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転生令嬢は精霊に愛されて最強です……だけど普通に恋したい! 【番外編】   作者: 風間レイ


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シンシア・ラーナーだって結婚したい   9

 夕刻にマイラー領に赴き、軍港の見学をしてから侯爵家でお食事をいただくというのが、ディアドラ様からあらかじめ伺っていた当日の予定です。

 マイラー侯爵家に訪れるのは初めてですので、てっきりランチかお茶の時間にお邪魔するのかと思っていました。

 それに意外なことに父も兄もその計画に反対せず、


「あいつの考えていることなんて見え見えなんだよ」


 兄がぼそっと小声で呟いただけでした。

 しかもちょっと嬉しそうな様子だった気がします。


 当日は快晴。

 風が心地よく、港町を散策するのに絶好の日和です。

 それはそうですよね。妖精姫がいらっしゃるんですから。

 ディアドラ様がお出かけになる時に雨が降るわけがありません。


 ……改めて考えるとすごいですね。


「まずは隣の港町まで移動して、そこから船に乗るわよ」


 今日もレックス様とネリー様がディアドラ様に同行しています。

 レックス様はマイラー侯爵家の執事だという方と、ずっと手配の打ち合わせや確認をしてお忙しそうでした。

 私も侍女を連れてはきましたけど、何もしなくていいと言われて落ち着かない様子です。


「そこは漁港なの。この時間はもう漁が終わっていると思うけど、仕事の邪魔をしないようにさくっと移動しましょう」

「あの、軍港の見学は私たちだけでするんですか?」

「心配しなくてもヘンリーは呼んであるわよ。でも彼だけ。他の人がいると気を使ってゆっくり見学できないでしょ?」


 ではもうすぐヘンリー様に会うんですね。

 どこもおかしくないでしょうか。

 海風対策のために髪は編んで来ましたし、シンプルなドレスのほうがいいとディアドラ様に言われたので、あまりレースのない刺繍だけの明るい色合いのドレスを選んだんです……けど、ディアドラ様の隣に並んでしまったら、どんなドレスを着ても意味がない気がします。

