大人になるってこと 2
あたふたと伯爵達が精霊車に乗り込むのを確認してから、私達は暖炉のある居心地のいい居室に移動した。
ここは建築中の屋敷が完成するまでの仮住まいだっていうのに、狭いとかベリサリオがケチだとか趣味が悪いとか、本当に失礼だわ。
あの人達の屋敷はよっぽど素敵なんだよね?
普通の屋敷だったら、指差して笑ってやろうかしら。
「パトリシア様、気にする必要はないですよ。独立した若い貴族はみんな、ああいうやつらにつき纏われる経験をするんです。うちの実家だって、トマトケチャップで儲けだした時には毎日のように押し掛けられました」
私とパティが並んで座って、向かい合う席にレックスとネリーが座っている。
執事服のレックスや侍女の制服姿のネリーがお客様扱いというのは変な状況だけど、レックスは爵位持ちだしネリーは伯爵令嬢だから、平民がほとんどの子爵家の使用人からしたら違和感ないみたいだ。
私は社交界の常識とか情報に疎いから、ふたりの方がパティの相談相手に向いているので話を聞いてもらうことにしたの。
「ネリーったら、もうすっかり敬語になってしまったのね」
パティは少し残念そうだ。
「私は侍女ですから当然です。それより私も御実家に相談されるべきだと思いますよ」
「私も同感です」
レックスはぴしっと背筋を伸ばしてソファーに浅く座っている。
気のよさそうなにいちゃん顔は今でも変わらないのに、貫禄が出たような気がするのは気のせいかな。
もう二十四歳だしね。私が生まれた時からの付き合いなんだから、そりゃ貫禄も出るか。
ルーサーと兄弟なだけあるなと最近思うようになった。
「弱い立場の人間を脅して、あるいは何時間もかけて洗脳して、金蔓にするのはよくある手です。今回のやつらは要領の悪い小物ですけど、ここでグッドフォロー公爵家やベリサリオが何もしないと、手を出しても平気だと思って今後も狙われるかもしれません」
「……そうなのね。でもアランに相談しないでお父様に話すのはどうかと思うの」
確かに。
巻き込まれたのはパティでも、アランお兄様に話す前に実家が出てくるのはまずいよな。
でも対策は早い方がいい。
「私ね、思ったのよ」
ぐるぐるとカップの中身をかき回しながら呟く。
「いつも私の後ろ盾の話はしても、帝国内では何もしていないから口だけだと思われているのかなって」
新生ディアドラになってから、私や家族に頼みごとをしてくる人が激減したのよ。
皇宮で発光したのと、シュタルクで暴れたのが大きかったんだろうな。
ベジャイア国王がわざわざ詫びに来たのに、その日のうちに転移でベジャイア王宮に乗り込んで暴れてきたって噂もあったっけ。
暴れてなんていないのに。
でも、あれは手を出したらやばいやつって思われると楽よ。
「実家に頼るのがまずいのなら、私個人のコネを使えばいいんじゃない? ここは精霊の森のすぐ近くで特別区域なんですもの。そこで勝手なことをしようとするやつはどうなるのかを見せつけるべきよ」
「それは……つまり?」
『毎回呼ぶのが遅いのよ』
いやいや。毎回来るのが早すぎでしょ。
テーブルの上に立っちゃ駄目だって前に言いましたよね、琥珀先生。
今どこから出てきたの?
天井からドリルのように回転しながら降りてきたように見えたわよ。
せっかく今日も麗しいのに。
『あなた達の話は全部聞いていたわ』
「はあ」
無理矢理私の隣に腰を降ろしながら、琥珀は私の肩をぺしっと叩いた。
気のない返事になってしまったのは私のせいじゃないでしょ。
なんで全部聞いてるの? 暇なの?
