シンシア・ラーナーだって結婚したい 8
明日、ディアドラ様がみなさんにお会いしたいとおっしゃっているのですがご予定はいかがでしょうか? とレックス様がいらして尋ねられた時、その場にいた両親と私はしばらく答えることが出来ずにぼんやりしてしまいました。
父でさえ意外過ぎて驚きに固まってしまったのですから、私や母がすぐに対応できるはずがありません。
外出から帰った兄は、
「うちに来る?! どこかの店で会おうじゃなくて、うちに来る?! しかも家族全員に用がある? 今度は何をやろうとしているんだあいつは!」
と、頭を抱えて叫んでいました。
学友であっても相手は妖精姫ですもの。万が一にも失礼があってはいけません。
お客様をお迎えする準備を万全に整え、ディアドラ様の到着を転移指定場所になっている庭のガゼボで一時間前から待機しました。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。ディアは細かいことは気にしないよ」
「でも妖精姫が、大事な話があるから家族全員に会いたいっておっしゃるなんて、普通じゃないでしょう?」
「おまえ、エレイン嬢とは会っているんだよな?」
「会っているよ。また一緒に出掛ける約束もしているよ」
焦りまくっている両親に詰め寄られて、兄は救いを求める顔でこちらを見ましたけど、私にもディアドラ様がわざわざ我が家においでになる理由なんて見当がつきません。
話し合った日から用事のない日は自然に、家族がお茶の時間に談話室に集まるようになりました。
兄の話を聞くのが当初の目的で、それから最近の女性たちの流行を母や私が説明するようになり、今では社交界の人間関係やどのようなことが起こっているかなど、家族の談笑というよりは報告会のような雰囲気になっています。
食事は今でも、私は自分の部屋で食べています。
毎日のように顔を合わせるんですよ?
談話室で話をしたら、もう話すことなんてありません。
それは両親も兄も同じようで、それぞれ食べたいときに食べているようです。
それでも以前より話しやすい関係になれたんですから、我が家はこれでいいんだと思います。
「おいでになりました」
時間ぴったりに空間に突然光のラインが現れました。
何も無い場所に光の丸い円が描かれる様子は、何度見ても慣れません。
「こんにちは。少し早すぎたかしら」
にこやかに現れたディアドラ様は、ベリサリオの海のような深い緑色のドレスをお召しになっていました。
夜会などの席ではないため、おろしたままの髪が日差しを浴びて輝いていて、ディアドラ様が歩くたびにさらさらと揺れて、とても華やかです。
「どうぞこちらに」
「わざわざみなさんでお出迎えしていただけるなんて嬉しいです。ありがとうございます」
両親がディアドラ様と話しながら歩く後ろに私と兄が並び、我が家で一番広く豪華な応接室に向かいました。
兄はいつも友人として接しているので、あまりに仰々しい両親の対応にうんざりしているようです。
そうはいっても、やはり皇族に次ぐ身分のベリサリオのお嬢様です。
姿勢よく、美しく、高貴な雰囲気がします。
ディアドラ様と同行なさったレックス様とネリー様は、今までいろんな場所でいろんな方に会い、様々な経験をなさっているからか貫禄があります。
うちの執事や侍女とは、まったく雰囲気が違うんです。
「それで……本日はどのような」
「あなた、まだディアドラ様はおいでになったばかりでしょう?」
普通は当たり障りのない会話をしてから本題に入るのに、用事の内容が心配な父は部屋に腰を落ち着けるとすぐ、身を乗り出して用事を聞こうとして、母に注意されています。
でも気持ちはわかります。
侍女が最高級の茶葉を使ったお茶とおいしそうなケーキを並べてくれても、とても喉を通りそうにありません。
「まあ、おいしそう」
ディアドラ様はケーキが気に入ったようで、フォークに手を伸ばそうとしていたところで父に用事を聞かれ、ちょっと迷うそぶりを見せましたが、ケーキを食べることに決めたようで、フォークを手にとってから話し始めました。
「デリルの誕生日にいろいろあって、シンシアとお話しする機会が出来て、年の割には落ち着いてしっかりした素敵なお嬢さんだなって思ったんです」
私?!
今日は私に関しての話だったんですか?
「そんなシンシアが、まだ婚約相手が見つからないなんておかしいでしょう? いえ、あまりに希望者が多くて決められないんですよね?」
「ええ……まあ」
実はそうなんです。
兄の誕生日の翌日から、あまりにたくさんの話が一度にきてしまって、下手に相手を決めると他から不満が起こりそうで決められずにいたんです。
「それでね、私が縁談を持ってきました」
「なにー?!」
叫びながら兄が立ち上がり、母は持っていた扇を落とし、父は持ち上げようとしていたカップから手を離してお茶をこぼしてしまいました。
私は、ただ茫然とディアドラ様の顔を見つめることしかできません。
ディアドラ様は素敵な方です。憧れてさえいます。
でも私のことをそれほど御存じではないはずです。
嫌いなタイプの方だったらどうしましょう。
妖精姫の持ち込んだ縁談に文句を付けられる人はいませんが、同時に断れる人もいないということです。
「なんと相手は、マイラー侯爵家のヘンリーです!」
「はあああ!」
兄の絶叫を注意する余裕なんて、両親にも私にもありません。
てっきり外交で知り合った異国の貴族の方や、ベリサリオと親しい伯爵家の方を紹介してくださるのかと思っていましたのに、まさかのヘンリー様?
