新しい事業を始めるぞ 6
「精霊王が、頂上に温泉を沸かせてくれちゃいました」
「「「はあ?」」」
ルフタネンの人は感情表現がはっきりしていていいね。
ぽろっと資料を落としたり、私を二度見したり、言われたことが理解できなくて隣の人に慌てて聞いていたり。
「そこに一日五組限定の高級ホテルを作ります。美肌と美食の宿として、私の理想のホテルを作りたいと思います」
どや顔で言い切ったのに、
「温泉ってどういうことだ?」
「精霊王様の湯ってことか?」
話を聞いていないな。
そんなに温泉のインパクトは大きかった?
「ちょっと待ってください。頂上はたしか殺風景な岩だらけの場所だったはずです」
ハルレ伯爵は息子の領地をちゃんと把握していたのね。
「そうらしいですね。でも今は緑豊かで水の湧き出る泉があるんです。あんなに景色のいい場所はなかなかありませんよ。動植物が精霊の森と似ているので、周辺の魔力量が高いんだと思います。きっと精霊がたくさん集まりますよ」
呆気に取られているというより、ドン引きされている?
妖精姫が精霊王に贔屓されているのは世界中の人が知っているだろうけど、実際に目の当たりにして呆れてしまっているのかな。
誤解しないでね。
私がおねだりしたんじゃないからね。
あちらが勝手に……言い方が悪いな。自主的にプレゼントしてくれたのよ。
「話には聞いていたが、本当に精霊王たちに愛されているんだな」
「まさか、ここまでとは」
「これはとんでもないことになってきましたな」
ルフタネンの人達なら、すごいですねーって喜んで受け入れるかなって思っていたんだけど、意外と衝撃が大きいみたい。
これはまずかったかな。
もう精霊王との付き合いに慣れきっていて、たいしたことじゃない気分になっていたわ。
「……やっぱり自然環境まで変えてしまうのは駄目ですよね。精霊王に話して元に戻してもらいます」
「いやいやいや!」
「そんなことはありませんよ!」
そんな慌てて立ち上がって大きな声を出さなくても平気よ。
このままでいいなら、そのほうが私もありがたいんだから。
「ディア、少し待ってやれ。帝国の首脳部とは違って、ルフタネンできみが何かを始めるのは初めてなんだということを忘れていないか? 子供の頃は帝国の貴族たちもきみに驚いていただろう」
「そうね。今でも驚いているわよ」
そういえば精霊車を作るって言ったときには、その場にいた人たちがみんな固まっていたっけ。
待って?
精霊王の特別扱いに驚いたんだよね?
私の言動に驚いているんじゃないよね?
「今回の事業はディアがキースの領地の一部を借りて、イースディル公爵家で行う事業ではあるが、かなり大規模な事業になる。多くの雇用が生まれ、観光に訪れる人が増え、北島全体の景気が盛り上がるだろう」
そうそう。
今は私とカミルの結婚式の準備で、ルフタネンもお祭り状態だから景気がいいけどさ、そんなの一時的なものだから。
「盛り上げる気がなくても盛り上がっちゃいますよ。整地に建築、道も整備しなくては。開店してからも警備員でしょ? 精霊車を誘導する人でしょ? 主が買い物をしている間、御者や護衛が休める施設や食堂も作らなくちゃいけません」
かなりの雇用が見込まれるわよ。
説明していて、本当にやれるのかって心配になってくるくらい大規模な事業だもん。
「なにより接客する従業員の教育が必要です。貴族相手でも失礼のないようにしなくてはいけません。ルフタネンのお店の方は友達と接するようにお客さんと話すでしょう?」
そういうのは私は嫌いじゃないけど、でも貴族相手に下手なことをして問題になっては困るし、外国からくる人もいるから馬鹿にされないようにしなくては。
「はあい、今日も暑いですね。欲しいのは何? あー、それは明日にならないと入荷しないのよ。かわりにこれなんてどうです?」
貴族相手でもこんな感じなのよ。
敬語と普通の話し方が混ざっているの。
これでもルフタネンの貴族は怒らない。
怒るような人はそういう店に最初からいかないで、家に商人を呼ぶしね。
「帝国のような接客をするということですか?」
若手の伯爵が機嫌を損ねたような声音で聞いてきた。
ルフタネンを馬鹿にされたと思ったかな?
