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焦りと第2クォーター終了

(クソッ、差が縮まらねえ……!)


 第2クォーターも終盤に差し掛かる頃。


 得点を確認した咲は内心で焦りを浮かべていた。


 現在は26対32と6点差で負けている状況だ。


 さっきからずっと4点差に縮んだり6点差に開いたりを繰り返していて、離されはしていないものの、どうしてもそれ以上は点差が埋まらない。


 まだ焦るような時間ではないと分かっていても、点差が離されない為には一瞬も気が抜けない。


 しかも、マッチアップ相手が榎本なので、なおさら集中を切らすわけにもいかない上、ただでさえいつもより集中していて、体力と神経がすり減るのが早い状態だ。


 そのことも相まって、まだ焦る必要はないと分かっているのに焦る気持ちが徐々に募ってきていた。


「……ッ! 咲!」


 颯太の声がすると同時に榎本が右側に切り込もうとしてくる。


「……っ!」


 追いかけようとしたが、相手側のスクリーンによって進行が阻まれてしまう。


 すぐに立て直し、ディフェンスに向かおうとするが、バスケットボールという競技においては、経験者、特に実力者相手に対し一瞬の隙すら致命的となる。


 スクリーンで空いてしまった半歩以上の差は埋められず、榎本はフォローに来た宗介すら躱し、あっさりと点を決められてしまった。


「あんな啖呵切っといてこの体たらくかよ、ダッサ」


 シュートを決めた榎本が振り返り、こっちに嘲笑を浴びせて自陣に戻っていく。


「……クソッ」


 いつもだったら余裕で返せる煽りが、焦っているせいなのか酷く重たくのしかかってくる。


 アドレナリンが駆け巡っていた身体が疲労を思い出したように重たい。


 頭を振ってすぐにリスタートをしたものの、相手は既に全員ディフェンスに戻っていた。


 パスを回して崩そうとするものの、隙が見つからずにシュートクロックも10秒を切ろうとしている。


「どうした下手くそ。かかってこいよ」

「……っ! 舐めんじゃねえよ!」


 点差が8点差に開いたことと減っていく攻めの時間への焦りと榎本からの挑発で頭に血が上り、ドリブルで抜きにいく。


 いつもなら絶対に強引に攻めない場面だ。


「落ち着け若槻! 無理に攻めるな!」


 大樹が声を上げるが、焦りと苛立ちに呑まれた咲にその声は届かない。


 しかし、どれだけ揺さぶっても榎本を抜くことが出来ず、時間だけが刻一刻と迫ってくる。


「……くっ! 颯太!」


 ドリブルで切り崩せないことを見て取った咲は業を煮やしながら颯太へとボールを戻すが、


「しまっ……!?」


 パスは颯太の手に渡ることはなく、相手の5番にカットされてしまう。


 5番がドリブルで速攻を仕掛けるのを見て、間髪入れずに追いかけるが、空いていた距離の分だけに埋まらない。


 そんな5番の前に、スリーポイントラインより外にいたお陰ですぐにディフェンスに戻っていた晃晴が立ちはだかる。


 5番に追従するように合わせて走っていた6番もいて、状況は2対1。圧倒的に不利な状況だ。


 6番が晃晴の後ろのゴールに向かって走り込んでいく中、晃晴はボールを持った5番へ距離を詰める——振りをしてすぐに両手を上げながら後ろに飛んだ。


「なっ!?」


 その結果、晃晴の頭上から6番に出そうとしていたパスをカットされ、5番が驚愕の声を上げる。


 晃晴は自分の後ろに6番がいることが分かっていて、あえて5番に詰めることでパスを誘ったのだ。


「ナイス日向! こっち!」

「桜井!」


 すかさず、晃晴が颯太へとカウンターのパスを出し、ボールを受け取った颯太が敵陣にドライブで切り込んでいく。


「させるかよ!」


 近くにいた榎本がディフェンスに張り付くが、颯太はちらりと得点に目をやり、余裕そうに口角を上げ、シュートを放つ。


 スリーポイントラインから放たれたシュートは綺麗にゴールを撃ち抜いた。


「おれ、別にシュート苦手じゃないんだけど。もしかして忘れてた?」

「てめえ……!」


 余裕そうな笑みを浮かべたまま、颯太が榎本を挑発するように言う。


「あとこれだけは言っておくね。……あまり咲を舐めない方がいいよ」


 友人をバカにされ続け、よほど腹に据えかねているせいで普段はにこにことしている顔から笑顔が抜け落ち、榎本に向ける瞳は冷え切っている。

 

 普段まったく怒ることがない温厚な颯太が向けるその瞳に榎本は一瞬呆気に取られたようになったが、舌打ち1つを残し、踵を返す。


 すぐに相手チームがリスタートをしたが、残り時間が少なかったので、そのまま第2クォーターは終了。


 得点は29対34、5点差だ。


「……晃晴、颯太。悪い、助かった」

「気にしないで、と言いたいところだけど……咲、ちょっとごめん」

「いっでぇ!?」


 颯太が謝った瞬間、咲の額にズガンッと音のおかしいデコピンを見舞う。


「咲の気持ちは分かるけど、勝ちたいなら冷静になってよ? 勝つ為には咲の力が必要なんだから」

「いや加減おかしくねえ!? 額に穴空いたかと思ったわ!」

「そのくらいしないと気持ち切り替えてくれそうになかったからね」


 自らの額を抑えて抗議する中、咲の背後にいつの間にか回り込んでいた晃晴が、話を遮るように咲の背中をバチンッと強めに叩く。


「ってえな!? なにすんだよ!?」

「桜井に倣って俺なりの気持ち表明だ」

「だから加減おかしくねえ!?」


 片手ずつそれぞれ額と背中を抑える変な格好となった咲を見て、晃晴が軽く鼻を鳴らす。


「お前、試合始まる前に心鳴に自分を見てろって言ったよな」

「……ああ」

「お前が見せたかったのは、今の焦ってミスをする姿じゃないだろ。焦る気持ちは分かるけど、しっかりしろよ。どうせ見せるならカッコいい姿、だろ」

「……!」


 晃晴の言葉にわずかに目を見開いた咲は、すーっと鼻から息を吸い込んで、両の手のひらをバチンッと頬に叩きつけた。


「視界は晴れた?」

「ああ、バッチリな」


 額と背中は友人からの想いを、頬には自らの気持ちを込めたお陰で、焦っていた心が嘘のように落ち着いていく。


 10分と長めのインターバルに入り、次の試合を行うチームがコートで練習を始める中、晃晴がフロアの入り口の方を見て、「あ」と声を漏らす。


 咲が釣られてそっちに目をやると、そこには手にビニール袋をぶら下げ、こっちの様子をうかがっている侑がいた。


「……ちょっと悪い。行ってくる」

「うん。荷物は移動させとくから」


 第2クォーターが終わればコートチェンジなので、荷物を移動させないといけないのだ。


 助かる、と言い残した晃晴は侑の方に駆け寄っていった。

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