可愛いって難しい 4
「ディアドラ様!」
あれ? 離れた席にいたはずのリントネン侯爵夫人まで悲鳴のような声をあげて走って来た。
転ぶからドレスで走らないで。
見ていてこわいわ。
あー、だからよく侍女達に注意されたのね。
「今あちらで聞いたんですけど、変な噂が流れているそうで」
「噂?」
「ヘルトの結婚相手は自分が決めるとディアドラ様が宣言したと」
「なんで私が?」
「違うんですか?!」
グレースが目を丸くして叫んだ。
だから私は部外者だってば。
ルフタネン人じゃないのよ?
「でもテレンスが……」
「リントネン侯爵夫人、テレンスってどなた? 夕べ挨拶されたかしら?」
「ヘルトが紹介してくれと頼まれたと言っていた子息達がいましたでしょう? カミルに睨まれて逃げだした。あの中のひとりです」
「逃げ出した?」
イレインがくすくすと笑い出した。
「あの男、女性や自分より身分が下の者には平気で暴力を働く癖に、相手が強いと情けないのね」
「イレイン、変なこと言わないでよ」
「知らないのはグレースだけよ。あなたのお婆様がいつも圧力をかけてなかったことにして回っているせいで、泣き寝入りしている女性がどれだけいると思っているの」
「イレイン?」
騒ぎを聞いて私達のテーブルに集まり始めていた人達の中から、強い声が飛んだ。
「あなたは何を言っているの? 誤解を受けるようなことを言わないでちょうだい」
この品のよさそうなお婆さんがガイゼル伯爵家の長老みたいな人なのかな?
確かに存在感があって怖そうではあるわね。
「誤解ではなくて本当の話をしているだけですわ」
「余計な事を。ラッピン伯爵家はこの娘にどういう教育をしているの? 彼女はこの場に相応しくないわ。連れて帰りなさい」
「あ、それは駄目です」
思わず片手をぴしっとあげて発言してしまった。
「私、今の話がとっても気になります。テレンスって人が私についてありもしない噂を流したんですよね? 帝国人の私は部外者ですよ。それなのに西島代表である侯爵家の婚姻に口出ししているって大問題です。国際問題です」
「そ、そんな大袈裟な話では……」
「そのテレンスでしたっけ? どういうつもりでそんな嘘を言っているのか、ここまで連れて来て説明していただきたいわ。その時に泣き寝入りしている女性がいるというお話も聞かせてくださいな」
「で、でも今、部外者だって……」
おや、おとなしいと思っていたファニーから突っ込みが入るとは思わなかった。
見た目の可愛さは性格とは関係ないよねー。
「ええ。でもお話をお聞きしてもいいでしょう? 弱い女性に乱暴を働く男って大嫌いなんです。あれ? もしかしてあなたの家とも関係のある方かしら?」
「ガイゼル伯爵家とミルズ伯爵家は遠縁にあたるんです。ですからファニーにとってもテレンスは親戚です」
説明してくれたのはライラだ。
四大伯爵家も一枚岩ではないらしい。
でもそのほうがいいよね。
古くから西島にいた人達の結束があまりに強いと、あとから来た人達が居心地悪いわよ。
「イレイン様、先程の話の続きを聞かせていただける?」
「はい。テレンスは新しく西島に来られた方達を馬鹿にして、そこの侍女や御令嬢にべたべた触ったり、脅して関係を持とうとしていたんです」
「そんなことはありませんわ! リントネン侯爵夫人、このお茶会はもう中止にするべきです」
「大声を出さないでください。こんな重要な話を遮ろうとするのは、あなたに後ろ暗いことがあると思われますよ」
「なんですって!」
リントネン侯爵夫人、カッコいい!
