シンシア・ラーナーだって結婚したい 7
夜会が終わった深夜、両親が呼んでいると聞いて家族の待つ談話室に向かいました。
兄の誕生日祝いの席であのような騒ぎを起こしてしまったのですから、きっと叱られるのだろうと覚悟して部屋に入ると、すでに兄もいて、深夜だというのにミートパイを食べていました。
こんな時間に食べてもお腹にお肉がつかないなんて、男の方はいいですよね。
筋肉があるからだと聞いたことがありますけど、兄の体に筋肉なんてありました?
研究ばかりしているせいで、不健康に細い体をしているはずです。
見たことがないので知りませんけど。
「シンシア、今日はすまなかった」
「え?」
両親が沈んだ表情をしていたので、何を言われても落ち着いて返答しようと身構えていたのに、ソファーに腰を下ろした途端、父に頭を下げられてしまいました。
「ガウリー令嬢のあの態度は、おまえの友人ならあまりきつく叱らないほうがいいだろうと、子供の頃から失礼な態度を取っていたのを知っていたのに、放置していた私の責任だ。伯爵家と男爵家の身分の違いをきっちりと教えるべきだった」
「そんな。それは私の責任でもありますわ。貴族の令嬢である以上、強くなくてはいいように扱われるというのを知っていながら、その場の空気が悪くなるのが嫌で笑ってごまかしていたのがいけないんです」
「いや、令嬢だけではなくガウリー男爵にももっと強く注意をしておくべきだった」
まさか、父に謝罪されるなんて思ってもいませんでした。
全くそんなことを気にしていませんでしたわ。
「バリーとのことも破談の話が出たときに、責任問題をはっきりとさせるべきだった」
「お父様……」
「アランに言われたことを父上に話したんだ」
兄が私の前にもミートパイの皿を置きながら言ったので、頷きながらお皿は兄のほうに押し返しました。
気を利かせてくれたのだとはわかっていても、こんな時間に食べて寝たら胃がもたれてしまいます。
「デリルに話を聞いてはっとしたよ。私たちの態度のせいで、おまえにつらい思いをさせていたかもしれないなんて考えてもみなかった。食事の席でも、昔から魔道具の話をしていたから、うちはそういうものだと思い込んで、おまえが居心地の悪い思いをしているなんて考えたことがなかった」
ここで反省して謝罪してくれるんですから、うちの父は当主としては優しい家族思いの人なんです。
娘は父親の所有物で、結婚したら夫の所有物になると考えている男性だっているんです。
父親に言い返すなんて許されない家だってあると聞きます。
だから愛されていることに疑問を持ったことはありませんでした。
今日だって、父も兄も私を守ってくれましたし。
でも子供の頃は、父に甘えたい、抱きしめてほしいと思うこともあったのは事実です。
子供を育てるのは乳母や侍女たちで、両親に会えるのは食事の時間だけ。それも夜会などの予定がない時だけなので、せっかく会えても父が魔道具の話をしているのを聞いているだけなのは寂しかったです。
「これからは私たちも気を付けるので一緒に夕食を……」
「それはもう少しの間、遠慮させてください。最近はお父様もお兄様も、魔道具の話をしている時も少しも楽しくなさそうで、本当に気が重かったんです。無理に家族で顔を合わせようとするより、忙しい時はゆっくりと部屋で過ごしたほうがいいのではないですか?」
「ああ……すまない。そんな心配をさせるほど暗い顔をしていたのか」
今夜の父は謝ってばかりです。
こちらに非があると認めるようなものですから、貴族はよほどのことがなければ謝罪しません。
家族ですからいいですけど、いえ家族の中でも権力争いのために貶め合っている家もあるんですよね。
「最近、魔道具の新商品が出ていないだろう? それだけ多くの製品が世に出て、便利な世の中になっているということではあるのだが、こう何年も新しい商品が開発されないというのは魔道省としては気になってな」
「そういえばベリサリオも最近は静かですね」
「あそこはいろんな分野に手を伸ばしたので、今はこれ以上手を広げずに既存の商品を改良することに力を入れているようだ」
