妖精姫はキューピッド 6
これで完結です。
キースはいったい何をやっているの?
そこから全速力で……ドレスを着たままできる全速力で駆け寄り、ジャンプからのチョップを肩甲骨の間にお見舞いした。
「うげっ」
突然背後から攻撃を受けたキースは、チョップされた痛さより驚きで奇声を発しながら振り返った。
「な、な、なにを」
「あなたこそこんなところで何をやっているのよ」
「けっこう痛かったですよ!」
「ふん。私の気配に気付かないなんて平和ボケしたんじゃないの?」
私だって本気でなんてやっていないわよ。
本気だったら自分でやるより、イフリーかジンの前足キックをお見舞いしたわよ。
イフリーにやらせた場合、死の危険があるかもしれないけど。
「両思いだとわかり合えたところまでは、まあいいでしょう」
キースの横を通り、ケイトの隣に足を開いて立ち、腰に手を当てたところでハタと気付いた。
いけない。また仁王立ちするところだった。
もうすぐ結婚するレディがそんなことをしてはいけないわ。
「で、その勢いに任せて婚約の申し込み? それってプロポーズよね。花束は? 指輪は?」
「いや、それは……」
「はあ、大事な娘がその場のノリでプロポーズされたなんて聞いたら、コンロン男爵がどれだけ悲しむかしら?」
両想いなら婚約というのは、この世界では当然の流れだ。
むしろ独身の貴族令嬢が、両想いの相手がいるのに婚約もせずにいちゃいちゃしていたら、ふしだらな娘だと思われてしまう。
でもだからこそそれなりの手順を踏んで、貴族の御令嬢としてケイトが友人にのろけて話せるような婚約の仕方をさせてあげなくちゃ。
「花束? 指輪?」
なんでカミルが考え込んでいるのよ。
あなたは婚約前にどれだけ私にプレゼントをくれたか忘れたの?
婚約を決める時に精霊王を後ろ盾にしてきたなんて言い出すやつは、あなたくらいしかいないわよ。
「これからコンロン男爵に会って、ちゃんと説明しますよ」
「当然よ。でもね、今日すぐに返事がもらえるとは思わないことね。ケイトにだって考える時間は必要よ。結婚は人生のかかった決断なんだから焦らせたら駄目よ」
「ディア様はうまくいくように協力してくれるんじゃなかったんですか?」
「え? 私はケイトの幸せを応援したいだけよ。ケイト、私がついているからね。コンロン男爵への説明の時も、私が一緒に話をするわ。ハルレ伯爵が出てきても私が追い払ってあげるから、あなたは自分のペースで答えを出せばいいのよ」
「はい。ありがとうございます。あの……嫌だというわけでは……その」
キースが落ち込んで項垂れているから、ケイトってば可哀そうになっちゃっているわね。
大きい男の人がしゅんとしていると可愛いなんて思っているんでしょ。
私だってふたりが幸せになってくれるのが一番いいのよ。
「今のキースのやり方はずいぶんと軽くこの問題を考えているように見えるわ。ケイトを愛しているのなら、彼女をもっと大事にしなさいよ。こんな場所で、横でたくさんの人が荷物を運んでいる時に、コクっているんじゃないわよ」
「それは……すみません。西島の伯爵が妖精姫にもっと西島を気にかけてもらえるように、ケイトを嫁にするという申し出をコンロン男爵にしたと聞いたんです」
「ええ!?」
「ケイトがまだ知らないのは仕方ない。俺もさっき伝言を聞いたばかりだ」
あー、それで焦ったのか。
これはますますケイトと一緒にコンロン男爵のところに行ったほうがよさそうね。
「返事がほしいと伯爵家の執事がまだコンロン男爵の屋敷にいるそうです」
「あら素敵。じゃあ私が会ってあげようじゃない。キースもケイトのそんな話は気にしなくていいからね。それよりケイト、このドレスを夜会に着たらどう?」
先程預かったデザイン画を見せたら、ケイトの表情が少し明るくなった。
一度にいろんな話を聞かされたらどうしていいかわからなくなっちゃうわよね。
そういう時は美味しいものを食べて、楽しいことを考えて、一晩時間を置いたほうがいいわよ。
「エルイーズさんが作ってくれるんですか?」
「そうよ。このドレスに合わせてアクセサリーも用意しましょう。きっと素敵な社交界デビューになるわ」
「俺にプレゼントさせてください」
「やめとけ」
意気込んで言ったキースの肩を掴んで、カミルが止めた。
「おまえはアクセサリーにしたほうがいい。社交界デビューなんだろう? きっとコンロン男爵も自分が用意したいと思うはずだ」
「さすがカミル。私もコンロン男爵に提案しようと思っていたのよ。いい? キースはきちんと家紋の入った封筒と便せんで、コンロン男爵にケイトのことで会いたいという手紙を届けなさい。私がケイトと一緒に男爵家に行って、西島の伯爵家の執事? そいつを追い返して説明を終わらせたら使いを出すから、そうしたら男爵家に来て正式に申し込みなさい」
「は、はい」
「カミル、キースは子供の頃からあなたの側近をして、それ以降も仕事優先だったから、こういうしきたりを知らないのよ。あなたとハルレ伯爵で、そのあたりはきちんと説明してあげなくちゃ」
