シンシア・ラーナーだって結婚したい 10
長くなってしまったので二話に分けました。
11も続いて投稿します。
港には軍隊の方たちや貿易船に荷物を上げ下ろししている人がたくさんいて、日が暮れ始める時間でも賑わっています。
変わった船が入港したので注目されていたようで、私たちが船を降りるのを見物する人が集まり、兵士が傍に近寄らないように並んで道を作るほどの騒ぎになりました。
ヘンリー様がドレス姿の若い娘をエスコートしていれば、誰もがもしかして恋人なのではと考えるのは当然のことです。
明るい歓声に包まれて、照れくさいけど嬉しくて、でもふとディアドラ様が気になって振り返ると不思議な状況になっていました。
女性や子供は、あまりに綺麗な御令嬢が執事と侍女を引き連れて堂々と歩いているので、どのような立場の人なのかわからず、誰なんだろうと小声で話しています。
貿易船の人たちの中には外国の方も多く、状況がわからなくて不安そうな顔をしている人までいました。
そして何よりも驚いたのが、兵士や騎士の反応でした。
強そうな人ほど顔色を変え、後退りそうになるのをどうにか堪えているようで、震えている人までいるんですよ。
「妖精姫だ」
「ああ、噂通り……」
「どうしたんっすか?」
「わからないなら、おまえはまだ未熟だということだ」
ひそひそと声を潜めて話す様子に、歓迎している雰囲気はありません。
それはちょっと失礼なんじゃないかと思って、むっとして足を止めるとヘンリー様も気づいたようで、
「妖精姫が我が領地の視察にいらしてくれた。粗相のないようにお迎えしろ!」
大きな声で言ってくださいました。
「私のことよりシンシアの紹介をしなさいよ」
「それは……照れくさいだろ」
「まあ、それだけ大事そうに連れて歩いていれば、言わなくてもわかるわね」
いえ、そんなやり取りより周りを見てください。
いっせいに周りの人が胸に手を当てて頭を下げているじゃないですか。
中には膝をついて拝んでいる人もいますよ。
「いつものことなの」
「えええ……」
妖精姫の話は平民にはどんな風に伝わっているんですか?
伝説になるような話が多すぎて、生きる神様みたいに思われているんでしょうか。
「もうね、人外だと思われたほうが行動しやすいの。何があっても妖精姫なら仕方ないって思ってくれるでしょう?」
精霊車に乗り込んでから教えてくれたディアドラ様は、少し寂しそうに見えました。
気のせいかもしれません。
私の勝手な思い込みなのかもしれませんけど、特別だということはいいことばかりでもないのでしょうね。
「屋敷が見えてきた。うちはベリサリオと同じで要塞にも使える建物なんだ」
童話のような可愛い家並みの中で、高い塀に囲まれた城は異質に見えます。
でも大きく開かれた門戸の向こうには、緑豊かな庭と笑顔の人たちが見えました。
「あまり大勢で出迎えるなと言っておいたのに」
門を超えた途端に大歓声を浴び、ヘンリー様は頭を抱えて呻いています。
こんなに歓迎されるとは思わなくて、どんなふうに対応すればいいかわからなくて聞きたかったんですけど、俯いたヘンリー様の耳が真っ赤なのでやめておきました。
ディアドラ様は外からは見えない位置で、にやにやしながら見物です。
「私のことは置物だと思ってね」
無理です。
「いらっしゃいシンシア」
「よく来てくれたな」
精霊車のすぐ前までマイラー侯爵夫妻が出迎えに来てくださっていました。
成人して社交界に顔を出すようになりましたし、母がマイラー侯爵夫人とは親しいということもあり、おふたりにお会いしたこともお話したことも何度もあります。
以前は海賊との戦いが続いていたので、兄や私がこちらにお邪魔したことはありませんけど、ヘンリー様が我が家に遊びに来られたことはあるんですよ。
見るからに強い海の男という感じのマイラー侯爵は、海賊との戦いで頬に傷のある浅黒い肌の逞しい男性です。
魔力が強い場合は、古傷を治せる魔法も使える精霊獣もいます。
うちの兄もそうなんですけど、マイラー侯爵は傷跡は勲章だと言って治さないんだそうです。
戦いで散っていった仲間のことを思って、傷を治すのが嫌なんじゃないかなと兄は言っていました。
マイラー侯爵夫人は帝国人の平均より少し背が小さく、ぽっちゃりとしたやさしい雰囲気の女性です。
目尻が少し下がっていて、笑うと三日月のようになってしまうのが可愛らしい感じで、それでいて男性陣が戦いに出ている間は、領地内のことを一手に取りまとめる女傑なんだそうです。
エセル様が剣の修行をしたいと言った時も、近衛騎士団に入りたいと言った時も、自分の人生なのだから好きな道に進めばいいと応援し、反対する男たちを説き伏せたと聞いています。
