可愛いって難しい 3
夜会は和やかに終了した。
たくさんの人と挨拶して談笑して、カミルと一緒に会場を右に左に歩き回った。
体力ないとやっていられないわよ。
広いショッピングセンターでの買い物に夢中になっていて、いつの間にかかなりの距離を歩いていた時と同じような感じで、部屋に戻ってからぐったりしたわ。
そして今日は女性だけのお茶会だ。
空は雲一つなく、心地よい風のおかげで暑くもなく、庭で過ごすにはぴったりの日だ。
鮮やかな色の花が咲く庭に大きなパラソルがいくつも並び、籐の椅子に置かれたクッションもテーブルカバーもルフタネン風の模様の入った布が使われている。
目につくものすべてが異国情緒豊かで、見ているだけでも楽しい。
ルフタネンではお茶会にコルセットの必要なドレスは着用しない。
大陸とは違って一年を通して暖かいから、昼間からコルセットなんて使っていたら暑さで倒れる人が出るし、身体が汗疹だらけになるんじゃないかな。
こういう時に着るのが、以前ルフタネンで囮になった時にも着たアオザイによく似たドレスだ。
ただし貴族用のドレスは刺繍の素晴らしさが違う。
小さな宝石と刺繍を組み合わせたり、ショールとの合わせ方にもこだわったり、それぞれおしゃれを楽しんでいるようだ。
私は地味に、ほぼ無地のドレスに淡い色合いのショールを肩で留めている。
最高級品のシルクだし、ショールを留めているブローチだけはかなり豪華な物を選んだので、失礼には当たらない服装のはずよ。
リントネン侯爵夫人に案内されて、まずはご年配の方々のいるテーブルにご挨拶に行った。
祖母と同年代の方達なので、社交界からは引退してもいまだに発言力は衰えていない人達だと思う。
排他的なのはおそらくこの年代の人達だろうから、真綿でぐるぐるにした嫌味のひとつでも言われるかもしれないと楽しみにしていたのに、この人達にとっても妖精姫は別扱いのようで、不自然なほどの柔らかい物腰と笑顔が返ってきた。
「私達と話すよりも、年齢の近い方とお話する方が楽しいでしょう? あちらのテーブルがよろしいんじゃないかしら」
「そうですわね。ベリサリオ辺境伯家の御令嬢に挨拶に回っていただくなんて申し訳ありませんわ。席で寛いでくださいな」
「よろしければ精霊王様のお話も聞かせてあげてくださいます? まだマカニ様にお目にかかれていない娘もいますの」
なんだろう。この雰囲気。
やんわりと、でも間違いなく、あっちに行けと言われているよね。
嫌がられている様子ではないんだよなあ。
「そうですか? ディアドラ様、ではお席に……」
「どうかしたの?」
テーブル席を見回したリントネン侯爵夫人の顔色が変わったので、すぐ傍に近付いて小声で話しかけた。
「それが……私が指定した席とみなさんの座っている場所が変わっているの」
「ほほう」
「西島出身の方と他所からいらした方の交流の場にもしたかったのに、若い御令嬢達だけ西島出身の人達が固まっているわ」
「さっきの人が話しに行けと言っていたテーブルは、西島出身の御令嬢方のテーブル?」
「ええ。あのテーブルに座っている御令嬢のほとんどが、ヘルトの結婚相手の候補の方達なの」
「へー」
盛り上がってまいりました!
平和続きはとっても素敵だけど、たまにはね、こういうこともないとね。
私から波風なんてたてないけど、向こうから高波が来たなら乗らないと駄目よ。
あ、そういえばこの世界にサーファーはいないわね。
ルフタネンで流行らせてみようかな。
「まあ……仕方ありませんわね。あの席しか空いていないようですし? 座ってみればどういうことだかわかるんじゃないかしら?」
「楽しそうね……」
「夫人は顔色が悪いわよ。そんな心配なんてしなくても、私は嫌がらせなんかに負けないわよ?」
「あなたに嫌がらせするような自殺願望のあるお嬢さんはいないわ」
空席のあるたった一つのテーブルには、私より年下に見える女の子達が座っていた。
もしかしたら同じくらいの年齢なのかもしれないけど、東洋人は若く見えるからか十歳くらいに見える子もいる。
この子達がヘルトの相手候補ねえ。
緊張しているのか顔が強張っている子や表情の暗い子がいるのが気になるなあ。
精霊獣達はお茶会の間は庭で遊んでいていいそうなので自由にしていいよと言ったのに、初対面の人達ばかりのこの場で私をひとりにしたくないみたいで、私が席に着くと、周りに寝そべったり空中をふよふよ飛んだり、確かに自由にはしているな。
「こちらがラッピン伯爵家のイレイン様、ミルズ伯爵家のファニー様、パーセル伯爵家のライラ様、そしてこちらはガイゼル伯爵家のグレース様です。西島の四大伯爵家の御令嬢方です」
砂にされなかった純西島産の伯爵家だな。
あとのふたりは子爵家の御令嬢なのか。
それぞれに親戚筋がいるとはいえ、半分の貴族を一度に失ったのは大きいよね。
精霊王に恐怖を抱いていていたり恨んでいる人がいてもおかしくない。
テーブルに座っていたのは全部で六人。
私が七人目になって腰を降ろし、座っている人達の名前と顔を確認しながら見回す間に、侍女がお茶の準備をしてくれた。
その間、全員無言で出方を互いに窺っている感じだ。
この張り詰めた雰囲気はなんなの?
