可愛いって難しい 2
他の島は新生ディアドラになる前から何度も訪れていたから、初対面では儚げな守ってあげたい可愛い少女という印象だったのが、実はかなりはっきりと意見を言う大人びた子だという印象に変化し、その後で王位継承争いに終止符を打つ手伝いをした恩人になり、帝国だけではなく全世界の精霊王が特別扱いする人間離れした子だという感じに、印象が徐々にレベルアップしていった。
だから特に身分の高いオジサマ達は、帝国の人と同じくらいに私を理解してくれているので話しやすい。
でも西島は、今回初めて会う人達ばかりなのよ。
ニコデムスをぶっ潰した強い妖精姫って印象を持っている人達ばかりだと思うの。
「新生ディアドラは、以前と何が違うんだ?」
「強いのよ。見た目からして守りたくなるような子じゃなくて、敵に回したらやばいって感じがするでしょ」
「…………そうなのか」
カミルは駄目。
うちの家族と一緒で、何を着ても何をしても可愛いって言うから。
たぶんもう挨拶みたいなもんなのよ。
そもそも可愛い文化をわかっていない。
私は可愛いってタイプじゃないの。
ルフタネンの女の子達の方がよっぽど可愛いんだよ。
アジア系の顔でも東方諸国よりは彫りが深くて目が大きいルフタネン人は、小柄でほっそりしている子が多い。
年齢が同じでも私より二歳は若く見えるのも東洋人ならではよね。
カミルが女の子に触るのは怪我させそうで怖いって言っていたのも、彼女達を見れば納得だ。
西島では夜会と女性だけのお茶会に参加することになったので、お母様やスザンナに相談して、出来るだけシンプルで、ルフタネン風の柄やスタイルを取り入れたドレスを用意した。
可愛さでルフタネンの子には勝てそうにないから、私は知的で強い女性を目指すわよ。
「知的ねえ。兄上、ディアの言う可愛いは僕達の思う可愛いとは違うと思いませんか」
「違うも何も、ルフタネン人の方がディアより可愛いなんて有り得ない。そんなことより、そんなに体の線が見えるドレスはやめるんだ。もっとスカートを膨らませて、襟も高く」
身体の線が見えるって、ただパニエで膨らませずにすとんと落ちたプリーツドレスなだけよ。
右肩に羽織った布にはルフタネン風の柄がはいっていて、ウエストのベルトで留められている。
くるりと回るとスカートと布がふわりと広がって綺麗だ。
夜会なので左肩は出していくスタイルなのが、クリスお兄様は気に入らないのかも。
「ディア、左肩にも布をかけるべきだ」
カミルも気に入らないらしい。
「夜会なのよ。ルフタネンの女性も肩を出すでしょう」
「……じゃあ髪を降ろして隠そう」
「成人したのに?」
「カミル、みっともないよ。彼女に近付こうなんて自殺志願者はいないから大丈夫だ」
キースが呆れ顔で言ってくれたので仕方ないと諦めてはくれたけど、カミルってこんなにうるさかったっけ?
「私を怖がる人はいても、女として興味を持つ人なんていないわよ」
「まったく……自覚がないから……本当に……」
「まあまあ、ずっと隣にいればいいじゃないですか。いやあ、カミルがこんなに独占欲が強いとはねえ。でもまあ、心配なのはわかります」
サロモンまでそんなことを言うのかって意外に思っていたけど、夜会の会場に着いたら理由がわかった。
西島はもともとベジャイアやシュタルクとの交易が盛んだったのに、ニコデムス絡みでベジャイアと戦争になったこともあって、国際結婚をする人がほとんどいないのよ。
この場にいるほぼすべての人が黒髪だから、銀髪で白い肌の私は目立つなんてもんじゃない。
しかも、ようやく西島を訪れた妖精姫だ。
全ての人の視線が私に注がれている。
「もう少し地味な方がよかったのかな」
「どんな服を着ていてもきみは目立つよ」
そうは言うけど、女性の視線を集めているのはカミルだよ?
