婚約破棄されたので、最後に一発殴ったら溺愛されました
バタンッ
「キャー」
目の前で可愛い女の子が叫び声をあげています。
その女の子の視線の先には、金髪で美しい男の人の姿が、その美しい顔には、グーパンチの跡があります。
「あ、あ、あなた!!王太子殿下を殴るなんて!!死刑よ、死刑!!」
可愛い女の子が、唾が飛ぶほど叫び散らしています。お忙しいことですね。
「婚約破棄、でしたわよね。殿下。喜んで、お受けいたしますわ。では、今までありがとうございました」
ニコッ、と笑って、私は気絶している殿下に告げました。
どうしてこういう状況に至ったのか、その始まりは、10年前に遡らなければいけません。
〜10年前〜
私は、リリアナ・セリヴァルト。公爵家の一人娘として生まれました。
とても美しいお父様と、お母様は、私をとても愛してくださいました。家族や、周りの方々に恵まれ、私は病気を一回もせず、大きな怪我もせず、無事に8歳の誕生日を迎えました。
「「リリィ、誕生日おめでとう!!」」
「ありがとうございます。お父様、お母様」
「キャー。ねえ、グリフィス、なんでこんなにうちの子は可愛いのかしら」
「だね、だね、ルイーザ。もう天使のように可愛いよ」
グリフィス、というのはお父様の名前で、ルイーザはお母様の名前です。
「お話とは一体、何のことでしょう」
私は、話があると言われて、両親に呼び出されていたのでした。
「うううううう」
ビクッ。
いきなりお父様が泣き出しました。びっくりして、私はどうしたものかと、思案します。
「ううううう。ごめんね、リリィ。実はね、リリィは、この国の王太子、ウィルフリート様の婚約者に選ばれてしまったんだよ〜」
「あら」
ウィルフリート様、といえば、この国に1人しかいない王太子さまで、膨大な魔力量を秘めており、王位継承権第一位で、ご令嬢方がみなさん血眼にして未来の王妃の座を狙っている、とか何とか。
「なぜ、私が選ばれたのでしょうか」
私は、お父様たちの言いつけで、公の場に出たことは、ほとんどありません。もちろん、ウィルフリート様に会ったこともございません。
「それがね、あのクソガキ、自分に興味のない子がいいとか何とかで、リリィは、王妃になんて興味がないだろう?」
お父様、王太子様に、『クソガキ』などと言ってしまってよいのでしょうか?
「ええ、もちろんです」
「だから、選ばれちゃったの〜!」
「どうしてこんなに可愛い子を、ウィルフリート様の婚約者にしないといけないのですか!!婚約者、ということは、王宮で王妃教育を受けなければいけないのでしょう?私達といる時間が、無くなってしまうではありませんか!!ああ、ごめんなさい。リリィ。私たちが不甲斐ないせいで」
「いいえ。大丈夫です。もし、ウィルフリート様にお好きな方ができたら、すぐに婚約破棄をしてもらえるように、お願いしておきます」
「うんうん。それがいい。でも、そのせいでリリィに傷がついちゃうのは・・・・・・」
「安心してください。私はお嫁に行く気はないですから」
そういうことで、私は8歳の誕生日に、王太子、ウィルフリート様の婚約者となりました。
〜1週間後〜
私は、ウィルフリート様と会うことになりました。
お父様とお母様は、物凄く目を光らせています。私にふさわしい人か、テストをするそうです。
「失礼いたします」
ドアが開き、金色の髪に、藍色の瞳で、とても美しい方が入ってきました。
「ご機嫌麗しゅうございます。リリアナ・セリヴァルトと申します」
「ウィルフリート・エヴァラルだ。よろしくね」
とても綺麗な人が、手を差し出してきました。思わず、天使ではかと疑います。
おずおず、と手を伸ばします。
「ウィルフリート様・・・・・・。よろしくお願いします」
「・・・・・・・・・」
なぜか、ずっと手を握られたままです。
「おい、ガキンチョ。リリィを離せ」
「お、お父様・・・・・・」
何回か思いましたけど、王太子様ですよ?そんな言葉遣い、死刑にされないでしょうか?