 誰だって私よりディアドラ様に視線を向けるじゃないですか。


「やあ、ふたりともよく来てくれたね。シンシア、来てくれて嬉しいよ」


 そう思っていたのに、ヘンリー様はディアドラ様と簡単な挨拶を交わしただけで、すぐに私の傍に歩み寄り、優しい笑顔を向けてくださいました。

 ディアドラ様のことをまったく気にしていません。

 ディアドラ様もこちらのことは全く気にせず、さっさと船に乗り込んで、室内のチェックをしています。


「海賊退治のイメージが先行して荒んだ風景を想像する人が多いみたいだが、普通の港町だろう?」

「そうですね。他の領地の漁港と変わらないですね」


 やはりもうこの時間は漁に出ている船はいないようで、港に近づくにつれて人の数が減っていきましたけど、人々の表情は明るくて、豪快に笑う声が聞こえてきます。

 これから食事に繰り出すのでしょうか。

 大きくて強そうな三人の男性が歩いてきて、ディアドラ様の姿に気付いてぎょっとした顔で足を止めました。


 ディアドラ様だけでなくネリー様もお美しい方です。

 絡まれたらどうしましょうと心配しながら様子を見ていたら、男性たちはむしろディアドラ様と距離を取り、そそくさとこちらに歩いてきます。


「な、なんだ。あの人は」

「お、おお、ヘンリー様!」


 このあたりの人たちも海賊との戦いに参戦した時期もあるそうで、マイラー侯爵家は領主であり、軍の一番偉い方でもあるということで大変尊敬されています。

 荒くれ者という感じの男性たちも、礼儀正しく、でも親しみのある態度でヘンリー様に駆け寄ってきました。


「い、今の方は」

「妖精姫だ。気にするな」

「あの方が!」

「それで!」


 なんでしょう。

 美女を前にした反応としてはおかしくありませんか。


「ところで、そちらの可愛らしいお嬢さんはもしかして」

「ヘンリー様もようやくお相手が決まったんですか?」

「まあそんなところだ」

「うおおおお!」

「おめでとうございます!」


 これは、どんな反応をすればいいんでしょうか。

 こんなに喜ばれるとは思いもしませんでした。

 照れくさくて、くすぐったいような気持ちで、きっと顔が真っ赤になってしまっています。


「がさつなやつらですまない」

「いいえ。ヘンリー様は慕われていらっしゃるんですね」


 一瞬目を見開き、ヘンリー様はすぐに嬉しそうに目を細めてほほ笑みました。


「きみは、そういう反応を返してくれると思っていたよ。御令嬢の中には漁港に行くと聞いただけで嫌がる人もいるからね」

「そうかもしれませんね。私は今回来るのが初めてなので、まずは行ってみないとわからないと思ったんです」

「きみは小さい頃からそうだったよね。なんでもまず一回はやらないと気がすまなかった」


 そうでしたっけ?

 兄の友人という関係のために、小さい頃のことも知られているというのが厄介です。

 兄と喧嘩している様子も見られていますし、ヘンリー様とも口喧嘩をしたことがありました。

 今更取り繕ってもしかたありません。

 そのうえで縁談を申し出てくださったということは、ありのままの私を気に入ってくださっているってことですよね。


「そこのふたり、早くして。なぜか漁港の人たちが逃げていくから、早めに出発したほうが良さそうなのよ」

「無自覚に威嚇してるんだろう」

「していないわよ」

「存在感もやばいんだよ」

「ヘンリー、女性にそれは失礼だと思わない?」


 威嚇? 存在感?

 いったいなんの話なんです?

 ここの人たちは、ディアドラ様を怖がっているんですか?


「さあ、行きましょう。私の船は他とはちょっと違うわよ」

 

 でもディアドラ様はまったく気にしていないようです。

 女性としては、傷ついてもおかしくないのに。

 心の広い方ですわ。


「少し遅れているから、飛ばすわよ」


 ディアドラ様が言うには、正確には小型船ではなくて船の形をした精霊車なんだそうです。

 かなりのスピードで波を蹴散らして進んでいるのに全く揺れません。

 新しい製品なのかと聞いたところ、ディアドラ様の精霊獣が動かしているので、他の人に同じことが出来るかはわからないんだそうです。


「水陸両用で空も飛べて、なんなら水中もいけるわよ!」


 もう、なんでもありなんですね。


「そんなことよりほら、見えてきたわよ」

「入り江になっているから、岬をぐるっと回りこまないといけないんだ。灯台が見えるだろう。あれを超えたら港が見えるよ」


 ごつごつとした岩の上に建つ灯台は、遠隔操作できる魔道具なので、普段は無人で動いているそうです。


「点検する時はフライで近寄るので、陸地に道はないんだ。この場所に灯台が出来てから、夜の漁に出る漁船の事故がだいぶ減ったんだよ」

「魔道省のおかげね」


 え? この灯台は魔道省が作った魔道具なんですか?

 こんなこともしているなんて知らなかったです。


「ほら、見えてきた」

「うわあ」


 目の前に広がった景色は、想像していたものとはまったく違っていました。

 入り江には平地が少なく、すぐになだらかな斜面にぶつかります。

 そこにずらりと並んだ家々は、クリームイエローやスカイブルーなどの可愛い色に塗られていて、絵本に出てくる街のようでした。


「かわいい」

「軍港のある街には見えないだろう?」

「貿易も盛んなんでしょう? それなら不思議ではないですよ」


 でも海賊との戦いの最前線には似つかわしくはないかもしれません。


「今は塗っていい色を決めているからある程度の統一が取れているだろ? 以前は好きにさせていたから、とんでもなく派手にする家や絵を描きだす家が出て、そのうちいたるところにいたずら書きがされてね。それが潮風に当たって色が褪せていたんだ」


 男の人たちが海に出たら、残るのは女性ばかりです。

 壁を塗り替えるのは大変だったんじゃないんでしょうか。


「それでも、自分の家がここだとわかるようにしたかったんだよ。無事に帰ってきた男が家を見つけてほっとできるように。そして生きては帰れなかった人たちが魂になっても、迷わずに帰って来られるようにね」