憧れの眼差しでカミルの姿を追いかけている姿は、とても初々しくて可愛らしい。
友達ときゃあきゃあ小声で話している様子なんて、女子高生みたいだ。
私にもああいう時代はあったんだっけねえ。
昔のこと過ぎて忘れてたわ。
それに比べると私は可愛げがないと思う。
身分の高いオジサマ達に囲まれるのはいつものことで、もう慣れっこだ。
注目されるのも、誉められるのも悪く言われるのも、虫の羽音より気にならない。
十五歳にして既に初々しさが欠落してしまっている。
だからね、ちょっとカミルに悪いことしたかなって思う時がある。
女性とまともに会話したことのない状態で、カカオの話題があった私と会話が弾んだから、私を選んじゃったんじゃないかな。
それに妖精姫と結婚したらルフタネンのためになるしね。
結果的に私のことを好きになって、今は両思いだから問題は何もないんだけど、もうちょっと時間をかけて考えていたら、カミルを憧れの眼差しで見ている可愛い女の子達と楽しく過ごせたんじゃない?
今は私の機嫌を損ねては大変だから、誰ひとりとしてカミルの傍には行かないで遠くから見つめているだけなんだよ。
「これはお美しい。しばらく会わない間に、すっかり素敵なレディになられましたね」
夜会の会場で最初に出迎えてくれたのは、カミルの母方の伯父にあたるリントネン侯爵だ。
彼とはもう何度も会っていたけど、夫人に会うのは今夜が初めてだ。
きりっとした顔つきの夫人は、リントネン侯爵家が西島に飛ばされた時も泣き言ひとつ言わず、すぐに社交界の中心で御婦人方を束ねた実力者だとサロモンが教えてくれた。
明日のお茶会も彼女が主催するんだそうだ。
「妖精姫とお話出来ると、みなさん楽しみにしていらっしゃるんですよ」
「私も楽しみです」
「人数が多くなったので、バルコニーではなく庭でのお茶会にしました」
「その方が私としても慣れた形式だからありがたいです」
「午前中は戦場に行かれるんでしたわね」
「はい」
戦場というのはベジャイアとの戦争の時に、ニコデムスに加担した人達が砂にされた場所だ。
今でも広い砂丘になったまま。
元は人間だった砂をどうするか悩んで、二度と同じ過ちを繰り返さないようにそのままにしようということになったの。
「母上、友人達が妖精姫にご挨拶したいと言っているんですが」
声をかけてきたのは、カミルの従弟のヘルトだ。
長男がカミルを利用しようなんて馬鹿なことを考えて廃嫡されて、代わりに跡継ぎになった次男だ。
「私に聞かないで、ディアドラ様にお伺いしなさい」
「あ、そうですね。失礼しました」
カミルをやさし気にして、甘さをちょっと足したような顔をしているヘルトも、女性達に大人気だ。
邪魔な婚約者がまだいなくて、同じ西島の貴族である分、カミルよりヘルトの人気が上なのは当たり前で、さっきまでご令嬢に囲まれていた。
「ディアドラ様、友人を紹介しても……」
ヘルトが途中で言葉を切り私の背後を見たので振り返ったら、カミルが早足で近付いて来るところだった。
なんであんな急いでいるのだろうと首を傾げつつ顔を戻すと、少し離れた場所で待っていたヘルトの友人達が慌てて背を向け離れだした。
私の視線に気まずそうにしてはいるけど、カミルの存在の方がこわいらしい。
カミルが私の隣に来て肩を抱き寄せた時には、全員いなくなっていた。
「どうしたのかしら。みなさんいなくなってしまったわ」
「誰がいなくなったって?」
「ヘルトの友人を紹介してくれるって話だったんだけど」
「ほーーー」
ちょっとカミル、こんな場所でそんな怖い顔しないでよ。
ひさしぶりにその目つきを見たわよ。
注目の的なんだから、ヘルトを睨みつけないで。
「どういうつもりだ」
「どういうって、せっかくだから挨拶したいって言われただけだよ」
「じゃあなんで逃げた。あわよくばディアに気に入られようって魂胆だったんだろう」
違うでしょ。
カミルの顔がこわかったからでしょ。
「なんでそんなに神経質になっているの? みんな有名人に挨拶したかっただけよ」
「私も説明が聞きたいわ。今のは大人げないわよ」
私とリントネン夫人に詰め寄られて、カミルはため息をつきながら前髪をかきあげた。
「前に、俺がディアに一方的に惚れ込んでいるけど、ディアはそれほどでもないって話があるって話しただろう」
「ああ、カミル片思い説。まだそんな話があるの?」
「北島ではもうない。でもここではまだある」
だから今ならまだ私に気に入られれば、カミルを捨てて乗り換えるとでも思われているってこと?