「あ、リリィ。大丈夫だよ。王と僕は従兄弟だから。だから、このガキのことも昔から知ってたんだよ」
「そうだったんですか」
ならば、納得ですね。
「ウィル」
「はい?」
「ウィルフリート様、ではなく、ウィル、と呼んでくれないか?唯一の婚約者なのだから」
「あ、はい。わかりました。ウィル様」
ウィル様、と呼ぶと、とても嬉しそうに笑っていました。いや、私の見間違いかもしれません。
「よろしく、リリィ」
ものすごい破壊力です。愛称で呼ばれて、微笑まれただけなのに、顔が、ボン、と赤くなったのが、自分でもわかりました。
「あああああああ!!!!!!」
「お父様!?」
「僕たちだけだったのにぃーーー!!」
「何がですか?」
「リリィ、って呼ぶのが!!」
この日から、10日間、お父様は荒れました。
「ウィルフリート様」
今までずっと黙っていたお母様が、口を開きました。
「リリィを守ることができますか?」
「お母様?」
何を言い出すのでしょう。
「未来の王妃、としての立場は、あなたの想像以上に、とても辛く、厳しいものでしょう。周りからの害意もあなたにたくさん向けられるようになるでしょう。今までなら、私たちが守ってこれましたが、王宮へ行ったら、リリィは、1人で戦うことになります。彼女を、一切傷つけず、守ることができる、と誓えますか?」
「ええ。俺が、彼女を幸せにします。俺の妻になってよかった、と思えるように」
私は1人ぐるぐると目を回しています。なぜそんな先のことまで断言できるのだろうか、と。
「わかりました。なら、もしもその誓いを破った場合、王位継承権を破棄し、平民になり、リリィと婚約破棄をする、と誓ってください」
お母様と、ウィル様の周りに、魔法陣ができます。私達は、これを、『誓いの陣』と読んでいます。
「わかった」
「え!?」
「さすが、ルイーザ。僕の言いたいことを全部言ってくれた。そう、こういうことが言いたかったんだ」
お父様はブツブツ呟いていますが。『誓い』というものは、この国でとても大切なものです。これを破ると、死に至ったり、口ではいえないような、ものすごい目に遭ってしまいます。
「そういうことだ、リリィ。安心しろ。俺が、絶対に守るから」
◇◆◇
ウィル様が、守ってやる、と言ってくださって、とても安心したのを覚えています。
そこから、私は王宮へ入り、未来の王妃となるために、妃教育が始まりました。自由を禁じられ、とても厳しく、辛かったのですが、お父様や、お母様がたびたび訪ねてきて下さったので、何とかやり切ることができました。
ウィル様も、2週間に1、2度訪ねてきてくださり、王様、王妃様からも優しくしていただいていたのですが、いつからでしょうか。ウィル様からの訪問が、パタリ、と途絶え、話しかけても、無視をされるようになりました。いつしか、パーティーのエスコートさえ、されなくなりました。
そして、今日、18歳の誕生日に、ウィル様から呼び出されました。
その場には、ウィル様、そして、男爵令嬢、ロザリンド様がおられました。
ロザリンド様は、ウィル様の腕に自分の腕を絡ませていました。ウィル様は、私以外の女性から触れられるのは嫌いだ、言っておりましたが、治ったのでしょうか。
「リリアナ」
「はい」
「本日をもって、君との婚約を破棄する」
自分で思っていたよりも、ショックが大きかったです。
ウィル様が好き、ということではなく、今まで頑張ってきたのは、一体何のためだったのでしょう。
「そうよ、ウィル様は、私と結婚するの。私は、未来の王妃となるのよ。あなたに代わってね。今までご苦労様」
ロザリンド様が、ウィル様に抱きついたまま、私におっしゃいました。ただ、一瞬、ウィル様が、物凄く辛そうな、嫌そうな顔をされたのは、気のせいでしょうか。
「そうですか。わかりました。ただ、一つだけ、いいでしょうか」
「ああ、いいぞ」