「そうねえ。帝国とルフタネンのちょうど中間くらいかしら。帝国やシュタルクは礼儀作法が厳しくてしっかりしていて、教育の行き届いた店員のいる店が多い代わりに、客によって態度を変えたり、慇懃無礼な態度をしたりすることがあるんです。あれでは駄目。ルフタネンのおおらかさと帝国式の礼儀作法の長所を合体させます。特にホテルは徹底するつもりです」
立ち上がり、全員の顔をゆっくりと見回してから再び話し始めた。
「この事業が成功すれば、北島に更に多くの人が集まるようになるでしょう。そうすれば島全体の景気が良くなり、島民全体の暮らしが安定します。ですから是非、みなさんのお力とお知恵を貸してください」
私はイースディル公爵夫人になるんだから、こういうのはカミルが話すべきことじゃない? ってカミルに言ったのよ?
そしたら、そんな細かいことにこだわるなんて、らしくないって笑われたわ。
「どんどん前に出ていってもいいぞ。行きすぎそうになったら抱えて後ろに戻すから」
「抱えなくてもいいでしょう」
私の婚約者、最高なのよ。
でも私のほうが目立つせいで、尻に敷かれているとか、イースディル公爵家の事業は全部妖精姫がやっていて、カミルはお飾りの当主だなんて噂もあるんですって。
私に経営が出来るわけがないじゃないしね。
今回の事業もそういうところは専門家を雇うわよ。
無理無理。私はプロデューサー兼オーナーなの。
「ディアは結婚したら、俺と一緒に北島全体を盛り上げるために働く気でいる。北島は南方の国々と大陸を結ぶ貿易の島だ。南島や西島のように特産品で経済を盛り上げるより、観光と貿易に力を入れるべきだと皆も思っているだろう?」
しょうがないんだけどさ、よく知っている人たちは私が話している時、親戚の娘が発表会をしている時のような、少しハラハラして心配している顔をするのよ。
で、さっきみたいにぶっ飛んだ話になって茫然としたりね。
それに比べてカミルは、もう何年も北島の中心で政治と経済を動かしてきた実績があるから、安心感があるというか、信頼されているんだなというのが伝わってくる。
私も信頼されるようにならなくては。
たまにドン引きされるようなことがあっても、ちゃんと結果を出していけば大丈夫なはずよ。
「全力で行かせてもらいますから、しっかりついてきてくださいね」
拳を握りしめて言ったら、
「無理だろ」
隣からカミルの声が聞こえてきた。
せめてカミルは応援しなさいよ。
それにみんなも、そっと目をそらすんじゃない。
汗をかくほどこの部屋は暑くないわよ。
結婚式の準備で周囲は忙しそうにしているのに、当人は意外と暇だった。
どんな流れでどんな式にするのか手順が決まってしまえば、花嫁の仕事は、当日まで体調を整えて、当日誰よりも美しくいられるように美容に気を遣うことくらいだ。
おかげで新事業のために使える時間がたくさんあって、私がルフタネンにいる時間が増えたからかカミルの機嫌がよくてありがたいとキースに言われた。
そしてキースも領地に顔を出すようになったらしい。
「……若い人は村を出てしまって、年寄りばかりの限界集落じゃなかった?」
今日はキースの領地の二か所の村人たちに説明をするために、コンロン男爵邸に近いほうの村に来ていた。
広場を埋め尽くす勢いで人が集まっているのにびっくりだよ。
周囲の建物の窓にも人がたくさん並んでいる。
「新しい事業が始まると聞いて、話を聞きに戻ってきているんです。妖精姫をひと目見られるだけでも里帰りする意味があるそうです」
今日もケイトは溌溂としていて、また綺麗になった気がする。
私たちと村人との調整役を任せたところ、村人たちが不安にならないように説明をしたり質問を受け付けたりとマメに動いてくれて、村人たちから信頼されて自信がついてきたんだろうな。
「女性って、短期間にあんなに変わるものなんですか?」
キースもケイトの変化に驚いている。
ふふん。気になるんでしょう。
「やりたいことが見つかって楽しくて、きらきらしている状態だな。見てみろ。ディアもそうだ。笑顔が輝いている」
カミルの言葉は聞かなかったことにしよう。
結婚式を控えて美しさに磨きがかかったっていうのならいいけど、新しく始めた事業が楽しくてきらきらしているってどうよ。
それを楽しそうに話す婚約者もどうよ。
「ディア様はいつもきらきらしていますよ。たまに本当に発光していますし」
「それは精霊獣たちが遊んでいるんだろう」
もうこいつらうるさい。
説明会を始めるから、静かにしていて。
「今日はわざわざ集まってくれてありがとう」
