」


 テーブルの上に置かれたパエリアを一口、口に含み、素直な感想を述べる。


「お口にあったようで、良かったです」


 感想を受けた侑の頬が僅かに緩み、蒼色の瞳が柔らかく細められた。

 

 そして、自分でも一口食べて、小さくこくりと頷いた。

 

 どうやら、満足のいく出来だったらしい。


「よくこんな美味いの作れるよな」

「……レシピ通りですし、慣れれば簡単ですよ」


 口ではそう言いながら、褒められてまんざらでもなさそうな顔だ。


 昨日今日と関わって、分かったことがある。

 

 一見表情の変化が乏しく見える目の前の少女は、実は、よく見ていればかなり分かりやすい方であること。


(……こっちの素の方が、もっと人気出そうだよな)


 侑を見ながら、晃晴は密かにそう思った。


「ところで、日向くんはゴールデンウィークになにか予定はあるのですか?」

「いや、特には……あ、一応、若槻と有沢がうちにくることになってたか」


 すっかり忘れていた。

 考えてみれば、咲と心鳴と話したのも、たった数時間前の出来事。


 そう感じないのは、それだけ今に至るまでの時間が濃かったからだろう。


「若槻くんと有沢さんがですか?」

「ああ。人の部屋でイチャつくつもりらしい」


 考えるだけでせっかくのパエリアが不味くなるような気がする。


「日向くんは、若槻くんたちと仲がよろしいですよね。教室でもよく一緒いますし」

「よく見てるな」

「ある程度は教室内のことは把握しています。人間関係は不得手だという自覚があるので、つい観察してしまって」

「ああ、なるほど」

 

 晃晴も人間関係に苦手意識がある。

 だからこそ、侑の言わんとせんことが理解出来た。


 偏見かもしれないが、コミュニケーションが苦手なタイプほど、相手のことを観察してしまう傾向がありがちだろう。


 会話が苦手だからこそ、目で見て情報を収集するしかない。


 そういう人間ほど、相手をよく見ているものだ。


「仲がいい、というよりはなんか向こうからすごい絡んでくるんだよ。……一応、悪い奴らじゃない、とは思ってるし、無下に扱うわけにはいかないだろ」


 後半部分はぼそっと早口で呟くと、


「ふふっ、日向くんはなんと言うか……いい人ですよね」

「やめろ。そんなんじゃないから」


 いい人と呼ばれるのは単純に恥ずかしい。

 そっぽを向いたが、照れ隠しだと見抜かれたのだろう、侑は更にくすくすと笑う。


「話すようになったのは、なにかきっかけがあったのですか?」

「……入学式の時にちょっとな」

「もしかして、ずぶ濡れで遅刻してきたことに関係が?」

「……まあ、な」


 侑が言ったように、入学式の日にとあることで困っていた咲と心鳴を偶然助けた。


 それから、同じクラスになったこともあり、2人は晃晴に絡んでくるようになったというわけだ。


「まあ、大したことじゃないから、気にしないでくれ」

 

 人を助けたことを自分で話すのは、功績をひけらかしているようで好きではない。


「そっちはどうなんだ? 予定」

「私も明日、クラスの友人と遊びに行く予定が1日あるぐらいでしょうか」

「意外だな。もっといろんなやつと遊びに行って休む暇もない忙しい休日を送るもんかと」

 

 休む日なのに休む暇がないとはこれ如何に。

 

 少々皮肉めいた言い回しをすると、侑の無表情の中に、わずかながら億劫そうな色が混ざったように見えた。


「誘われましたけど、あまり話したことのない人たちでしたから」

「男子連中にでも誘われたか」

「はい。クラスの親睦を深めるためにみんなでカラオケでもどうか、と」

「……クラスの親睦、ねえ。ならおかしな話だな。俺、誘われてないし」


 一体その男が言うみんなとは、どのみんなだったのだろうか。

 

 まあどうでもいい、と言わんばかりに軽く鼻を鳴らす。


「どうしてまともに話したこともないのに、遊びに誘って私が行くと思うのでしょうか」

「知らんけど。仲良くなりたかったんだろ」

「私はそうは思えませんでした。そもそも、交友を持ちたいと思うならまず下心を隠すべきでは?」


 手厳しいが至極当然のコメントだった。

 