「俺が講義を受けた時にキースもいただろう」
「……俺は関係ないと思ってた」
本当にもう、こういうことを軽く考える男は女を悲しませるし、婚約や結婚を台無しにしたら一生恨まれるんだからね。
女は一度本気で怒ったら、一生憶えているものよ。
「それで、ディア様は本気でケイトの後ろ盾になるおつもりですか」
「あったりまえでしょ。なんで不満そうなのよ。子爵家や伯爵家より公爵家のほうが強いのよ。しかも妖精姫よ。最終兵器は精霊王召喚よ。結婚した後も嫁や子供の身を守るのに、こんなに頼りになる後ろ盾はそうはいないわよ」
「……子供」
今は自分の身だけ守ればいいけど、結婚したらそうはいかない。
家族は自分を強くしてくれるかもしれないけど、最大の弱点でもあるのよ。
「おまえもコンロン男爵に会う前に、いったん落ち着いて今後のことを考えたほうがいいぞ」
言いながらカミルに背中を叩かれて、キースはよろめいた。
「だがな、ケイト。こいつは俺の側近になったせいで子供の頃から危険な目にあったり、親と会えない暮らしをしなくてはいけなかっただろう。俺が陛下と会って公爵になるまでは、伯爵家から追い出されて平民と同じ暮らしをしている子供だと馬鹿にされてな」
「カミル」
「子爵になって、商会でも活躍して金持ちになったら、周りの女が急に態度を変えたせいで女性不信だったのさ。でもきみと一緒に仕事をしているうちに、仕事を覚えて自信がついて、どんどん綺麗になっていくきみに惚れ込んだんだってさ」
「それは俺が自分で話さなくちゃいけない話だろう」
「だったら婚約を申し込む前に話しておけよ」
今度はカミルとキースが揉めている。
まったくしょうがないわねえ。
「あいつらは放置して、私たちは行きましょう。コンロン男爵が押し切られて申し込みを受けてしまっては大変だわ」
「あ、そうですね。すぐに断らなくては」
まったくキースは困ったものね。
他の結婚話は、ケイトは迷わずに断るのよ。
キースの時だけ、少し考えさせてって言うってことは、受けるけど時間を頂戴ってことでしょ。
せめて一日くらい、両想いなんだっていう喜びの余韻に浸らせてあげなさいよ。
「さあ行きましょう」
「ケイト」
駆け寄ろうとしたキースの前に割り込んで、ケイトを背中に庇った。
「キースはすぐに帰って風呂に入って、髪を整えてまともな服を着ること。コンロン男爵への手紙も忘れないでね。時間の指定なんてするんじゃないわよ」
「……はい」
「それとさっきのドレスに合わせた夜会用の服と、ケイトのアクセサリー一式を用意してね」
「あ、そうだ。俺がエスコートを……」
「いいから話を聞け」
ケイトに向けて伸ばされた腕をべしべしとはたいたら、後ろから痛そうと心配そうな呟きが聞こえてきた。
まるで私がキースとケイトの仲を邪魔しているみたいな図になってない?
「その時に指輪も用意しなさい。島中の宝石店を呼んでも気に入るものがなければ、フェアリー商会に声をかけるからその時は言って」
「わかりました。ありがとうございます。でもあの」
「ケイトと話がしたければ、それだけのことを終わらせて男爵家に来なさい。それまでケイトは私が預かった」
「……誘拐犯ですか」
こういう時でも突っ込みだけはするのね。
キースとケイトはその後どうなったかって?
そりゃあ婚約したわよ。
私が仲を取り持ったんだから当然じゃない。
西島の伯爵家の執事には、彼が待っていた客室に押し掛けて、
「これから大型商業施設や温泉ホテルが開店して忙しくなるというのに、側近を嫁にしたいって言いだすっていうことは、私の邪魔をする気だと受け取ってもよろしいのかしら? 私を本気で怒らせたいのは、なんていう伯爵家ですって?」
って、畳みかけたら真っ青になって逃げて帰っていったわ。
いやマジで、これからもケイトには北島で私の仕事を手伝ってもらいたいのよ。
なにより、苦労を掛けた娘が美しいドレスを着て、キースにエスコートされて社交界デビューをした夜、男手ひとつで娘を育てたコンロン男爵が、中庭でひっそりと泣いている背中を見ちゃったらさ、お父さんにいつでも会える場所で家庭を持ってもらいたいじゃない。
きっとこれから子供が出来て、孫が出来て、賑やかになるんだからさ。
「ディア様、あの時何度も変な噂が立つといけないからここで揉めるなとおっしゃっていましたよね」
「……そうね」
ケイトの社交界デビューが無事に終わったある日、やれやれという顔でキースに言われて頷いた。
「ディア様がドレス姿で全速力で俺に駆け寄り、攻撃したことをたくさんの人が目撃していましたよ」
「あ」
「あれは本気で殴られたのか、いつも暴力を受けているのかと心配されました。俺がケイトにはっきりと告白できなくて、しっかりしろーと笑いながら背中を軽く叩かれただけだという話にしましたけど、もっと気を付けてくださいよ」
「ぐぬぬ」
キースに叱られてしまうとは、一生の不覚だわ。