『今回はやっていいのね』
「お願いします、先生」
『まかせなさい』
琥珀が嬉しそうで私も嬉しいわ。
でもちょっと心配になってきた。
「でもやりすぎないでね。ほどほどにね」
『あら、弱気ね』
「よろしいでしょうか」
遠慮がちにレックスが言った。
彼もいい加減、精霊王の存在に慣れてしまっているな。
「グリーン伯爵の領地は、大きな湖が大変有名なんですよ」
『それはいい事を聞いた』
「うわあ」
突然声が聞こえたので視線を向けると、いつの間にかレックスの座っているソファーの背凭れに寄りかかって、瑠璃が楽しげに微笑んでいた。
「し、心臓に悪い」
レックスが胸に手を当てて息を整えているので、驚かせることに成功した瑠璃は機嫌がいい。
そして、すかさずお茶の準備のために動き出すネリーはさすがだわ。
まだ精霊王に慣れていないホルブルック子爵家の侍女達なんて、壁にへばりつくような体勢で固まってしまっていた。
「瑠璃も話を聞いていたの?」
『ここに見知った顔が集まるようだから、暇つぶしに様子を見ていただけだ』
「集まるって、私とパティだけ……」
瑠璃が窓の外を指さしたので目を向けると、派手な大きな精霊車が門を通ってこちらに向かってくるのが見えた。
「誰?」
空間魔法が広まったら精霊車は小型化すると思っていた私の予想は、日本人感覚だったのかまったく当たらなかった。
貴族にとっては、大きさと豪華さを見せつけるチャンスを逃すなんてありえないらしい。
高位貴族は馬車の頃と大きさはいっさい変えず、むしろ御者の座る位置に個性を出すことを競い合っている。
馬に乗った五人もの警護を連れてやってきたのは、ノーランドの家門を付けた精霊車だ。
魔獣のいる草原を駆け抜ける必要のあるノーランドでは、御者の座る位置も全て壁で囲い、左右に扉をつけて、見た目的にはワゴン車と馬車を合体したような外観になっている。
「ノーランドの誰か来る約束があったの?」
パティに聞いてみたけど、約束はしていないらしくて首を傾げている。
「ノーランドの精霊車の中でも、かなり豪華ですね。辺境伯夫人でしょうか」
レックスの意見はありえない。
ノーランド辺境伯夫人が約束もなく訪ねてくるはずはないわ。
それに瑠璃が見知った顔って……。
「ジュードは馬で来そうよね。他の人……まさかエルダ?!」
私の声に、みんなはっとして窓の外に目を向けた。
精霊車は正面玄関の前で停まり、警護のひとりが恭しく扉を開ける。
差し出された手に手を添えて降りてきたのは、予想通りエルダだった。
クリームイエローの地にトパーズ色の模様の入ったドレスは、この場には不釣り合いなほど豪華だ。
そのまま皇宮の茶会に着て行けそうよ。
気合が入ってるなあ。
「なんで?」
でもちょっと違和感がある。
まだあくまでも婚約者で、ジュードやノーランドの誰かと一緒でもないのに、あの精霊車で来るのはどういうこと? エルダひとりならブリス侯爵家の精霊車を使うべきでしょう?
それよりなにより、なんで転移魔法や転送陣で来なかったの?
