可愛いって難しい 7
このお話は今回で完結です。
「あの……こちらが」
目を合わせないように俯いたままで、若夫婦の旦那さんがレモンのはいった篭を両手で恭しく差し出してきた。
土下座状態から上半身をわずかに浮かして、両手を額の前まで上げるという非常につらそうな体勢よ。
「これをいただいていいの?」
「は、はい」
「ありがとう。お代は後でまとめてお支払いするわね」
ルンルン気分で籠を受け取り、おもむろにテーブルの前に立つ。
「私が」
「いいの。やらせて」
ネリーを止めてレモンに浄化魔法をかけ、用意された包丁でざくっと半分に切ると爽やかな香りが広がった。
深呼吸をして香を堪能し、レモンを櫛形に切ってから、迷いなく流れるような動作で噛り付く。
「すっぱーー」
懐かしい味だ。
これよこれ。
「酸っぱいですよね。ですから、これは薬なんですよ」
「ディアドラ様、この方達がはちみつ漬けのレモンを持ってきてくれました。こちらでは、こうやって食べているそうです」
「ハニーレモン! 素敵!」
「でも、あの……」
初対面の平民の持ってきた食べ物を、仮にも未来の公爵夫人が食べていいのかって言いたいのかな?
いいんだ! 私が許す。
たいていの物を食べてもお腹を壊さない自信があるよ。
身体の丈夫さは人間離れしているんだから。
リンジーが持っていた容器には、前世で見たことのある蜂蜜につけた輪切りのレモンが入っていた。
このまま氷らせても美味しいよね。
手掴みでレモンの輪切りをひとつ取って、そのまま口に運び、
「素晴らしい! フェアリー商会ではハニーレモン味のケーキやジェラートを売っているんですよ」
「レモンのケーキ?」
満面の笑みで誉めたのに、生産者さん達がドン引きしているんですけど。
あれえ?
「これも買っていきます。あとレモンは西島全域から売っても大丈夫な分を集めてください。今日中は無理でしょうからあとで取りに来させます」
『ディア、みんなついて来ていないよ』
「あ、説明が足りなかった? 私はレモンを薬の材料ではなく料理の素材として使いたいんです。日頃から美容と健康に気を遣い、身体にいい料理を食べるというのは、跡継ぎを生まなくてはいけない貴族の女性には必要不可欠です。特に夏は食欲がなくなる女性も多いでしょう? レモンの供給が安定すれば、店の定番のひとつに出来ますし、個人でもレモンを購入する人も増えると思いますよ」
きょとんとした顔で私を見ている人達に向き直り、レモンを片手に話し始め、気付いたらたかだかとレモンを掲げていた。
「レモンが売れるんでしょうか」
いまいち反応が鈍いわね。
「ネリー、すぐにお茶の用意をしてちょうだい。冷たいお茶もほしいわ」
「はい」
精霊車の中には御令嬢方のために用意したお茶があるから、準備するのは簡単だ。
そこにレモンを搾ったものとはちみつレモンを入れたものを、温かいのと冷たいのと両方準備した。
「どうぞ、飲んでみてください。農家の方もどうぞ。私が買いたいという理由がわかっていただけると思います」
ベリサリオの特産品は紅茶よ。
紅茶といえばレモンティーよ!
でも帝国ではミルクを入れるか、いろんな果物のジャムを入れて飲むのが主流なの。
ベリサリオは産地だということもあって茶葉にこだわりがあるから、何も入れない人が多いし、紅茶を甘くするのは理解出来ても酸っぱくするのはちょっとって人もいるのよね。
一回飲んでみれば美味しいってわかるのに。
「まあ、爽やかですわね」
「私はこちらの甘いのがいいわ」
「私も蜂蜜入りの方が好きです」
やっぱり甘いのが苦手な男性なら評価がまた変わるのかもしれないけど、お嬢様方は蜂蜜レモン派か。
レモンの風味は薬の味という認識が強くて、レモンをそのまま使うことへの抵抗感があるのかな。
「生産者の方はいかがですか?」
まだ床に座ったままで、勧められて仕方なく紅茶を飲んだ生産者の人達にも聞いてみた。
「美味しい……です。紅茶を初めて飲みました」
「え?!」
「茶葉が……高いので、我々は……」
「氷も手に入れられなくて……」
なんですと?!