「ヘンリーから相談を受けてね。じゃあ協力しようじゃないかってことになったんです」
「ヘンリーくんが、シンシアと結婚したいと言ったんですか?」
「ラーナー侯爵ってば、そんなに驚くことではないでしょう? シンシアは可愛いって、前からデリルには話していたって言ってましたよ」
一斉に注目を浴びて、兄は一瞬うっと言葉に詰まり、
「社交辞令だと、本気じゃないと思っていたんだ」
すぐにもごもごと言い訳を始めました。
ヘンリー様が私を可愛いって思ってくださっていた?
バリーに絡まれた時に助けてくださったのは、友人の妹だからではなくて私だったから?
それは……嬉しい……けど。
あの時の広い背中と、守られていると感じた安心感を思い出してしまって、急に顔が熱くなってきました。
「あいつはいいやつだ。それは間違いない。でも海賊との戦いに明け暮れるマイラー侯爵家の跡取りだぞ」
「私共もヘンリーくんとの縁組みを考えたことがないわけではないんです」
父が言い出したので、今度は私がびっくりしました。
そんな話は聞いたことがありません。
「しかし、マイラー領は荒くれ者が多く治安が悪いと聞きますし、いったん海に出れば生きて帰る保証がないような相手との結婚は……」
「ちょっとちょっと」
ディアドラ様が慌てて父の言葉を遮りました。
フォークにしっかりケーキを刺してあるのが流石です。
「それはいつの話ですか。情報が古すぎですよ。侯爵家になり正規の軍隊を持ったおかげで、もうとっくに海賊なんて蹴散らして、今では貿易の船が行き交う港町になっているんですよ」
「それは……確かにそういう話も聞きますが」
「あなた、せっかくディアドラ様が持ってきてくださったお話なんですよ」
母に腕を叩かれ、父はようやく少し落ち着きを取り戻したようで、慌てて額の汗を拭いてごくごくとお茶を飲みました。
「申し訳ありません。急な話で動転してしまいました」
「私は気にしていませんけど、動転してよく考えもしないで発言したなんて、他所で言っては駄目ですよ」
こわい。
今日のディアドラ様の笑顔はこわい。
「それで、まさか、お断りになる気ではないですよね?」
「しかしディア、シンシアはおとなしい子で」
「ああもう、うるさい」
フォークをぐさっとケーキに刺して、ディアドラ様は兄を睨みつけました。
「さっきからシンシアの意見も聞かずに、男がふたりしてぐだぐだとくだらない言葉を並べたてて。あなたたちは自分がシンシアの可能性を潰しているってことを理解するべきだわ」
私の可能性?
そんなこと考えたこともありませんでした。
「もしベリサリオの家族があなたたちのような考えをしていたなら、まだ帝国に精霊獣は育っていないかもしれないわよ。シンシアはあなたたちが思うよりずっとしっかりとしています。デリルなんかよりよっぽど大人です」
そんなふうに言ってもらえるなんて、思ってもみませんでした。
嬉しくて泣きそうです。
「ディアドラ様、男たちの話は聞き流してくださいな。何かと理由をつけてシンシアを嫁にやりたくないだけなんです。まったくしょうがない」
「男ってどうしてこうなんでしょうね。あ、でもシンシア。あなたの意見は何より尊重するから、断りたいときは遠慮しないで言ってちょうだい。出来れば理由も言ってくれるとありがたいわ。マイラー領の雰囲気が合わないとか、ヘンリーは大きくて顔がこわいとか、くさいとか」
「やめてやってくれ。そんな理由で断らないでやってくれ!」
「デリル、あなたはいちいちうるさいのよ。本当にくさかったらこんなこと言うはずないでしょう。ヘンリーはあれで意外とさわやか系男子なのよ。ねえ、シンシア」
え? あの、さわやか系男子ってなんなんでしょう。
さわやか……ヘンリー様がさわやか?
「でも、ヘンリー様の私服が素敵だって、センスがあるわって前に友人たちが噂していましたわ。実は人気があるんです」
「……うそだろう」
いけない。センス問題は兄の前では禁句でした。
たぶん、ヘンリー様も仲間だと思っていたんでしょうね。
がっくりと肩を落としてしまっています。
「それでどう? ヘンリーとの結婚は?」
「突然すぎて……」
いえ、こんないい話はきっともう二度とありませんし、妖精姫の持ってきてくださった縁談を断るなんて出来るわけがありません。
「ありがとうございます。私……」
「そうだ。マイラー領に行ってみましょう!」
「え?」
「行ったことがないんでしょう? どういう場所なのか、マイラー侯爵家はどんな感じの人たちなのか、確認してから決めたほうがいいわ」
「それは、はい。確かに」
「あちらは大変乗り気だから、大歓迎してくれるわよ」
「だったら私も!」
「僕も!」
「は?」
ディアドラ様、今の声はいけません。
御令嬢の出す声ではありません。
父と兄がびくっと肩を揺らしていました。
でもレックス様もネリー様も、まったく気にしていないようです。
慣れているんでしょうか。
「私が保護者として責任もってシンシアを守りますのでご心配なく。もしマイラー領で彼女に不埒なことをするような者がいたら……」
首に親指を当て、ナイフで切るように左から右に動かすしぐさが、こんなに似合う御令嬢が他にいるでしょうか。
いえ、いませんし、そもそもそんな動作をする御令嬢はいません。
ディアドラ様って噂以上にフリーダムな方なのでしょうか。
それでよく兄が、アラン様かカミル様が傍にいないとまずいって言っていたんでしょうか。
……マイラー領に行くときは、どちらもいませんよね?
大丈夫ですよね?




