大人になるってこと 1
八巻販売記念の番外編です。
シリアス風味はこの回だけです。
クリスお兄様とスザンナの結婚式から半年。
ベリサリオはいまだにお祝いムードのままで、街の飾りつけが残っている場所も多く、フェアリーカフェにはまだ結婚記念の品物を買いに来る客が連日訪れていた。
これはベリサリオだけの話じゃない。
皇族と自分の子供が親しい関係になるのを狙って、貴族達が皇子達と近い年齢になるように子供を産んだせいで、これから何年間かは十八になる子供がたくさんいるの。
そのため、国中で結婚式が行われているので、帝国中がお祝いムードだ。
貴族は、特に嫡男の結婚式は派手にやるでしょ。
どこも人手が足りないくらい忙しくて、ニコデムスの問題が片付いて以来これと言って大きな問題もなく、帝国は平和な日々が続いていた。
私もとうとう十六歳よ。
日本では十六歳って高校生だったよね。
前世ではまったくモテない地味なオタクだった私が、この年齢でもう素敵な婚約者をゲット済みで、世界中で名の知られた有名人だよ?
この世界に生まれた時に誓った、今回は必ず親より長生きして恋愛して結婚して、親に孫を見せてあげるんだっていう目標をほとんど達成出来ているってすごくない?
寿命が三百年はあるだろうと言われちゃっているし、祝福受けすぎて殺されても死にそうにないし、残る問題は子供が出来るかどうかくらい。
それも、なんとなく大丈夫そうな気がするのよね。
この世界の神様はコミュ障だけど、そんなところで意地悪する神ではないはず。
そうそう。私にも最近やっと成長期がきたみたいで、パティやカーラより背が高くなったのよ。
ただどうもスレンダーで、出るところが出ないというか、モデル体型というか。
なんでだろうと思っていたら、
「あなた、まさか今でも魔力を毎日たくさん使っているの?」
ってお母様に聞かれたわ。
魔力を使うのもエネルギーがいるのに、更に有酸素運動なんて言って毎日動き回っているせいで、成長に回すエネルギーが足りていないっぽい。
けっこう食べているつもりだったんだけどなあ。
会議中でもお菓子を食べていたのに全く太らないから、おかしいなあとは思ってた。
「少し運動を控えなさい。足に筋肉がつきすぎよ」
「ええ?! ムキムキはしてませんよ。ダンスの先生に褒められたし、お腹だって腹筋は割れてないですよ」
「当たり前でしょう。カミルは何も言わないの?」
「? お腹を見せたことはないので」
「お腹の話じゃないわよ。結婚する前に見せたら駄目よ」
さすがにそれは私もわかっているし、この筋肉はどう? って腹を見せようなんて発想はないわ。
「食事を見直しましょう。あなたも二年後には結婚式をするのよ。もう少し胸とお尻にお肉をつけて」
「じゃあ胸が大きくなる運動を」
「運動は控えなさい」
「はい……」
運動しろって言われるのは理解出来るけど、運動するなと言われるとは思わなかった。
十六にもなって訓練場で走るのはまずいのかな。
子供の頃からの習慣で、今でも週に何度か通っていたのよ。
私が行く曜日には訓練場を使用する兵士が増えるって話は聞いていたんだよね。
平和だなって、そういう話を聞いても思う。
今のベリサリオの問題は、アランお兄様と私の結婚式が連続で行われるってことだけだ。
アランお兄様はもう独立しているし私は嫁ぐ側だから、両方ともベリサリオ領内で結婚式を挙げるわけじゃないんだけど、めでたいことだから領内もお祭り騒ぎにはなるだろう。
アランお兄様の場合、公爵令嬢を嫁にもらうのに中途半端なことは出来ないからベリサリオが全面協力で派手にやるそうで、ホルブルック子爵領はすでに結婚式の話題で盛り上がっているんだって。
ただアランお兄様の方は、いろいろとめんどうなことがあるらしい。
あそこは精霊の森を警備する人達の村と、新しく開拓された職人街がメインの特別地域だから、再び精霊の森に何かあったらまずいので、移住してくる人にも厳しい規制があるのよ。
でも精霊車の生産が行われているせいで仕事が次から次に舞い込んでくるし、アランお兄様の結婚式のための仕事も領内の住人に出来るだけ多く振り分けようとしているから、住んでいる人がみんな儲かっているせいで、移住したいって人がたくさんいるんだって。
ベリサリオも悪いんだよね。
ホルブルック子爵領の境界線に沿って、精霊車やフライと歩行者が分離帯で分けられて安全に通行出来る街道を作って、隣接する場所にフェアリー商会の倉庫や事務所を設置したおかげで、ちょっと前は閑散としていた土地が今では爆上がりしてるのよ。
だからそっちは買えない貴族が、ホルブルック子爵領に何とかして土地が欲しいって言って、最近はその対応が大変なんだって。