エルダなら前もって連絡をくれれば、どちらの方法でも問題ないのに。
「出迎えてくるわ」
パティが急いで部屋を出て行ったので私も行こうと思いかけたけど、琥珀と瑠璃を置いていくのもためらわれたので、伯爵達に何をするかを相談することにした。
あまりやりすぎて領地に住む人達が路頭に迷うことになるのは避けたい。
でも精霊王が怒っているという事はわからせたい。
「こういうのはどう?」
『生ぬるいわ』
『琥珀に聞くと砂漠が出来上がるぞ』
「それはやめて」
週のうち三日はルフタネンに行って、残りはベリサリオと精霊の森で過ごしているので、琥珀や瑠璃とは今でもよく会っている。
蘇芳や翡翠も遊びに来るしね。
クリスお兄様もアランお兄様も忙しいから、ふたりより精霊王の方が頻繁に会っているくらい。
それでもこうして友人で集まったりすると毎回覗きに来るのは、私がいると面白いことがありそうだからなんだって。
そんなに毎回面白いことがあるわけないのに。
「よかった、ディアもいた」
髪を結い上げたエルダは、しばらく見ない間にまた大人びた気がする。
ノーランドの騎士達や侍女の様子を見れば、エルダがすっかり若奥様として認められているのがよくわかる。
これでもかってくらい大事にされているのよ。
「あ、失礼しました。琥珀様、瑠璃様、御無沙汰しております」
エルダも精霊王に会うのに慣れているメンバーのひとりだ。
私を通して瑠璃と顔馴染みになった後に、ノーランドで蘇芳と何度も顔を合わせることになって、精霊王は心が広いから、最低限の礼儀はちゃんと守れば大丈夫なんだなと学んだそうだ。
「転移も転送陣も使わないで精霊車で来るって珍しいわね。何かあったの?」
エルダが椅子に座ろうとしたら、侍女がすかさずクッションを整えて膝掛まで用意した。
ノーランドってここまで嫁を大事にする家だっけ?
「それはお義母様にそうしなさいって言われたのよ。あのね、私達はつい転移や転送陣を使っちゃうでしょ。でもそれだと、周囲には私達がパティに会いに来ているのがわからないじゃない?」
そりゃ部屋から部屋に移動だからね。
「それじゃ駄目なんですって。今回のように警護もちゃんと着けて立派な精霊車に乗って、屋敷に入るところを目撃させて、きちんとそれ相応の準備をしてわざわざ会いに行くほど、相手を大事に思っていて仲がいいんだと見せつける必要があるんですって」
「おおおお」
目からうろこがぼろぼろ落ちた気分だ。
そうか。パティが子爵夫人になっても、わざわざ警護をつけてでも会いに行くほど仲がいいと見せつけた方が、パティが軽んじられなくなるのか。
「私も次から精霊車で来るわ。他の友達にも話しておく。あ、カーラとハミルトンのところにも行かないと」
「そうして」
「でもあれね、ブリス侯爵家の精霊車じゃなくてノーランド辺境伯の精霊車で来たのね」
「あー、その、私、もうノーランドに住んでいるの」
え? 結婚前なのに?
ブリス侯爵がよくオーケーしたわね。
「あの、エルダ様」
精霊王が来た時に立ち上がり、レックスと並んで私の背後に立っていたネリーが、遠慮がちに小さな声で呼びかけた。
「なあに、ネリー」
「そのドレス……まさか」
「やっぱりネリーもそう思った?」
ネリーがまだ何も言っていないのに、パティには何かわかったの?
「私も気になって……その……お腹のあたりが」
は?
はーーーーーーーー?!
「なに?! まさかおめでた??」
「えへへ」
結婚前にご懐妊?!
そりゃノーランドの人達が大事にするわ。
もしかしたら跡継ぎになる子かもしれないんでしょ?
「つか、ジュードは何? 自分は硬派ですって顔をして、エルダは話しやすい友達みたいだとかなんとか言っていたくせに、もう手を出したの?」
『ディア、女の子がそんな言い方は駄目よ』
琥珀にため息をつかれてしまったわ。
でも驚くでしょう?
