新しい事業を始めるぞ 4
この屋敷がこんなに賑やかになるのは、何年ぶりなんだろう。
新しい制服を用意するにしても、どんな制服にするか、どこのデザイナーに注文するかって決めるところから始めないといけないから、ひとまず精霊の森の屋敷で使っている制服をレックスに取りに行ってもらった。
その間にネリーはファースとケイトを連れて屋敷の点検をし、改善する場所と購入しなくてはいけない物をどんどん指摘していく。
そのたびにファースがメモをして、コンロン男爵は執事と一緒に倉庫に走り、本当にもう使える物がないか確認していた。
私はというと、さっきまでネリーとは別に屋敷をぐるりと見学させてもらっていた。
もちろんキースも一緒だ。
ネリーの言っていた通り管理がきちんとされている。
しっかり掃除されているし、庭も綺麗だ。
ただ中庭の奥にけっこう大きな野菜畑があるのを見つけた時には、キースに思いっきり肘鉄を食らわせたわよ。
「いった。ひどいですよ」
「食料を屋敷で自給自足しているってどうなのよ!」
「俺からも買えばいいって前に話しましたよ。でもここは山の上なんで下より気温が低いじゃないですか。だから下では育てにくい野菜も作れるし、土がいいのか出来がいいんですよ。それで作った野菜のほうが美味しいんです」
「へえ」
地場野菜が美味しいっていいじゃない。
村には農家があるのよね。
契約出来るかな。
「部屋でゆっくりしていてくださいよ。使用人たちがハラハラしてます」
「しょうがないわね」
迷惑をかける気はないので、おとなしく応接室のソファーに腰を下ろすとすぐにお茶とお菓子が運ばれてきた。
「もしかしてこれはベリサリオのお茶じゃない? 私のために用意してくれたの? お茶の淹れ方も素晴らしいわ」
褒めたら侍女が真っ赤になって何度も頭を下げていた。
滅多に客が来なくて、身内以外に褒められる経験が少ないんだろうな。
いい仕事をした時には、しっかりと評価するのも人を使う立場の人間には必要だってお父様が言ってた。
キースとコンロン男爵からこの土地の歴史や特徴の説明を聞いて、三十分くらいは過ごしていたかな。
控えめなノックに続いてネリーが部屋に入ってきた。
「出かける準備が整いました」
ネリーに促されて部屋に入ってきたケイトは、新しいドレスに着替えていた。
「「「おお」」」
男性陣の反応がわかりやすくて実にけっこう。
ケイトも好意的な驚きの声と表情に迎えられて、はにかみながらも嬉しそうだ。
使用人たちが新しい制服に着替えるんだもん。ケイトだって新しいドレスがほしいでしょ。
ただ申し訳ないけど急なことなので、フェアリー商会からもらって精霊車に積んだままになっていたドレスや、私とネリーの予備のドレスしかなかった。
そこからケイトに似合うものをネリーが何着か引っ張り出してきて、大急ぎで必要な箇所は手直しをしたの。
明るい色合いのドレスは動きやすい普段使いのデザインで、パニエでスカートを膨らませる代わりにウエストにギャザーを入れて、少しだけふわっと広がるようになっている。
髪をハーフアップにして、揺れる小さなピアスを着けて、薄く化粧もしたケイトは、先程よりずっと若々しくキュートだ。
素敵な服を着ると気持ちも明るくなるよね。
「よく似合っている。さすがネリー。ケイトにぴったりなドレスね」
「ありがとうございます。ケイト様はお顔のバランスがとてもいいんです。目や鼻、口の位置や大きさが理想的なので、磨けばこれからどんどん綺麗になりますよ」
「こんなによくしていただいて。なんとお礼を申し上げればいいか」
苦労ばかりさせている娘の美しい姿を見て、コンロン男爵は感激した様子だ。
前の領主が働かなかった分、ケイトがコンロン男爵の仕事をずっと手伝ってきて、男爵令嬢なのに社交界へのデビューもしていないらしい。
領主が事業に失敗して金目の物を持って夜逃げして、給料が払えなくて辞めてもらった人もいるような状態の中で夫人が亡くなるという不幸続きで、父と娘で協力して必死にこの土地を守ってきたんだって。
だからキースが領主になってしっかり給料がもらえるようになって、屋敷ももらえて、今度の領主様はなんて素敵な人だと感謝していたって聞いて眩暈がしたわ。
今までが悲惨すぎて今の状態でもありがたがっていたせいで、よくわかっていないキースはこれでいいのかと思っちゃったんじゃない?
ちっともよくないんだよ。
「あの、本当にこんなにいただいていいんでしょうか」
ケイトは、突然にいろいろな物をもらってしまって、代わりに何か要求されたらどうしようとこわがってもいるみたいだ。
「ここで事業をすることになったら、あなたたちとは長い付き合いになるんだし、それにキースはカミルの側近だしね。彼のせいであなたたちが苦労しているのなら、このままにはしておけないわ」
「……はい」
まだ現実味がないのは仕方ない。
私の普通は世界の非常識らしいので、それに慣れてもらわないと。
「じゃあ、さっそく現地に案内してもらえる?」
キースの説明ではいい場所のようだけど、自分の目で確かめないことには先に進めない。
大きなプロジェクトになるんだから、慎重にやらないと駄目よ。マジで。
いつもみたいに勢いで進んじゃ駄目なんだからね、私。
失敗したら大損害なうえに、妖精姫のイメージダウンよ。
でもやっちゃう。
だってやりたいってずっと思っていたから。
「ここから精霊車でしたら五分くらいです。すぐ……に……」
「…………え」
私の精霊車に初めて乗る人は、たいていがこういう反応をする。
思い付きでいろいろと試しているせいで、普通の大きさの精霊車に乗ったはずが中は風呂やキッチンまである豪邸になっているからだ。
これは異常だって言うのは、さすがの私にもわかっているわよ?
