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試合開始

 試合が始まる前の、コートに選手が出揃う前の数分間。


 晃晴は5人で作られた小さな円陣の中にいた。


「……まあ、とりあえず見てもらえば分かる通り、おれたち、超不利です」


 颯太がそれぞれの顔を見回しつつ、いきなり士気を下げかねないことを口にする。


「相手は強豪、アップを見てても1人1人のレベルが高いし、それが10人もいる。5人だけのおれたちじゃ勝つ可能性は相当低い。観客からもきっと、いきなり強豪と当たったくじ運の悪い可哀想なチームって思われてる」


 誰も颯太の言葉に反論せず、黙って聞いているのはそんなことはこの場にいる全員が百も承知だからだろう。


 そして、颯太がもう1度、1人1人の顔を見回し、さっきまでの発言とはまるでそぐわない、爽やかな笑みを浮かべた。


「けどさ……これで勝ったら、おれたちくっそカッコよくない?」


 ワクワクするのが隠し切れないというように笑う颯太の気持ちが伝播していき、各々が口角を上げる。


「このあとの試合のことなんて考えなくていい。ここでぶっ倒れる覚悟で、勝ちに行こう!」

「「「「おう!」」」」


 颯太の声に示し合わせたわけでもないのに、4人の声が重なった。


「……みんな、ちょっといいか?」


 士気もいい感じに高まったところで、晃晴は口を開く。


「作戦というか、提案なんだけど……初手は——」


 注目を集める中、自分の考えを話し終える。


「——って感じでどうだ」

「うん、おれはそれでいいと思うよ。皆は?」

「……ま、セオリーとしても奇襲としても理に適ってるしな。乗った」

「僕も意義なし」


 4人が返事していない、この作戦の要である咲の方を見た。


「……オッケ、任せとけ」


 いつもの軽薄そうな笑みではなく、真剣そのものの表情で頷いた咲に、事情を知らない大樹と宗介が怪訝な顔を向ける。


 誰かが口を開く前に、審判のホイッスルが鳴って、整列を促された。


(気負わせるようなこと言っちまったか……?)


 そう思いつつ、眉根を少し寄せていると、ぼふんと背中を叩かれる。

 

「心配すんな。ちょっと集中してるだけだから。ま、さすがにいつも通りとはいかねえけどな」

「……ならいいけどな。1発目、頼むぞ」

「おう」


 ニッと笑ったかと思えば、咲がすぐに真剣な面持ちに戻った。


 晃晴もこれ以上はなにも言わずに、試合に集中し始めたところで、


「……よお、桜井」


 榎本が颯太に声をかけた。


「今日はよろしく、榎本」


 明らかに向こうは友好ムードではないのに、颯太はにこりと笑って言葉を返してみせる。


 その態度が気に食わなかったらしく、榎本がチッと舌打ちをした。


「前々からお前のそういうとこがムカついてたんだよ。いい機会だし、若槻共々徹底的に潰してやる」

「へー、奇遇だね。おれも前から榎本のことは嫌いだったよ? おれたち気が合うかもね」


 颯太が爽やかな笑みのまま、皮肉100パーセントの返事をすると、榎本の額に青筋が浮かぶ。


 わざわざ絡んでくるのに煽り耐性はないらしい。


 そうこうしている内に、相手の学校のメンバー5人も揃い、対面に並ぶ。


 ちなみに、相手の学校は人数が多い為か、ユニフォームではなく、学校名と番号が入れられたビブス姿だ。


 右から4、5、6、7、8番の並びで、榎本は1年の中でも代表格なのか、4番を身につけている。


 それを確認したところで、笛が鳴り、お互いに礼をして、それぞれのチームのジャンパーがセンターサークルに立つ。


 こっちのチームはチーム内で1番の長身である宗介。


 相手チームのジャンパーは宗介と同じくらいの身長の選手だ。


 こうなると、ジャンプ力と腕の長さでの勝負になり、腕が長いのは見て取れるが、宗介のジャンプ力はよく分からない。


 観察もそこそこに、審判がボールを持って中央に立つのに合わせて、思考を切り替える為に、息を深く吐いた。


 それを合図にしたかのように、審判がボールを真上に放り投げ、センターサークルに立ったジャンパーがボールに向かって飛ぶ。


 競り勝ったのは、リーチの差で宗介だ。


 晃晴は近くに落ちてきたボールを素早く確保し、


「咲!」


 既に相手チームのゴールへ走り出していた咲に向かってボールを投げた。


「ナイスパス!」


 危なげなくボールをキャッチした咲は勢いを殺すことなく、勢いを増しながら体勢の整っていない敵陣へと切り込んでいく。


「させるかよっ!」


 しかし、さすがに虚をつき切れずに、すぐに相手の6番にディフェンスに回り込まれてしまう。


「まだ、まだァ!」


 咲は細かくフェイントを織り混ぜ、6番を突破してみせると、勢いそのままにレイアップへと踏み切った。


「舐めんな雑魚が!」


 そこに、6番との一瞬のマッチアップの隙に追いついてきていた榎本がブロックに飛ぶ。


「想定通り……!」


 咲はニッと笑うと空中で榎本の脇を潜るように躱し、レイバックシュートを決めてみせた。


 開始数秒程度で行われた派手なプレーに、観客がワッと沸き立つ。


「シャアッ!」

「ナイッシュ、咲!」


 ガッツポーズを決めながら駆け戻ってくる咲に颯太が油断なくディフェンスの構えを取りつつ、声をかける。


 おう、と答えた咲が側に寄ってきたので、「ナイッシュ」と手を差し出す。


「おう、そっちもナイスパス」


 ジャンプボールで勝とうが負けようが、初手はスピードとドリブルスキルのある咲の速攻。


 これが晃晴の提案した作戦だった。


 ジャンプボールで勝った場合は相手の体勢が整う前にスピードで攻め切る。


 負けた場合は相手が最初のシュートを決めて少しでも浮ついている隙をつき、速攻のカウンターでの奇襲。


 作戦が上手くいったことに対する余韻に浸りたいところではあるが、そういうわけにもいかないので、すれ違う咲と軽くハイタッチをするだけに留め、ディフェンスに集中する。


 こうして、第1クォーターは作戦が功を奏し、晃晴たちの先制から幕を開けたのだった。

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