エルダが十九でジュードは十八で親になるのよ。
いや、この世界では普通なんだけど。
出来ちゃった婚は別として、年齢的には同じような夫婦はたくさんいるんだけど、いざ友人が親になるって聞いたらびっくりよ。
「琥珀も瑠璃も驚いていないってことは知っていたの?」
『俺が知らせたからな』
『何よ。みんないるなら呼んでよ』
もくもくと煙が湧き起こったと思ったら、中から蘇芳と翡翠が出てきた。
これは新しい登場の仕方だな。
精霊王だから当然だけど、初めて会った時と今と全く見た目が変わらないの。
でもね、変わったこともあるのよ。
四人とも、表情が豊かになった気がする。
他国の精霊王との交流が増えて、新しくペンデルスに精霊王が出現して、人々とも触れ合ううちに、嬉しいことも悲しいこともいろいろと増えたんだろうな。
前より笑うことも多くなったし、呆れた顔や疲れた顔もわかりやすく表現してくれるのよ。
「ノーランドの両親はとても喜んでくれたし、うちの両親ももうしょうがないからと認めてくれたし、あとは元気に生むだけよ。ただ結婚式が延期になっちゃうの。それを知らせたかったのよ」
延期って、結婚式の予定の日までもう半年切ったわよね。
「延期ってどれくらい?」
「三か月くらい」
「それだけ?」
「産んだ後の体調が戻る期間を考えても、それだけ延期すれば余裕なの」
ということは、もう生まれるまでたいした期間がないんじゃない?
そんな前に子供を仕込んで、いやいや、マジで言葉には気を付けよう。
私は十六歳になったばかりの可愛い少女だということを忘れちゃいけない。
いやそれよりなにより。
「大丈夫か、ノーランド!」
十八になったら結婚出来ると言っても、誕生日が来たらすぐに結婚する子もいれば、その冬の学園期間が過ぎてから結婚する子もいるの。
十八は最終学年ということで、卒業してから結婚しようって考える家もあるわけよ。
べつに結婚していても学園には通えるから、特に年齢差の大きいカップルは、誕生日の日に結婚式を挙げたりもする。
で、ここからが問題だ。
ジュードとモニカは年子なのよ。
ノーランドは二年連続で結婚式が行われるの。
しかも、片や嫡男の結婚式で、片や皇帝陛下との結婚式よ。
ベリサリオも連続の結婚式になるけど、規模が違うわよ。
それで三か月延期?
準備に関わっている人達の苦労はいかほどだろう。
「ジュードが陛下に報告に行ったら、結婚前にモニカが妊娠したら、おまえは俺を殴りに来ただろう。それなのに自分はそんなに手が早いのかって、腹を一発殴られたって」
他の男性陣は婚約者に手を出さないで我慢しているのにね。
そりゃ怒るよね。
「カミルが、ルフタネンの法律でならもう結婚出来るのにって話してたそうよ」
「なんで私よりカミルの方が先に知っているのよ!」
「最近、陛下とカミルとジュードはたまに集まって食事しているみたいなの」
陛下とジュードは義理の兄弟になるから親しくするのはわかるけど、なんでそこにカミルが加わるの?
あいつ、いつの間にかいろんなところに友人を作っているわね。
因みに、私もパティも誕生日に結婚式を挙げることになっている。
ルフタネンではもう結婚できる年齢なのに待っているから、誕生日に結婚は譲れないってカミルがそこだけは引かなかったのよ。
パティは冬の初めに生まれたので、私のほうがアランお兄様より先に結婚することになったんだけど、アランお兄様も誕生日に式を挙げたい派だったので、それでいいってことになったの。
『ノーランドはまた賑やかになるぞ』
『ふん』
子供好きな精霊王達にとっては、見知った人間の子供が生まれるのは嬉しいんだろうね。
人間は短命でも親しくなった人の子供や孫がいれば、少しは寂しさが減るのかもしれない。
特にノーランドは蘇芳にとっては、私以外で一番親しい一族だから余計に嬉しそう。
『我々はディアと頻繁に会っているからいいんだ。なあ、琥珀』
『そうよ。最近は精霊の森でディアと話す機会が増えて嬉しいわ』
『えーーー、ちょっと。私だけ何もないのはずるいじゃない』
賑やかだなあ。
『さて、では私は用事を済ませてくる』
『瑠璃は気が早いわね。でもそうね。すぐに結果が出る方がいいわね。じゃあ私も行くわ』
「え? もう?」
やる気満々過ぎない?
本当にやりすぎちゃ駄目だからね。