「魔道省もそれでいいのではないですか?」
私が、父と、魔道具の話をしているなんて。
こういう話題なら、私も話に加われます。
「ディアが今おとなしいのは、ルフタネンに嫁いでから新商品を発表しようとしているからだという意見があるんだ」
「それはそうですわね。来年にはルフタネンに行くんですもの。どうせなら土産を持って嫁入りしたいと考えますわね。帝国で新商品を発表したら権利問題などめんどうになるだけで……お兄様、そんな肩を落とさないでください」
兄とはこれから話さなくてはいけない大きな問題があるというのに、この時点で落ち込んでいたら立ち直れないのではないでしょうか。
「お兄様にはマーカーという発明があるじゃないですか。学生が勉強をするときに便利だと大人気ですよね」
「あれは……おまえやおまえの友人たちの意見が大きいじゃないか。あとカミルのアイデアも取り入れているし」
「……つまり、私や友人の意見を取り入れた商品には価値がないと?」
「そ、そんなことは言っていない。ただ自分で考えたものをだな」
頭にきましたわ。
兄が珍しく私の意見を聞きたいと言ったので、友人にも手伝ってもらったというのにひどいじゃないですか。
深夜効果もあって、今夜の私はいつもより強気ですよ。
笑って誤魔化すのも言葉を飲み込むのもよくないと学んだばかりです。
前回、はっきりと意見を言ったからこそ、父とも話が出来たんですから。
「それで? 図面を眺めてうなっているだけで新しい魔道具のアイデアが浮かぶと本当に思っているのですか? そのせいでエレイン様のことを忘れてしまっているんですか?」
「えっ?!」
意外な名前が出たので、兄はのけぞりながら私の顔をまじまじと見てきました。
「パトリシア様に相談されたんです。お兄様からまったく連絡がないせいで、エレイン様が傷ついていると。この婚約は嫌だったのではないか。嫌われているのではないかと悩んでいるエレイン様を見て、サーマン伯爵が御立腹だそうです。前にも言いましたよね? パウエル公爵がこのことを知ったら、破談になるだけでは済まないのではないですか?」
「デリル、前にシンシアに注意されてから、まだそのままにしているのか?」
父も今回は真面目に対処しないとまずいと感じているようです。
パトリシア様が心配しているということは、ディアドラ様ももちろんこの話を御存じで、パウエル公爵の耳に届くのもすぐの状況にあるはずです。
いえ、あのパウエル公爵が御存じないはずありませんわ。
サーマン伯爵やエレイン様の意見を尊重して、今は知らないふりをしてくださっているのではないですか?
「それは……彼女にふさわしいということを証明するためにも、新しい魔道具を開発したくて」
ああ、うちの男たちの悪い癖が発動していますわ。
「魔道具とエレイン様の幸せに何の関係があるんですか?」
体ごと兄のほうを向いて座り直し、ディアドラ様の真似をして腰に手を当てて背筋を伸ばしました。
「その間に失う時間の大切さを考えたことがありますか? エレイン様と会話をして互いを知る時間を作りもしないで、仕事で成功を収めて、それでエレイン様にふさわしいなんて誰が思うんですか? 結婚しても仕事ばかりで、自分とは話もしてくれない人だと思われたらどうするんです?」
「そんな」
「お兄様はそれで一回失敗していますよね。精霊獣を育ててからでしたっけ? 空間魔法をマスターしてからでしたっけ?」
「シンシア!」
あ、ディアドラ様との話を両親は知らないんでした。
でも今はそれどころじゃありませんわ。
「カミル様とお兄様の決定的な差はなんだと思いますか?」
「あいつは見た目がいいからな。王族だし」
「はあ。まったくわかっていませんね。マメさです! お兄様には決定的にマメさが足りません。そして女心をまったくわかっていません」
私の言い分が正しいと思っているのか、今回は母も黙って私の話を聞きながら何度も頷いています。
父に苦労させられた記憶が蘇っているのかもしれません。