「では、失礼いたします」
といい、私は、殿下の頬にグーパンチを叩き込みました。
バタンッ
「キャー」
殿下は綺麗に壁までぶっ飛び、頬には、私のグーパンチの跡が綺麗についています。
実は、セリヴァルト家は、魔力を持たない一族です。どんなに魔力の多い人と結婚しても、セリヴァルトとして生まれてくる子供は、全員、魔力を待たずに生まれます。ただ、その条件は、セリヴァルト家の男の人と、魔力を持つ人が結婚したら、ですが。逆に、セリヴァルト家の女性と、魔力を持つ人が結婚したら、なぜか、物凄く魔力が多い子供が生まれるそうです。
ただ、魔力を持たない代わりに、私達は、類稀な運動能力に、優秀な頭脳を持ちます。だから、魔力を持っていなくても、パンチや、蹴りは、普通の男の人たちの、何百倍も威力があるのです。結界を張っても、それを壊してしまうほどに。
「あ、あ、あなた!!王太子殿下を殴るなんて、死刑よ!!死刑!!」
馬鹿なのでしょうか。私は、婚約破棄をされた側。死刑になるはずはありません。行くところまで行っても、修道院送りや、国外追放でしょう。
「はあ」
なんてことをしてしまったのでしょう、というため息ではなく、お父様とお母様の怒りを、どうやって収めようか、というため息です。
「婚約破棄、でしたわよね。殿下。喜んで、お受けいたしますわ。では、今までありがとうございました」
ニコッ、と笑って、私は気絶している殿下に告げました。
バタン
と扉を閉め、私は、婚約破棄をされたショックより、自分の今までの努力は、日々はなんだったのか、と考えてしまうことに大きくショックを受けます。婚約破棄をされ、妃教育から解放され、自由になったことに、自分がものすごく喜んでしまっていることに、罪悪感を覚えます。
「クララ!!」
そばで待機していた、昔から私についてくれている侍女に、抱きつきます。
「婚約破棄されたわ!!ようやく自由よ!!」
「まあ、それは良かったですね!!早速、奥様方に報告いたしましょう!!」
あ、忘れていました。お父様とお母様になんと言い訳をしたらよいのでしょう。
◇◆◇
「ああ、リリィ。お帰りなさい!!」
お父様が、いきなり玄関から飛び出してきました。
「ただいま帰りました。お父様。不甲斐ない娘で申し訳ありません」
「いやいや。いいんだよ。全部悪いのは、あのクソガキだからね」
「そうよ!!リリィ。あなたがもし望むのなら、あのガキをボッコボコにしてやって、再起不能にしてやりましょう!!」
「うん。うん。そうだね。ルイーザ。僕も手伝うよ!!」
私はずっと、苦笑いをしてお父様とお母様のお怒りがすむまで待ちます。
その時。
「盛り上がっているところ、悪いけれど、少し、いいかな?」
後ろで、とても魅力的な声が聞こえてきました。
私は、この声の持ち主をよく知っています。
「・・・・・・っ。殿下!?」
「やあ。リリィ。元気かい?」
私は、後ろから抱きしめられるような形で、ウィル様、いいえ、殿下に捕まっています。
「おや。私の可愛いリリィに、婚約破棄だのなんだの言ってくださった、クソガキではないですか。その汚い手を離してくださいませんかね」
お父様が、私からウィル様を引き剥がしてくれました。
「まあ、こんなところじゃあれだから、広間へ戻ろうか?」
あなた様がおっしゃいます?と思ったのは、私だけじゃないでしょう。
「リリィ。この間の件は、本当に悪かった。申し訳ない」
「いいえ。私はなんともないので」
というと、殿下は少し傷ついたような顔をして、
「そうか」
とおっしゃいました。
「あの。婚約破棄の件ですが・・・・・・」
私は、国外追放、と言うことでいいですよね?と言う前に、
「ああ、その件なんだが、あれは、演技だったんだ。すまない。怖い思いをさせてしまったよね?」
「・・・・・・はい?」
私、今、あれは演技だった、と聞こえましたが、気のせいでしょうか?