「その話は本当です。うちの娘が乱暴されそうになりました」
「うちの侍女もです」
私がいるから有耶無耶に出来ないだろうと思ったのか、リントネン侯爵夫人のきっぱりとした態度を見て信頼出来ると思ったのか、泣き寝入りしていた人達が声を上げ始めた。
ガイゼル伯爵家の長老は青筋を立てて怒っていて、ミルズ伯爵家の夫人は倒れそうになっている。
「私も乱暴されそうになりました」
「ええ?!」
思わず大きなどよめきが起こったのは、ライラが手をあげたからだ。
「伯爵令嬢にまで?」
「私には精霊獣がいましたから、ぶっ飛ばして差し上げましたわ。でもそれで腹を立てて、自分の精霊獣に私を攻撃するように命令して、精霊獣が嫌がるともう片方の精霊獣に仲間を攻撃するように命じたんです」
「自分の精霊獣同士を争わせようとしたんですか?」
「はい」
「それは許せないわ」
思わず声が低くなった。
ちらっと横目でガイゼル伯爵家の長老……いや、お婆さんを睨みつけてやったわ。
「それで精霊王様がお怒りになって、テレンスの精霊獣を取り上げて、連れて帰ってくださったんです」
「あなたはマカニと会ったことがあるのね」
「はい。助けていただきました。なにしろ仲間がふたりもいたので」
「複数で女の子を襲ったってこと?!」
「テレンスは男爵家の人間なんですよ?」
イレインのひとことで目が点状態よ。
何してくれているのこの婆さん。
そんな男を野放しにしちゃ駄目でしょう。
「テレンスは本当は優しい子なんです。彼女とのことは話し合いで決着して……」
「あなたは黙ってて」
「え?」
まさかそんな態度を取られると思っていなかったのか、長老はぽかんと間の抜けた顔で固まった。
『こっちでもその話になっていたんだ』
不意に空中から声がしたので顔をあげたら、クロがぴしっと足を揃えて座った状態で浮いていた。
『カミル達がこっちに来るので、どこに転移すればいいか指示してくれって』
「テレンスの話を向こうでもしているの?」
『テレンスと仲間のふたりを捕まえたから連れて来るよ』
「仕事が早くて助かるわ。シロ、一緒に行って転移を手伝ってあげて。そうね、あの辺に転移してもらってちょうだい。みなさんはこちらに移動してくださいね」
私が仕切るのはおかしいんだけど、リントネン侯爵夫人が仕切って恨まれたら気の毒でしょ。
私なら逆恨みされてもへっちゃらだから、こういう時は動かないとね。
「被害者とそのご家族はそちらのテーブルに集まってくださいな。あとで詳しく事情をお聞きすると思います。賠償金はしっかりもらいました?」
「いえ……仕返しがこわくて」
「騒いだら殺すとテレンスに言われたんです」
「その男は二度とそんな口がきけないようにしてやりましょう」
私が椅子に腰かけたまま腰に手を当てて胸を張った時に、開けておいたスペースに二十人程の男性陣が姿を現した。
体格のいい男性達に引きずられているのが、問題のテレンスと愉快な仲間達だな。
「ディア、話は聞いたか?」
「たぶんこっちの話の方がまずいことになっているわよ」
「噂の話じゃないのか?」
「その男共が何人もの女性に暴力を働いたって話よ。伯爵令嬢にまで手を出そうとしたらしいわ」
「なんだと」
私の言葉を聞いた男性陣の反応は大きく分けて四種類だった。
大部分の人が初めて聞く話に驚いている中で、複雑な表情で奥さんや娘の方を見た人が何人かいた。たぶん被害者の家族だろう。
そして苦々しい顔で私を見てきたテレンスと、俯いて小さくなっているテレンスの仲間達。三人ともぱっとしない男達なのは予想通りだ。
ルフタネンでは嫡男や優秀な若い子は、経験を積むために他の島で何年か暮らすのが普通だ。
特に優秀な人は王宮で働くことになる。
カミルみたいにすでに当主になっているか、ヘルトみたいに父親の仕事を手伝っている男性陣はしかたないけど、父親が健在なうちに広い世界を知るのは必要なことだよ。
で、残ったのは遊び惚けていて外には出せない男達だ。
「ガイゼル伯爵」
「はい」
「あなたのお母様が、圧力をかけて事件をなかったことにしていたそうよ」