「……そう、なんですね」

「もう今は海賊との戦闘はあまりないし、あっても精霊獣のおかげで危険は少ないんだ」

「海賊は精霊獣を育てていないんですか?」

「育てる気力のあるやつは、もう海賊をやめてうちの軍に入ったり商売を始めているよ。定職に就けないような、どうしても犯罪から足を洗えないような奴らは、精霊を育てるなんて地道なことは出来ないみたいだ」

「海賊を軍に入れたんですか? って、質問ばかりですね」

「ははは。興味を持ってくれるのは嬉しいよ。海賊にもいろんなやつがいてね。貧しくて、職がなくて仕方なく海賊をしていた者もいるんだ。そういう人たちは、衣食住が揃ったら普通の生活をするようになるんだよ」


 同じ帝国に生きているのに、私の知っている生活とはまるで違う日常がここにはあるんですね。

 そんな厳しい日々を生き抜いてきた人たちだからこそ、明るい可愛らしい色で家を塗るのかもしれません。

 

「日が暮れたら、またここからの景色を見てくれ。色が制限されたら自分の家がわからないと文句が出るからね。いろいろと考えたんだよ」

「ちょっと、そこのふたり」


 声をかけられて振り返ったら、ディアドラ様が腕を組んで眉を寄せて立っていました。


「さっきから色気のない話ばかりじゃない。もっと互いのことをわかり合えるような会話はないの? ヘンリーはね、六年くらい前からシンシアが好きだったそうよ」

「おい、ディア」

「そういう話をちゃんとして、しっかり口説きなさいよ」

「わかってるよ」

「じゃあ私は向こうに行っているからね。シンシア、ヘンリーが変なことをしたら叫ぶのよ。念のためにジンを置いていくから」

『えー、こいつらがいちゃついているのを見ていなくちゃいけないの?』


 ぱたぱたと羽根を揺らして、黒猫の姿をした精霊獣が不服そうに言いました。

 そんな、ディアドラ様の精霊獣のお手を煩わせなくても、ヘンリー様が変なことをするわけがないじゃないですか。


「六年前じゃなくて、シンシアが学園に入学する頃に好きになったんだよ」


 それは五年前です。

 そんな前から?


「兄の妹として親切にしてくれているのかと思っていました」

「アピールしているつもりだったんだけどなあ。でもその頃はまだきみは婚約者がいたし、海賊との戦闘がまだ頻繁に起こっていた頃だったから、相手にされないと思っていたんだよ」

「ヘンリー様はもっと無口な方だと思っていました」

「無口だとよく言われるよ。でも今日は一生分を話すくらいの意気込みでいるからね。ことわられたくない」


 断るなんて考えていません。

 妖精姫の持ってきてくださったお話で、こんなに条件のいい縁談なんですよ。


「条件がいいと思ってくれるんだ」

「あ……」

「でもそうじゃなくてさ、出来れば俺を好きになってほしいんだよ」


 確かにヘンリー様は、顔がいかついかもしれません。

 カミル様やベリサリオの御兄弟のような整った顔立ちではないです。

 でも男らしくて、まなざしがやさしくて、とても素敵なんです。


「シンシア?」


 カミル様がディアドラ様を見つめるまなざしに、ヘンリー様の優しいまなざしは負けていませんわ。

 見つめられるだけで心が温かくなってきます。


「私のどこがよかったのでしょう?」

「普段はおとなしくておっとりしていそうなのに、デリルと喧嘩する時に痛いところをずぱっと突くだろう? きみならうちの領地でもやっていける強さがあると思ったんだ」

「……強さがよかったんですか?」

「いや、見た目も可愛くて好きなんだよ。やさしいしね」


 せっかく気分が盛り上がっていたのに、おまけのようにそんなふうに言われても、少々複雑な気分ですわ。

 でもこんなふうに、気取らずに話し合える関係が続けられるのなら、一緒に暮らしても楽しいのではないでしょうか。



次回で完結です。

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