「カミル様も精霊王に後ろ盾になってもらうまでは、ディアドラ様と婚約しないとおっしゃったそうですね。男の方はそういうのが好きなんですか?」
「本当にね、互いの家が婚約を認めているのですから、ふさわしくないはずないのに」
頬に手を当ててため息をつく母の顔をちらっと見て、父は居心地悪そうに座り直しています。
あなたもですか。
若い頃に同じようなことをやったんですか。
「でもカミル様は精霊王と面会したり、他国との貿易に忙しくしている時も、何度も何度も転移魔法でディアドラ様に会いに行ったんだそうです。ディアドラ様の顔を見られただけでも元気が出るとおっしゃって、五分で帰ったこともあったんだそうですよ」
「まあ素敵」
「そんなに会いたいと思ってくれるなんて嬉しいですよね」
「それはそうよ。そういう積み重ねは大事よ」
「ですよねー」
私と母が盛り上がる横で、父と兄はどんよりと俯いています。
今は父のことは責めていないんですから、一緒になって落ち込まないでください。
「でも、なにを話していいかわからないんだ。魔道具の話は退屈させるんだろ? 僕は流行りなんて知らないし」
「教わればいいじゃないですか。だいたいセンスもない情報も集めていないお兄様に、面白い商品が作れるとは思えません。だからエレイン様とお出かけして、今は何が流行っているのか、どんなものを女性は好きなのか聞けばいいんです」
「そんな、情けない」
「デリル。シンシアの言う通りよ」
「母上」
「ナディア様がよくおっしゃっていることがあるの。うちの子供たちはとても優秀で自慢の子たちなんですけど、ファッションセンスだけは誰も私から受け継いではくれなかったって」
ええええ?!
そんなことをおっしゃっているんですか?!
「だからスザンナ様がクリス様と結婚するまで、ナディア様がずっとファッション部門を担当していたんですって。ディアドラ様は食べ物のほうに関心が強くて、ドレスはナディア様任せ。アラン様がいつも制服のボタンを全部閉めていたのは、中に何を着ていてもわからないようにするため。クリス様は情報を分析して似合う服を選んで着てはいたけれど、スザンナ様と結婚してからは、全部任せっぱなしで用意されたものを着るだけなんですって」
ベリサリオは、実はファッションセンスがない家系だった?!
そういえばカミル様のほうがセンスがいいと、ディアドラ様がおっしゃっていたわ。
「それぞれ得意な分野で活躍すればいいじゃないか」
あ、俯いていた父がようやく顔をあげました。
「ひとりで商品を作るんじゃない。多くの人の力が合わさって優れた商品が出来るんだ。デリル、独りよがりではいい物は出来ないぞ」
一緒になって研究室に籠って、何もアイデアが浮かばなくて暗くなっていたのは誰でしたっけ?
「明日すぐにエレイン嬢に会ってくるんだ」
「いや、でも」
「破談になってもいいのか」
「それは困ります!」
兄がエレイン様を好きなのは、家族はみんなわかっています。
好きだからこそ、格好つけたいし、ふさわしいと言われたいんですもの。
「だったら会って、素直に自分の気持ちを告げて、シンシアの言うように一緒に出掛けていろいろ教えてもらうんだ。そうすれば会話も続くだろう」
「あ! そうか」
「デリル、多少格好悪くても、この人は私を必要としてくれている、信用してくれていると思えたほうが女性は嬉しいものよ。それにエレイン様はとてもセンスがいいわ」
「そうですね。それは重要です」
うちの家族の会話、情けなくないですか?
大丈夫?
でも翌日兄は、しっかりエレイン様のもとを訪ね、一緒に街に出かけ、機嫌よさそうに帰ってきました。
それからは頻繁に会っているようで、私にもどういうところに出かけると喜ばれるのか聞いてくるようになり、自然と兄と談話室で話す時間が増え、気付いたら両親まで顔を出すようになり、いろんな話をするようになりました。
きっかけってわからないものですね。
そうして三週間くらい過ぎたでしょうか。
突然、ディアドラ様が我が家に訪ねてきました。