「氷の魔法を使える精霊は村にはいないんですよ」
ライラに小声で教えられてびっくりよ。
「ごめんなさい。ベリサリオは茶葉の産地だから、庶民でも手軽に飲める価格帯のお茶もあるの。それで西島でも飲めると思ってしまっていたわ」
それ以前にベリサリオと西島では豊かさが違うのを忘れていた。
ベリサリオは帝国でもトップクラスに豊かな領地だった。
「リヴァ、氷魔法を水属性の精霊達に教えてあげて。教わった精霊は他の精霊に広めてね。氷で冷やした箱の中に入れれば、夏場でも肉や魚が長持ちしますよ」
魔力量が多い人の精霊獣は遊びながらいろいろな魔法を覚えていくけど、魔力量が少ない人の精霊獣が同じことをすると、魔力切れを起こして人間のほうの身が持たない。
その場合は魔法を使える精霊獣が教えてあげないと使えるようにならないのよね。
いい機会だから氷魔法を広めるわよ。
「リュイ、ミミ、氷魔法を使えるようになっているか確認してあげて」
同じルフタネン人で平民のふたりが教えてあげるのがいいだろう。
生産者の方々も、精霊同士が集まったり追いかけっこをしているように飛び回ったりしている様子を見て、少しだけ緊張が解けたみたいだ。
御令嬢の精霊獣達も魔法を覚えたいのか、入り口付近に集まり出したので、跪いている農家の人達の頭上が精霊だらけになっている。
「紅茶を飲まないのなら……お湯で割って飲むのはしています?」
「はい。いつもそうして飲んでいます。風邪の時には特に飲むといいと言われているんです」
「蜂蜜入りのレモンはたまにしか飲めないのもあって、子供が喜ぶんです」
蜂蜜もお値段がね。
ちょっと特別感があって子供も喜ぶ美味しい薬って理想的だよね。
「冷たいのも美味しいですよ。試しにそれも飲んでみてください」
冷たいレモネードもかなり気に入った人と、美味しいけど特に好きではない人に分かれた。
夏バテの時に飲むといいという話を聞いて、それならレモンを買おうかなという声は聞こえてきたけど、やっぱり健康のためなんだよね。
でもまあ前世でもそんなもんだった気がするわ。
毎日レモネードを飲んでいる人って、私の周りでは聞いたことがないわ。
「でも買いますよ。帰って必要なレモンの量をざっと見積もりますので、足りないようなら栽培量を増やしてください」
「ほ、本当に? そんなに気に入ってくださったんですか?」
「ライラ様、思い込みに縛られないでいろいろな可能性を考えることが商人には必要ですよ」
ドレッシングにも使えるし、レモンパイやレモンケーキもいい。
レモネードだってカフェのメニューに加えられる。
でもそれだけじゃ、そんな多くの量は必要にはならないんだよなあ。
「うーーん。これはトマトケチャップと同じ考えで行こうかな」
「はい?」
「私と共同で商品を作ってみませんか? って話です。私がレモンを大量買いしただけでは農業しか発展しないですよね。でも西島で商品化すれば、新しい雇用が生まれるでしょ」
「トマトケチャップみたいに……」
「レモンが?」
ずぼらだった私は前世でひとり暮らしをしている時に、レモンを買ったことがなかった。
いちいち切って搾るのはめんどうだし、たいていの料理に使うレモンの搾り汁って小さじ一杯とかなのよ。レモン一個を使い切るのはまず無理で、残りはそのまま齧ったり……あ!
『ディア?』
「私ってば今頃思い出すなんて!」
だったら最初から絞ってあるやつを売り出せばいい。
ドレッシングも西島で作ればいいって考えてはいたけど、大きな需要がもうひとつあるじゃない。
「共同の商品というのはどんな?」
「それはまだ言えません。ただトマトケチャップのようにひとつの商品が爆発的に売れるというのではなく、いくつかの商品を作る必要はあると思います。ここから先は必要な投資を私がやるかイースディル公爵家でするかという問題もありますし、私達だけで話しても結論が出ないでしょう」
「はい。帰ったらすぐに西島の領主達に報告します」
「それと、フェアリー商会でレモン関連の料理をメニューに載せる時には、必ず西島産だと明記するとお約束しましょう」
「ありがとうございます」
ライラはブランド戦略の大切さをわかっているな。
さすが西島では一番の商会を持つパーセル伯爵家の御令嬢ね。
◇ ◇ ◇
話が終わって帰る生産者の方には、こわい思いをさせてしまった分かなり多めにレモンの代金を支払い、それとは別にお土産を用意した。
近所の人にも配れるようにと山盛りに乗せたお土産を荷運び用のフライに乗せて、フライごとプレゼントするって言ったら四人とも固まってしまっていたっけ。
あのフライだけでもかなりのお値段だからね。
是非とも活用して、レモンを大量に栽培してもらいたいところよ。
「レモンを使ったスイーツをフェアリーカフェで販売するんですか」
「まずはフェアリーカフェで……よ。レモンパイとレモンケーキをメニューに載せたら、他所でも真似をして作るでしょうからレモンの消費量は増えるはずよ」