「…………まさか。どういうことですか母上! きみも知っていたのか?」
温厚な印象のガイゼル伯爵も、さすがに冷静ではいられなかったらしい。
夫人に詰め寄っている。
「知りませんわ。お母様が別宅に引っ越してからは会っていなかったのを知っているでしょう? まさか、ライラを襲おうとしたなんて。それをなかったことにしようとしたなんて。お母様! なんてことをしてくれたの!」
「ライラ? なんてことだ」
ガイゼル伯爵夫妻は興奮して大きな声で話していたので、話を聞いた人達も驚いて一度に話しだし、場が騒然となった。
テレンスは地面に座らされて、背中に誰かの精霊獣がどっかりと乗っているために土下座しているような体勢のまま、顔だけ上げて不満げに周囲の人間を睨みつけていた。
開き直っている様子からして、全く反省していないな。
「みなさんよろしいですか。落ちついてください。まず私からお茶会で出た話をお話しします」
リントネン侯爵夫人がわかりやすく報告してくれているから、私はゆっくりとお茶とお菓子をいただくことにした。
精霊の件に関しては放置出来ないところだけど、既にマカニが動いたのなら私が何かするのはおかしいし、それ以外に関しては部外者だ。
これだけの騒ぎになったら逆恨みの心配もないだろうから、私は大人しくしていよう。
「パーセル伯爵、ライラが襲われたのならなぜ知らせてくださらなかったの? まさかあなた方まで圧力をかけられて?」
リントネン侯爵夫人が話している相手がライラのお父様か。
優しそうな人だな。
確かパーセル伯爵は領地が伯爵の中では一番少なくて、でも貿易でかなり儲けているはずだ。
「ガイゼル伯爵家の長老はファニーをヘルトの結婚相手にしたがっていたんです。本当はグレースがよかったんでしょうけど、それは許されないので。だから我々は、テレンスが娘に手を出そうとしたのは、長老が娘を候補から排除しようとして命じたのかもしれないと思ったんです。事を荒立てたら、次は娘を殺そうとするかもしれない。それが恐ろしくて黙っているしかありませんでした」
うわあ、狭い人間関係の中での勢力争いで疑心暗鬼になっていたのか。
大丈夫なの? これ。
西島の復興は順調だと思っていたのに、人間関係ドロドロよ。
「まさか、私がそんなことをするわけがないでしょう。ライラも赤ん坊の頃から知っている娘なのよ」
「それだけ信頼を失うことをお母様はしてきたのよ。西島のこれからを考えなくてはいけないこの時期に、なんてことをしてくれたの」
「私は家のために……」
「家のためになんてなってないじゃない!」
長老を娘が叱り飛ばしている。
西島の女性は強いな。
黙っていると可愛らしい雰囲気の人達ばかりなのに、帝国の女性よりはっきりきっぱり話すのね。
「ディアドラ様」
イレインがにこやかに声をかけてきた。
彼女もライラも初めの頃とは違って、私に対して好意的な様子だ。
「リントネン侯爵が西島に来た当初、この島の人達はあまり協力的ではなかったんです。各家の当主は西島の今後を考えていましたけど、女性や子供は自分のテリトリーを脅かされる気がしたんでしょうね。そんな中で唯一協力的だったのがパーセル伯爵家の人達だったんです」
「そうなの?」
あれ? この話題はもしかして。
「イレイン」
「ヘルトに西島のことをいろいろと教えたのは」
「イレインてば」
「邪魔しないで。ライラなんですよ。彼女とヘルトはとても親しいんです」
あー、ヘルトが断られるかもしれないって言っていたのは、パーセル伯爵がライラの身を案じていたからか。
ヘルトもライラが襲われそうになったことを知っていたから、彼女と結婚したいと言い出せなかったのね。
「こちらではテレンスが、ヘルトの結婚相手は私が決めるとディアドラ様が話していたと言い出したことが問題になっていたんだ」
「その話題はこちらでも出ていましたわ」
「話していただろうが!」
リントネン侯爵夫妻の話に割り込んでテレンスが叫んだ。
「ああ、盗み聞きしていたのね?」
両手を胸の前で合わせながら立ち上がった。
私は部外者?
だって、あの男が巻き込もうとするんだもの。しかたないわよね。