デリルがありえないって頭を抱えていたし。
この世界にひとつだけの、三か月はここで生活できる物資付きの精霊車へようこそ。
パノラマビューイング付き、オープンカーにもなる精霊車です。
奥の扉を開けると運転席に繋がっていて、でもそこにはふかふかの床にいくつもクッションが置いてあるだけだ。
私の魔力で精霊獣たちが動かしているから、今もジンとガイアがクッションで寛いでいる。
「コンロン男爵の案内に従って動かしてね」
『はいよー。まずはどっちに行くの?』
他人の精霊獣に話しかけられることなんて普通はありえないから、コンロン男爵は何度も目を瞬いて、さりげなく組んだ手の甲をつねったりしてからようやく口を開いた。
「み、右です」
『はーい。ガイア、右だって』
ジンが聞いたのに動かすのはガイアなのかい!
当番制にしているみたいだから、私は何も言わないけどね。
当番制って言い方はおかしいか。みんな精霊車を動かしたいから、順番に動かしているんだから。
坂道はずっと緩やかなので、そんなには高い山ではないはずだけど、けっこう登ってきたよなあとぼんやりと窓の外を眺めていたら、急に視界が開けた。
農地にする予定で開墾した平地はかなりの面積で、草が生い茂って荒れ放題だ。
でも視界を遮る草木がここにはないせいで、景色は最高。
ふもとに広がる街と、遠くに海が見えた。
「いいじゃない。いいじゃない」
「ディアドラ様、山には虫がたくさんいますからそのまま出ていくのはおやめになったほうがいいですよ」
ケイトが気を使って注意してくれたけど、私の魔力は虫の小さな体には強すぎて近づくと死んでしまうのよ。
たぶん今頃虫たちは、周囲の魔力量が突然増えてパニックになっているはずだ。
ディアドラが来たぞー。逃げろー! って叫びあっているかもしれない。
「ケイト、ディア様の傍には虫が寄らないから大丈夫だ」
キースの言葉が足りないせいで、ケイトは不思議そうに首を傾げている。
「ほら見てください。お嬢が歩くと前のほうで虫がバタバタと地面に落ちていくでしょう。お嬢の魔力は強すぎて、小さな生物は近づけないんです」
代わりにレックスが説明してくれたんだし、言っていることは正しいんだけど、背中をどつきたくなるのはなぜだろう。
「まあ。では虫に刺されたことがないんですね。羨ましい」
「羨ましくなんてないですよ。生態系が変わるといけないんで、あまり手つかずの自然の残る場所にはいかないようにしているんです」
もともと魔力の多い土地にはあまり虫がいないか、魔力に強い虫しかいないから大丈夫なんだけどね。
精霊の森にも虫はいるのよ。
ただあそこだけ独自の生態系を持っているの。
「広さも充分で、見晴らしもいい。地盤はどうなのかしら。そのあたりは専門家に来てもらって、意見を聞いてから最終決定ね。でも私はここがいいと思う。キース、賃貸契約を結ぶ準備はしておいてね」
「賃貸? 買うんじゃないんですか?」
「買ったら私の土地になっちゃうでしょうが」
え? そんな基本から話し合わなくちゃいけないの?
というか、こいつら稼ぐ気がないな。
「私の土地になった場合、何をしてもあなたたちには文句を言う権利がなくなるのよ。それに一回儲けて終わりになっちゃうでしょう? 賃貸なら今後ずっと収入が続くし、貸している立場として意見も言える。事業が軌道に乗って儲けが出たら、値段の交渉だって出来るじゃない」
「ディア様から儲けるのはちょっと」
キースが困った顔で呟く横で、コンロン男爵とケイトも頷いていた。
「私はもっと儲けるから大丈夫。今でも何もしなくても特許のお金が使いきれないくらいに入ってくるしね」
お金があっても使い道がないのよ。
精霊の森の屋敷は、私が帝国に顔を出すようにしてほしくて陛下が用意してくれたものだからって、維持費は帝国の国家予算に組み込まれている。
国家予算だよ? 笑っちゃうでしょ。
服はほとんどがフェアリー商会から送られてくる。
私が着て歩くと宣伝になるんだってさ。
だから私が支払っているのは、食費と人件費くらいのものなのよ。
「しかしですね」
「キースの意見は聞いていない」
「ひど」
「コンロン男爵、ケイト、よく考えて。ひどい待遇でもずっと働いてくれていた人たちに、もっといい生活をさせてあげたくはない? ふたつの村があって両方とも若い人の職場がなくて、みんな出ていってしまって、中年以上の人しか住んでいないのよね? そのままじゃ駄目でしょう」
限界集落化まったなしよ。
「彼らが安心して生活できるようにしたくない?」
「したいです」
だったら、お金はいくらあってもいいじゃないか。
「心配しないで。私は自分にとって価値のない物にはお金を使わないから」
たとえ事業が失敗しても、返せなんてせこいことは言わないから心配しないで。
想像していたよりずっと素敵な土地で、これならきっと客が集まるわ。
楽しくなってきたぞー。
『楽しそうだね』
なんでこうすぐに集まってくるかな。
虫が近寄らない代わりに、精霊王が近寄ってくるんだけど。