北島に帰ってからカミルに成果を報告しているんだけど、同席しているキースとサロモンの反応はいまいちよくない。
料理に関しては、この男共と話すよりもベリサリオでお母様やスザンナと話す方が確実よね。
「だがそれは西島とベリサリオの貿易の話だろう。俺達が投資するほどのことか?」
「それはまた別の話よ。投資するのはドレッシングやレモネードの素を作る作業場建設。私個人で投資してもいいんだけど、これ以上お金が増えてもね。今までの商品のアイデア料やフェアリー商会からの賃金が毎月どんどん増えているから」
「俺だって、このまま収入を増やして兄上より個人資産が増えると困る」
「よし。じゃあ王族を巻き込もう」
「そういう問題じゃない」
「うーん。ディアドラ様は今までもいくつもの商品を成功させていますけど、レモンがそれほど売れますかね」
確かにな。
今まで話に出ていた商品だけではインパクトが少ないかもしれない。
でもまだあるのさ。
「レックス、用意してある?」
「はい、こちらに」
レックスが持ってきたのは、お盆に乗せた冷やしたグラスと櫛切りにしたレモン。そして賢王が心血を注いで生産に漕ぎつけた麦焼酎だ。
ただしこの世界では焼酎とは言わず、龍涙酒という。
間違いなく厨二病的な名前のつけ方だよね。
賢王がどんな人間だったか、私にはとても理解出来そうにない。
まずはテーブルに冷やしたコップを置きます。
そして水属性と風属性の精霊獣を呼び、
「リヴァ、ジン、例のやつをよろしく」
魔法を使ってくれるようにお願いします。
水を作り出せるなら炭酸水も作れるんじゃないかって、実は以前から考えていたのよ。
でもリヴァもジンも私が説明してもよくわからないみたいだし、ウィキくんにもそんな項目はなくて、瑠璃や翡翠にも聞いてみたけどわからなかった。
それで炭酸水が飲みたいよーって、何日も神様にお願いしていたら、三か月くらい経ったときかな、ウィキくんに炭酸水を作り出す水魔法と風魔法の合わせ技が書かれていたの。
願いは届くものよ。
神様、本当にありがとう。
「今のはなんですか?!」
「おい、レモンより今の魔法の方が重要だろう」
「そうとも言う」
でもこれ、水と風の精霊獣を持つ人がコツさえ掴めば出来ちゃうから、精霊がいるとこんなことも出来ますよって布教に使いたいのさ。
神様が教えてくれた魔法を、金儲けに使うのは駄目でしょ。
「それよりもレモンよ。こっちだって重要なの」
レモンサワーの人気を舐めるなよ!
櫛切りにしたレモンをコップの上でぎゅっと搾っただけのものと、蜂蜜レモンを入れたものを用意し、小さなカップに少しずつ移し替えて三人の前に並べた。
「さあ、飲んでみるがよい!」
「酔っぱらっていないか?」
「一口ずつ味見しただけよ」
この世界は十五で成人だからもうお酒を飲んでいい。
でもお酒は成長によくないって常識が骨の髄までしみついているみたいで、もっとこう成長してほしいところが身長以外にもいくつかある私としては、まだお酒を飲むのは早いかなと思うわけですよ。
「なんで飲まないの? 毒なんて入っていないわよ?」
むっとした顔で睨んだら、しょうがないなという顔をしてカミルはまずレモンを搾っただけの焼酎……いや龍涙酒に口をつけた。
「お。これは」
カミルの意外そうな顔を見てサロモンとキースも飲み始めたけど、あんた達、主人に毒味させるってどうなのさ。
「泡が出ているのでもしやと思ったら、さっきの魔法はエールのような水を出す魔法だったんですか」
「どうしてそう毎回変な物を思いつくんだ?」
ちょっとキース、小声で言っても聞こえているわよ。
「これは誰にでも出来るのか? 風と水の精霊獣がいれば?」
「そうよ」
「それなら庶民の酒場でも出せるな」
「龍涙酒はルフタネンでは一番手頃な酒ですから、この飲み方は流行りますよ」
あなた達、炭酸に夢中になってない?
「レモンなしも飲んでみて。レモンがあるのとないのとでは味がまるで違うでしょ」
「……本当だ。レモンが入るとこんなに飲みやすくなるのか」
「私は蜂蜜が入った方が好きです」
「俺は甘いのはちょっと」
「どう? レモンは売れると思う?」
「「「思う!」」」
どやどや。
レモンの果汁と蜂蜜を使って、いちいちレモンを搾らなくても美味しいサワーが作れる素を作ったらけっこう売れると思うのよ。
他の商品も合わせたら、レモンの消費量はぐんっと上がるわよ。
「ものすごく得意げですね」
「あのどや顔が可愛いんだよ」
「カミルはもうなんでもいいんだろうが」
「いやいや、レモンを見つけて目をキラキラ輝かせていた妖精姫がとても可愛かったと、御令嬢や騎士達の話題になっていましたよ」
サロモン、それは社交辞令ってやつよ。
あの時のみんなは、こいつ大丈夫なのかって顔をしていたもん。
もう私はかわいいは諦めたの。
これからはカッコいいキャリアウーマンを目指すのよ!
「新生ディアドラはやめたのか」
「新生ディアドラは仕事も出来る女なの!」
「ふっ。そういうところが」
カミル、可愛いって言うのは禁止だから!