「ディアドラ様、このテーブルにいる私達がどういう基準で選ばれたのかご存知ですか?」
ディアドラって呼んでねって、挨拶した時に話したからそれは問題なし。
意外だったのは、一番年下に見える女の子が話し始めたことだ。
彼女はグレース。ガイゼル伯爵家の御令嬢だ。
「グレース、そんな最初から話題にしなくても」
「いいのよファニー。ディアドラ様は要点をはっきりとお話する方がお好きなんですって」
気の強そうな大きな目のグレースとは反対に、ファニーという少女は大人しそうな印象の子だ。
彼女は十三くらいかな。
「リントネン侯爵夫人が決めた席順が、断りなく変更されたという事は存じていますわ」
カップを口元に運びながら答え、反応を確かめた。
視線を逸らし気まずげな様子の子達の中で、グレースだけはにこやかだ。
「そうなんです。お婆様達がこの席に座れって言うものですから逆らえなかったんです。この席はみんな、ヘルト様の結婚相手候補なんですよ」
「みんな? まさかあなたも?」
さすがに声が冷ややかになってしまう。
それに気付いたグレースは慌てて顔の前で手を横に振った。
「誤解しないでください。私もこの席にいる他の子達も、私が選ばれるなんて思っていません。私は第三王子の従妹ですもの。でもお婆様だけがもしかしたらと希望を抱いてしまっていて」
「それがその席に座る理由にはならないわね」
「え?」
なぜ彼女がこの席に座ることを誰も止めなかったの?
第三王子はルフタネン国王やカミルが親しくしていた第二王子を暗殺した男なのよ。
精霊王達がふて寝していて孤独だったモアナにとっても、赤ん坊の頃から見守っていた王子なの。
ガイゼル伯爵は婿養子に入って縁を切っていたから特別に処刑されないで済んだけど、未だに行動は監視されているはずよ。
「ヘルトと結婚するという事は、いずれは西島の代表として精霊王と会うということだとわかっているの? モアナが自ら砂にした怒りを軽く考えているんではなくて?」
「あ……そんな、私は」
「ディアドラ様、グレースは候補になっているわけではないんです。それにとてもやさしい子で」
慌てて庇おうとするファニーという子とグレースは仲良しなんだろう。
でもやさしいかどうかは今は重要じゃないのよ。
「誤解しないで。ガイゼル伯爵が西島を立て直すために尽力している素晴らしい方だということは知っているわ。何度もお話をしたこともあるし、彼に対して何か思っているわけではないの。あなたもきっと素敵なお嬢さんなんでしょう。何度か会ううちに親しくなることもあるかもしれない。でもそれはそれ。西島の代表になる侯爵家の結婚相手候補に第三王子の従妹がいるというだけで、他の島の人達や精霊王達にどう思われるのか考えられる人がここにはいなかったの?」
「彼女は候補ではありません。それは私達も認めません」
この中では一番年上のイレインが答えた。
「候補は最初から五人で、グレースは含まれていません。他に席がないから座ると私達は聞いていました」
「そうなんです。誤解を生む話し方をしてすみません。私は候補には入っていないんです。友人のファニーは優しくてとても素敵な子なのに、いつも他の人を立てて自分のことを後回しにするので心配だったんです。彼女はヘルト様の結婚相手に相応しいと……」
「あなたはまだわからないの?」
怒りの籠った声でイレインがグレースの話を遮った。
「あなたがファニーを推薦出来る立場ではないでしょう。ガイゼル家が推薦するという事は、自分の有利に動く相手を侯爵家に嫁がせようとしていると思われてもしかたないのよ」
この子はよくわかっているみたいだけど、私の前で喧嘩をしないで私が来る前にそういう話は終わらせておこうよ。
私は部外者だよ?
外国人だって忘れてない?
私は聞いていればいいのかな。
お菓子を食べていればいい?
「そんなつもりはないわ。ただファニーならヘルト様とお似合いだと思って」
「少し前まで、余所者の軟弱そうな男だっておっしゃっていたのに」
子爵家の御令嬢がぼそっと呟いたせいで、グレースがむっとした顔で立ち上がった。
「今、そんなことを言わなくてもいいでしょう!」
「グレース、座りなさい。さもなければ他所の席に行きなさい」
今まで黙っていたライラという一重で切れ長の目の少女が口を開いた。
まっすぐな黒髪が美しくて、涼やかな凛とした感じの女性だ。
「……」
おお、グレースが黙って椅子に腰を降ろしたわよ。
力関係がまだよくわからないけど、イレインとライラはしっかりした人達みたいね。
「申し訳ありません。夕べ夜遅くから、少々情報が錯綜しておりまして。ディアドラ様に確認させていただきたいことがあるのです」
「ライラ、なぜ確認するの? テレンスが信用出来ないの?」
「そうよ。彼は嘘つきだわ。それに女性蔑視なところもあるわね」
グレースとファニー対他の子達という感じね。
ファニーはおろおろしているだけだから、グレースだけが浮いてしまっている。
西島生まれの人達は結束していると思っていたから意外だわ。
「そんなことはないわ」
「あなたは身内だから知らないだけよ」
「ところでテレンスって誰?」
私が聞いた途端に、六人がいっせいに目を見開いて私を見た。
「まさか、御存知ない?」
イレインの驚きが大きすぎて私がびっくりよ。
「え? 知らないと駄目な人? 御挨拶した人の中にはいなかったはずだけど」
「挨拶もしていない?!」
おーい、声が裏返ってるよ。
「ディアドラ様!」
あれ? 離れた席にいたはずのリントネン侯爵夫人まで悲鳴のような声をあげて走って来た。
転ぶからドレスで走らないで。
見ていてこわいわ。
あー、だからよく侍女達に注意されたのね。
当初四話で完結予定で、書籍発売日の明日完結するはずだったのに。
おそらく短くても六話はかかるようです……。
異世界転移転生の恋愛ジャンルで日間一位をいただきました!
ありがとうございます。