声を遠くまで届ける魔法をジンに使ってもらいながら話し始めたら歓声が上がった。
野太い悲鳴まで聞こえる。
「すごい、あんな綺麗な人がいるのか」
「隣にいるのはカミル様じゃない? 素敵」
「夫婦そろって人間じゃないみたいだ」
順調に人外への道を突き進んでいるところよ。
「静かに! 聞き逃しちゃ駄目よ。大事な説明よ。あんまりうるさいと説明している間、石になっていてもらうわよ!」
一瞬で静かになった。
三人ほど、短時間なら石になってみたいという人がいたので、石にしておいた。モアナが。
私にはそんなスキルはないのよ。
今日みたいに何かある時は、必ず精霊王がひとりかふたりは見ているから、先生お願いしますって虚空に向かって呟けばいい。
まずはどういう施設が出来るのかを説明して、工事関係者も店がオープンしてからも、村には迷惑が掛からないように、許可がないと村のある方向へはいけないようにゲートを作るという説明をした。
「ディア様、彼らは村に人が来て商売が出来るんじゃないかと期待していたんです」
「ああ、なるほど」
ケイトに頷いてから、村人たちのほうに顔を向けた。
「やめたほうがいいわよ。村を荒らすような人も必ずいるから。商売をするなら、例えば工事中ならばお弁当を作って工事現場の近くで販売するなんてどうかな? 村の中には身元のちゃんとした人だけしか入れないで、あなたたちが村から出て商売したほうがいいわ。その場合はコンロン男爵家の人たちに窓口になってもらうので、ちゃんと届けを出してね」
村に工事関係者の若い男が出入りするようになったら、絶対に問題が起こるんだから。
それに店を作っても工事が終わったらどうするの?
「多分一番聞きたいのは雇用に関してでしょう。それはもうたくさんいろんな種類の雇用先が出来ます。ただしその職業に就くにしても教育期間が設けられ、一定の水準に満たなければ採用されません」
特にホテルの従業員に関しては徹底した教育をするつもりよ。
前世で世界中に認められていた日本のおもてなしが、この世界でも歓迎されるかどうか試してみたい。
そのためにはまず、教育係を教育しなくては。
客室はそれぞれ離れになっていて、そこに行くまでの通路には季節の花が咲く庭園とせせらぎ。通路の横には優しい光を足元に灯す小さな魔道灯を並べるの。
ルフタネンはテラスで過ごす文化があるから、庭に面して大きなテラスを作るといいわね。
ああ、いろいろと妄想が、いえ、想像がはかどるわ。
「村人たち、喜んでいたな」
説明会が終わって屋敷に戻ってから、カミルとふたりで話をした。
「だがなにより、ディアが楽しそうでよかった。ルフタネンに来ても問題なく生活できそうだな」
「え? 問題あると思っていたの?」
本人はまったくこれっぽっちも心配していなかったのに。
「親元からも離れ、友人たちとも離れて嫁いでくるんだ。心配にはなるだろう」
「会おうと思えばいつでも会えるし、うちの両親は今、孫に夢中だし」
カミルって、いつも私のことを優先してくれちゃうんだよなあ。
今日だって後ろで見守っていて、時々フォローしてくれて、ありがたいけど申し訳なくなってくる。
「カミルは? 何か楽しいことある?」
「は? ディアと結婚出来るんだぞ。楽しみに決まっているじゃないか」
「それ以外に」
「事業を一緒にやるさ。特に人材を集めるのは俺のほうがいいだろう?」
「そうだけどさ」
それは私のやりたいことを手伝ってくれているだけじゃないかって、そうじゃなくってってごにょごにょ言っていたら、カミルの腕が伸びてきて抱きしめられた。
「いずれ俺が何か始めたら手伝ってくれるだろう?」
「あったりまえよ」
「だったらそれでいいじゃないか。それが夫婦なんじゃないか?」
いやいや、こんなに物わかりのいい夫はなかなかいないよ。
でもこれが私たち夫婦の形なら、それでカミルも一緒に楽しく仕事が出来るんだったら、それでいいんだろうな。
「何かあった時にはまかせて。次は私がフォローするから」
「きみのフォローがあったら、出来ないことは何もないな」
私たち、最強でラブラブじゃない?
これが夫婦ってやつよね?
結婚しても今と同じ関係を続けていきたいな。
そしたら三百年でも大丈夫。
ずっと楽しく一緒にいられるわ。
そういえば石になった人たちは、五分も経たずに人間に戻してあげた。
体の芯から冷たくなっていく気がして、人間に戻してもらえなかったらどうしようって、恐怖で発狂しそうだったんだって。
だって石だもんね。
冷たいのは仕方ないよね。
完結です。
読んでくださってありがとうございました。