「お嬢、ホルブルック子爵の屋敷から、申し訳ないが至急来てパトリシア様を助けていただけないかと連絡が来ています」
今日も何かあるらしい。
レックスに言われて私はさっそく立ち上がった。
「アランお兄様は近衛の仕事よね。ルーサーは?」
「仕事で出かけているようです」
「わかった。すぐいくわ。ネリーもついてきて」
あまり大きな声では言えないけど、ベリサリオとアランお兄様の屋敷と私の精霊の森の屋敷は転送陣で繋がっている。
上位貴族の屋敷に以前からある転送陣は、精霊王が昔、人間のために用意してくれたもので、人間には作れない。
新しく作りたかったら精霊王に頼むしかないんだけど、普通は頼めないよね。
だったら、転移魔法を使えばいいじゃないかって思うだろうけど、勝手に皇宮や貴族の屋敷に侵入されたらまずいから、規制が厳しくなっていて使える状況が限られているの。
それに、転送陣なら使用人が荷物を運ぶのにも便利だ。
だから精霊王にお願いして転送陣を何個も作ってもらって、便利にご利用していることは、大きな声では言えないのだ。
たぶん帝国中にばれているけど。
「あちらのお部屋でパトリシア様が対応してくださっています」
そういうわけで、私達は転送陣でここに来たから、パティが客の相手をしている正面玄関すぐ横の部屋までは、少し歩かなくちゃいけなかったので、その間に子爵家の侍女に事情を聞いておくことにした。
「前から約束していたの?」
「はい。ルーサーさんが対応する予定でしたのに、まだ皇宮から戻ってこないんです」
それで、ちょうど屋敷にいたパティが会うことになっちゃったの?
居留守使って、また後日に来てもらえばよかったのに。
「ギビンズ伯爵の精霊車が来た時に、誰だろうとパトリシア様が窓際に見に行かれて、先方から姿を見られてしまったんです」
「相手はひとり?」
「グリーン伯爵もご一緒です」
「レックス、どんな人達か知ってる?」
「ふたりともホルブルック子爵領と割と近い小さな領地を持つ伯爵家です。もう何十年も目立った功績がなく、徐々に領地が減ってしまって豊かとはいえない伯爵達ですね」
さすがレックス。主に対する態度はいまいちだけど、執事としては出来る男だ。
「ですから、貴族に土地を売ることは出来ないんです」
部屋の扉が開けたままだったので、廊下にまでパティの声が聞こえてきた。
「いやいや、直接は売っていなくても貴族の息のかかった職人に土地を売っているんでしょう? 同じことですよ」
「パトリシア嬢、いつまでも公爵令嬢の気分でいては困りますな。もうご令嬢は子爵家の人間なのですよ」
何を言っとるんじゃ、このおっさん達は。
パティはまだ結婚前だから、公爵令嬢だっつーの。
「社交界で御主人が立場を確立するためにも、親の人脈に頼らず新しい関係を作っていかなくてはならないでしょう?」
やさしい口調が気持ち悪いのがグリーン伯爵。
太っている方がギビンズ伯爵らしい。
どっちがどっちでもいいけどね。
「そうですよ。子爵家が参加出来る集まりは公爵家とは違います。いつまでも親御さんに頼ってはいられない。ご主人はまだお若いのに近衛騎士団と事業の両方で活躍されているのですから、御令嬢も女主人として今のままでは困るのではないですか?」
私のいる場所からはふたりの横顔しか見えないんだけど、ギビンズ伯爵の表情がどうも下心ありありで胸糞悪い。
あ、いやだわ、私ったら。もう大人になったのだから、汚い言葉を使っては駄目よね。
油てかてかで目付きがいやらしくて、気持ち悪いったらありませんわ。
「うちの末の息子が家を出て事業を始めたんです。独立したので平民ですよ。彼が住むのなら問題ないでしょう」
「私もグリーン伯爵の事業に協力しているんです。今後は御令嬢とも親しくお付き合いさせていただきたいですな」
「ギビンズ伯爵。私の事業じゃありませんよ。平民になった息子の事業です」
「おお、そうでしたな。こちらは街道の整備が整っているので商売にはいい土地だ。どうですか。一緒に何か新しい事業を始めませんか?」
えーと、どのタイミングで出ようかな。
突っ込みどころ満載であほくさいから、そろそろ行こうかな。
「そういうお話は、ベリサリオのフェアリー商会に問い合わせしてください。事業に関しては本社が扱っています」
「ですからフェアリー商会とは別に新しい事業をですね」
「これ以上、事業を拡げる予定はありません。アランは近衛騎士団の仕事がありますし、私は事業には関わる気がありません。それは女主人の仕事の範囲外だと思っております」
いいぞ、パティ。
こんな奴らに負けるな。
「これは残念ですな。妖精姫もベリサリオに嫁いだオルランディ侯爵家の御令嬢も、事業で成功を収めていると聞いておりますのに、あなたは何もしないのですか?」
私とスザンナがいつ事業なんて起こしたのよ。