 誰かは分からないが、クラスメイトの男子に心中で手を合わせておく。


 そもそも、侑の審査をくぐり抜ける男なんてそうそういないだろうが。


 そこで、晃晴はとあることに気がついた。


「ん? でも、明日って……浅宮、大家さんが帰ってこないと部屋に帰れないんじゃなかったっけ」

「……あ」


 連絡しようにも、侑のスマホも故障してしまっているはずだ。


「ど、どうしたらいいのでしょう……」


 おろおろと焦っている侑を横目に、少し考え、晃晴は自分のスマホを取り出した。


「そいつ、クラスのLAINのグループにいるか?」


 クラスのグループに招待を受け、断る理由もないので、晃晴も一応参加している。


「確か、入っていたと思いますが……」


 晃晴の発言の意図を読めない侑が、ことりと小首を傾げた。


 とりあえず、グループの参加者一覧を見せながら画面をスクロールしていく。


「あ、いました」

「……ああ、この人なら、俺も友達登録してある」


 グループ内に1人はいる、グループに入っているなら仲の良さは関係なく、友達登録してくるタイプの人間だ。


「なら、俺のスマホ貸すから。連絡していいぞ」

「え、で、でも、日向くんのスマホを使っていることをどう説明すれば……」

「急な雨でスマホが壊れて困ってたところに、たまたま俺が通りがかったことにすればいい」


 まさか、晃晴と侑が同じマンションに住んでいて、部屋が隣同士なんて考えもしないだろう。


 疑われたとしても、真実なんて分からないのだから、なにも問題はないはずだ。


「……すみません。お借りします」


 なにも言わずに約束を破る方が問題だと判断したらしい。


 遠慮がちにスマホを受け取った。


「——はい、はい。宿はもう見つけてあるので……本当にすみません。はい、また学校で」


 どうやら、無事に説明出来たらしい。


「ありがとうございました。助かりました」

「解決出来たなら良かったな」


 返されたスマホをテーブルに置き、食事を再開した。






「……くそっ」


 食事を終え、ゲームを始めた晃晴は、テレビ画面に映し出された相手の勝利を見て、ぼやく。


 大差での負けではなく、どっちが勝ってもおかしくなかった接戦の末の惜敗。


 それが余計に悔しく感じられた。


「どうしたのですか?」


 かけられた声の方に視線を向ける。


 キッチンで洗い物をしていた侑が、不思議そうにこっちを覗き込んでいた。


「ちょっと対戦で負けてな」


 晃晴も洗い物をしようとしたのだが、泊めてもらうのだから任せてほしいと頑固な侑に押し切られ、こうしてゲームをしていたわけだ。


 結果としては苦いものになってしまったが。


「げーむ、ですか……」


 ぽそり、と言い、侑は手元にあるコントローラーとテレビ画面の間で視線を行き来させる。


 そして、なにやら眉根を寄せて難しそうな顔になった。


「……もしかして、興味あるのか?」

 

 表情から言いたいことを察し、尋ねてみると、


「あ、い、いえ……げーむってやったことないなと思って。すみません。じろじろ見てしまって。気が散りますよね」


 頭を下げ、侑は晃晴からやや離れたところに腰を落ち着けようとする。


 その様子を見ていた晃晴は、小さくため息を吐き、


「やってみたいんだろ。別にこのぐらいで迷惑だなんて思ったりしないから」


 侑が一体なにを気にしているのかは、話を聞いた側からすれば丸分かりだった。

 

 晃晴はテレビの下から、コントローラーをもう1つ取り出してきて、侑に向かって「ん」と差し出す。


「あっ……は、はいっ」


 離れた位置に座ろうとしていた侑は、差し出されたコントローラーを見て、声を弾ませた。


 とててっと近寄ってきて、拳3つ分ぐらい空けたところにぽふんと座る。


(なんか、猫みたいなやつだな)


 警戒心が高く、人への接し方が下手な真っ白な野良猫がおもちゃに興味を示して近寄ってきた。


 今の侑からは、そんなイメージが想起出来る。


「じゃ、実際に動かしながらやり方を説明していくぞ」


 無邪気にコントローラーをきゅっと握りしめた侑を横目に、操作の説明を始め、


「——全く勝てません」


 何戦かしてみて、結果は晃晴の完勝だった。

 

 さっきまでの無邪気な顔はどこへいったのか、今は少しむくれてしまっている。


「そりゃそうだろ。さっき操作を覚えたばっかなんだから」


 一応、侑は物覚えが良く、晃晴が説明した操作は既に一通り出来るようにはなっていた。


 それでも、素人は素人。

 

 特段上手いというわけではないが、そこそこプレイしている晃晴に勝てるはずがない。


「むぅ……もう1回ですっ」


 大人しそうな見た目に反して、侑は相当な負けず嫌いだったらしい。


 むくれたまま可愛らしく睨んでくる。

 そんな侑を見て晃晴は苦笑を漏らす。


 結局、その後も何戦かしたり、ゲームを変えてみたりしたのだが、全て晃晴が勝ってしまい、侑は更に拗ねてしまう結果となってしまうのだった。

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