「男爵令嬢、ロザリンド嬢の実家、ライファル家が不穏な動きをしていてね。それを炙り出すために、ああするしかなかったんだ。ごめんね。嫌な思いをさせて。でも、これからは、ずっとリリィを独り占めして、甘やかして、ずっと一緒にいれるから」
何言ってるんでしょう。と思ったのは、私だけではない。断じて。
「と言うことなので、彼女はもらっていきますね」
私は殿下にヒョイ、と抱き上げられ、お姫様抱っこのような形で、連れ去られました。
後ろから、お父様とお母様の嘆き声が聞こえましたけど。
「殿下、殿下!どう言うことですか?」
馬車の中で、私は殿下に問い詰めました。
「どうして、俺のことを、殿下、っていうの?」
「え、だって、婚約破棄でしょう?それなのに、愛称で呼ぶのは・・・・・・」
「だから、婚約破棄しないって言ったでしょう。リリィは、俺の婚約者だからね」
「で、でも・・・・・・」
「あ、次、殿下って言ったら、お仕置きね」
そう言って、ウィル様は、とても魅惑的に微笑みました。
そして、私は、また王宮へ逆戻り。
しかも、前まで与えられていた部屋ではなく、ウィル様の隣の部屋に移されたのでした。
「どう言うことですか!?」
「え。だって、夫婦ってそう言うものでしょう?」
「いや。でも、でん・・・・・・」
殿下、お待ちください、と言う私の声は、声にはなりませんでした。
私の唇が、柔らかいもので、閉ざされたからです。
それは、数秒で終わりましたが、私は混乱し、びっくりして、目を見開きます。目の前には、してやったり、と言う顔をした、ウィル様が。
「殿下って言ったらお仕置き、って言ったよな?」
私は、ようやく自分が何されたかを自覚し、ボン、と顔が真っ赤になります。
「ふふふふ。可愛い。リリィ。これからは、絶対に離さないからね。覚悟して」
「え、まっ・・・・・・」
そしてまた、唇を塞がれます。深く、深く。何かを探るように、息苦しくなって、ウィル様を見ると、その目は、まるで、もう2度と逃さない、と言っていました。
逃げようとすると、頭を大きな手で抑えられ、逃げることはできません。
「んっ、ん・・・・・・っ、はっ」
ようやく解放されると、ウィル様は、自分の唇を、自分の指で舐めました。
「な、何を、何をなさるんですか!!」
「え、だって、もう、俺たち夫婦でしょう?」
私は、とんでもない人に捕まってしまったようです。
私は、前から自由が欲しかった。でも、ウィル様に束縛されるのも、悪くはないと思ってしまいました。
◇◆◇
あの、婚約破棄事件から、2年後。
「すぅ。すぅ」
隣で寝ているのは、自分の人生で、一番愛しい人。
リリィの長い髪を、指に絡ませる。
彼女は覚えていないだろうが、俺は、彼女と婚約をする前に、彼女を見たことがある。いや、会ったことがある。
昔、俺が、12歳の頃。街で、少年武闘会が行われた。いわゆる、力比べって言うやつだ。俺は、小さい頃からなんでもできる天才だったから、姿を隠して、決勝まで上り詰めた。その時に、リリィに出会った。彼女は、俺より年下で、しかも女。それなのに、戦いはとても綺麗で、強い。俺は、負けた。一瞬で一目惚れし、彼女を、婚約者にしたい、と両親に話した。すぐに許可がおり、彼女は婚約者になった。
彼女は、幼きながらも、妃教育を頑張っていた。大人になっていくにつれ、美しさは増し、絶世に美女になった。だが、それと同時に、男爵家、ライファル家が、娘、ロザリンド嬢を俺の婚約者にするために、リリィを暗殺しようとしていたのだ。だが、肝心の証拠がない。だから、俺は、わざと、リリィと会わず、ロザリンド嬢会い、父親の情報を教えてもらっていた。そこで、最後の一手、リリィとの婚約破棄をすることによって、ライファル家の不正が見抜かれたのだ。
だが、彼女は国外へ行くつもりだ、と言う噂を聞いて、焦った。すぐに彼女を連れ帰り、愛を囁く。彼女は、ようやく意識してくれた。と思う。
何に変えても、彼女は、俺が、守る。ずっと前に、彼女の母親と誓ったこと。
「ん」
リリィが、パチ、と目を覚ました。
「リリィ。おはよう」
「・・・・・・?きゃっ。ウィル様。お、お、おはようございます」
びっくりして、布団ですぐに顔を隠してしまった、リリィが可愛らしい。
その顔が見たくて、わざと、布団から引き剥がし、正面から抱き締める。
「あ、あの。ウィル様・・・・・・?」
彼女の額に、キスを落とす。
「愛してるよ、リリィ」
「あ、わ、私もです。ウィル様」
恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、花がふわりと咲くように微笑むリリィ。
「ふふふ」
「どうしたのですか?」
「いや。2年前の、あの時に、俺を殴った時のリリィは、いいないなあ、って」
このことを言うと、リリィは必ず、顔を真っ赤にして、謝ってくる。
「あああああ、あ、あの、そのことは本当に、ごめんなさいっ!!」
ほうら。
でも、そこが可愛いから、やってしまうんだけど。
「安心して。リリィが、俺のことを殴っても、俺は、ずっと、リリィのことが大好きだから」
「もう殴ったりしませんって!!」
「うん。知ってる。愛してるよ。リリィ。俺が、ずっと守るからね」
彼女は、花が咲くような、とても美しい花で、笑った。
この笑顔を、俺は、これから先、ずっと、守っていく。