「さあ、中に入って。食事にしましょう」
「ヘンリーの嫁になる御令嬢が来ると聞いて、大勢詰めかけてしまってすまない。うちはいつも人が多くてな。賑やかなのは平気かな」
「はい。賑やかなほうが好きです」
と答えたものの、食堂のあまりの広さに驚いてしまいました。
うちの学園の寮の食堂より広いんですよ。
そこに特大のテーブルが六個も置かれ、ずらりと椅子が並んでいます。
皿から溢れそうな料理からは、おいしそうな香りが部屋中に漂い、まだ全部並んでいないようで、奥からどんどん運ばれてきていました。
「さあ、ここに座って」
そういえばマイラー侯爵夫妻は、先程挨拶をしてからまったくディアドラ様とお話ししていませんわ。
なぜこの時間になさったのかはわかりませんけど、ここにいられる時間はあまり長くないので、私とマイラー侯爵家の方々がお話出来るように、ディアドラ様とは打ち合わせ済みなのかもしれません。
その代わり、ディアドラ様の周りには騎士団の方や、元騎士団員や兵士だった年配の方がずらりと取り囲んでいます。
縦にも横にも自分の倍以上大きい男性陣に囲まれているのに、ディアドラ様は全く物怖じすることなく、むしろ食事の邪魔だと文句を言っています。
ディアドラ様の精霊獣たちはのんびり壁際に寝そべっていて、まったく警戒していません。
「噂通りの豪の者ですな。なんという隙のない動き」
「いやあ、すごい。実はかなりの剣の腕なのではないですか?」
皆さんがディアドラ様を怖がっていたのは、それだけ彼女が強いということだったんですか?!
知りませんでした。
ディアドラ様は本当に何でも出来るんですね。
「剣なんて使えないし、女の子にとって全く誉め言葉になっていないわよ」
「またまた。聞きましたよ。シュタルク王宮をたったの一太刀で破壊したそうではないですか」
「あれは、魔法の力のおかげで、イフリーが……」
「本当の話だったんですか?!」
「おおお、素晴らしい!」
「だからって戦えるわけじゃないの! 精霊獣が強いだけなの!」
ディアドラ様の話を聞くみなさんの顔は楽しそうで、目が輝いています。
ただ美しい女性を前にした時の男性の顔ではなく、憧れの戦士に会えた少年の顔をしていました。
「ぜひ今度、対戦させてください」
「街を壊したら危ないから駄目」
「おおおお」
「そんな力が……」
それは、ディアドラ様風の冗談なんじゃないですか?
本当に模擬戦で街が壊れるわけありませんよ。……ありませんよね?
「料理の味は大丈夫? うちはこの通りがさつな男たちばかりだから、気取った貴族らしい料理では量が足りないのよ。それでたいていの御令嬢には嫌がられてしまうの」
「海の男たちだから、みんな日に焼けて黒いのもこわいらしい。俺なんて子供に泣かれてしまうからな」
たしかに傷があるせいで一瞬こわそうに見えますけど、仲間や夫人に向けるマイラー侯爵のまなざしは温かく優しいんです。
先程から見ていると、夫人にあれをやってこれをやってと指示されて、文句ひとつ言わず嬉しそうに動いている様子が、尻に敷かれている感じでほほえましくて、こちらまで顔がほころんでしまいます。
侯爵夫妻だけじゃないんですよ。
マイラー侯爵領の女性たちは強くて、自分の倍以上大きな男の人にも負けていません。
それを受け入れて、女性を大事にしている男性たちは素敵じゃないですか。
お酒が入り、ときおりあちらこちらでどっと笑いが起こる食堂は、賑やかすぎて大きな声で話さないと聞こえません。
これも貴族の女性からしたら野蛮だと嫌われそうな状況ですけど、うちも昔は研究所が敷地内にあったので、大勢の研究者が一緒に食事をしていた頃の雰囲気と似ていて懐かしいです。
さすがにここまでうるさくはなかったですけどね。
でも、研究のことで言い合いになった時の研究者って、興奮してけっこう大きな声で話すんですよ。
「とても美味しいですし、楽しいです」
ひとりで食べる食事は気楽だけど、やっぱり賑やかなほうが美味しく感じるわ。
意外とマイラー領の人たちの雰囲気が居心地よくて、料理もおいしいというのは嬉しい発見でした。
「今度一緒にお買い物に行きましょう。エセルはずっと近衛騎士団の宿舎にいて、戻ってこないのよ。男ばかりでむさくて」
「はい。新しく出来たカフェが素敵なんですよ。一緒にいかがです?」
「あら、素敵」
マイラー侯爵夫人には子供の頃から可愛がっていただいていましたので、嫁姑問題も大丈夫です。
この結婚って本当に条件がいいんです。
なんで今まで気づかなかったんでしょう。