経営なんて全くわからないからね。
フェアリー商会のカフェ部門で、好き勝手させてもらっているだけよ。
「しません。ホルブルック子爵領は開拓の途中なんです。領民たちのためにしなくてはいけないことがたくさんあるんです」
「領民? そんなことは誰かを雇ってやらせればいいんです」
「どうやら私達は意見が合わないようですわね」
「御令嬢、あなたは子爵に嫁ぐということがわかっていらっしゃらない。このような狭い屋敷に住んでいるのは、ベリサリオが次男には援助しないからではありませんか? ベリサリオが距離を置くのであれば、今まで通りの態度は許されないんですよ」
ギビンズ伯爵、それは失言じゃないかなあ。
つか、ここは建築中の屋敷が出来るまでの仮住まいだから。
子爵家がこんな立派な屋敷を作っていいのかよって驚くぐらい、アランお兄様のこだわりの変な……素敵な新しい屋敷を作っている途中だから。
「ネリー、あそこに私を転移して」
空間を繋げる形より、普通の転移の方が早さは上なんだよね。
さくっとふたりの伯爵の背後に転移してもらって、
「誰が、何を許さないって?」
「うひゃああ!」
「だ、誰だ!」
真後ろで言ったら、ふたりとも文字通り飛び上がっていた。
四十代後半か五十代くらいのオジサンなのに、ジャンプ力あってびっくりよ。
叫んでいたのはギビンズ伯爵で、筋をおかしくしそうな速さで振り返って誰何したのがグリーン伯爵だ。
「あら、私をご存知ない?」
「よ、妖精姫?!」
「こ、これは……あの……」
人の顔を見てビビらないでくれないかな。
化け物でも見たような顔になっているわよ。
「ベリサリオが援助しない? 距離を置く? こうして私が遊びに来ているのに?」
さっさと彼らの横を通ってパティの隣に移動した。
「この方達はなんなの? 話している内容がひどすぎて笑ってしまいそうになったわ」
「ディア」
パティはほっとしたようで、私が隣に並ぶとすぐに腕にしがみついてきた。
「こ、これは失礼しました。お会い出来て……」
「あ、そういうのいいから。もうあなた達ふたりの顔と名前は覚えたので、ベリサリオ辺境伯とグッドフォロー公爵家と、もちろんホルブルック子爵家から後ほど連絡がいくので」
「え? いや、それは」
ギビンズ伯爵の方は軽くパニックだ。
グリーン伯爵はどうにか話をまとめようと思っているようだけど、顔色が真っ青になっている。
あんなに汗をかいたら脱水症になりそう。
「妖精姫様、落ち着いてください」
「私は落ち着いてるわよ?」
「冷静に考えていただきたい。ホルブルック子爵はすでに独立していらっしゃるというのに、御実家の名前が出てくるのはいかがかと思いますよ」
「実家を頼るのはホルブルック子爵ではなくパティと私です。パティはまだ結婚前なのでグッドフォロー公爵令嬢です。御父上に頼るのは当たり前じゃないですか」
「そ、そうですが、ここにはホルブルック子爵夫人として出て来られたのでしょう? だから私どもと話をしているんです」
「いいえ! そのようなことは一言も言っていませんわ!」
きっとした顔でパティが言い切ったので、グリーン伯爵もうっと言葉を飲み込んだ。
「窓から姿が見えたから挨拶だけしたいとおっしゃったからお通ししたのに、事業の話や土地の売買の話をされて迷惑です。ここは特別区域だと何度も申し上げましたよね? 皇帝陛下と琥珀様が約束を交わし、アランが領主として治めることになった地です。あなた方はその約束を破れとおっしゃったのと同じですよ」
「な、何を大袈裟な……」
「まあ。では皇帝陛下にもお話しなくては」
私が大きな声で言ったらすぐ、グリーン伯爵は背後を振り返った。
そこに体格のいい侍従がふたりもいるもんね。
パティの傍には侍女しかいなかったし、私の隣にもネリーしかいなかった。
だからいっそ腕力でと思ったかもね。わからんけど。
でもあいにくと、侍従は私とネリーの精霊獣に囲まれていて動けないんだなあ。
囲んでいなくても、イフリーやガイアとやりあう勇気のある人間はまずいないんじゃないかな。
精霊獣達の中心で、レックスが後ろに手を組んでニコニコしながら立っているのも、伯爵達にとっては不気味に見えたみたいで、ふたりとも目が泳いで椅子から腰が浮きかけている。
「お帰りですか?」
私が声をかけると、ふたりはほっとしたように立ち上がった。
「そ、そうですね。御挨拶だけのつもりが長居してしまいました。行きましょうか、ギビンズ伯爵」
「そ、そうですな」
「さようなら。レックス、おふたりともお帰りだそうよ」
「はい。お帰りはこちらです」
あ、ここはアランお兄様の屋敷なのに、レックスに声をかけてしまった。
まあいいか。
そういえばふたりとも、精霊を連れていないのね。