いや、それはないな。
「カミル、いつも私に自覚がないって言うけど、あなただって同じよ。ルフタネンの精霊王に愛された王族に敵対するようなことをする馬鹿はいないわよ」
「そうだよ。あいつらは妖精姫に憧れて、ちょっとだけ挨拶がしたかっただけだ」
「ヘルト、本当にさっきここにいたやつら全員と友人なのか? あいつらはディアに失礼なことをしないし言わないと責任が持てるのか?」
「え? それは……」
「つまり」
扇をばさりと開いて、口元を隠しながら意味深に微笑んで見せた。
「私がふらっと浮気するかもしれないって思っているってことよね?」
「そんなことは……」
「私を信用していたら、挨拶に来る人にまであんな態度は取らないでしょう?」
「ディアのことは信用しているんだ。でも西島の男達、特に若いやつらは話をしたことがないから信用出来るかどうかわからないんだよ。心配なんだ」
眉尻を下げた情けない顔で、小さな声でぼそぼそと話すカミルは珍しくてちょっとかわいい。
というか、萌え。
こんなことで焼きもちを妬いてくれちゃうんだ。
「嫌だわ。私が心変わりするという事は、その男はカミルより魅力的だということでしょう? そんな男がどこにいるの?」
せっかく私が大きめの声で言いながら、わざとらしく周りを見回しているのに、カミルが本気で驚いた顔をしたら駄目でしょう。
そこは当然だって顔で胸を張ってよ。
「仲がいいんだね。……羨ましいよ」
「ヘルト」
「ごめん、母上。もう言わないよ」
急に雰囲気が暗くなったのでどういうことなのか知りたくて、眉を寄せてカミルを見上げた。
「あー、あのな、リントネン侯爵家は北島に領地を持っていた貴族で、西島では新参者なんだ」
「知っているわよ? ……あ、なるほど」
西島で最高位の貴族が新参者っていうのは、微妙な力関係になるのか。
それでヘルトには西島のそれなりに力のある家の御令嬢と縁組させたいんだ。
「候補の方はいるの? 仲良くしているお嬢さんとか」
「いや……禍根を残さないために、西島の高位貴族達の話し合いで相手は決まるんです」
「うへ」
ひど……くないのか。それが貴族か。
いやいやいや、候補を出してヘルトがその中から決めるってやり方でもいいんじゃない?
相手の御令嬢だって候補になりたいかどうか、本人に意見を聞いているんでしょうね。
もう好き合っている相手がいるのに、無理矢理別れさせて結婚させるなんてしないわよね。
「ディア、口がへの字になっているぞ」
「だってヘルトは侯爵家の子息なのよ? 西島の他の貴族って伯爵ばかりでしょ」
政略結婚にしたって、リントネン侯爵家側の要望無視で西島に前からいた貴族達が決めるっておかしくない?
貴族が半分になって、しがらみばかりが増えて、他所から来た人達を排除しようとしていないでしょうね。
「まともに長男を育てられなかった私の責任です。本当に……こんな……」
リントネン夫人としてもつらいところよね。
西島の社交界に溶け込むために、嫌な思いもたくさんしたんでしょう?
嫁にも同じ苦労をさせたくなかったら、西島の貴族達の決定を受け入れる方がいいんだろうけど……。
「ヘルトは、いいなって子はいるの?」
「な、なんですか突然。今の話を聞いてその質問は」
「あ、敬語いらないから。夫人もですよ。で、どうなの」
私が何を言い出すのか気付いたのか、カミルは拳を当てて口元を隠そうとしながらやにやしている。
ヘルトと夫人は目をぱちくりさせて黙ったままだ。
「はっきりしないわね。まあいいわ。いないなら早めに探して。そして私に紹介して」
「え?」
「要は他の人にはない強みがあればいいんでしょ? 西島で初めて妖精姫と親しくなって、互いに行き来するような間柄の御令嬢だったら、誰も文句言わないんじゃない? 皇太子婚約者にもご挨拶すんでるんですって言えたら文句なしでしょ。モニカにも会わせなくちゃ」
「まあ」
「それは……確かに」
ぐいっとカミルが引き寄せる力を強めたので、よろめいてカミルにもたれかかってしまった。
「ヘルト、俺の婚約者は素敵だろう?」
「ちょっと、倒れるでしょ。ただしご両親の許可は得て、もちろん相手のお嬢さんの気持ちも確認してね。嫌がっている子を連れて来ないでね」
「う……それが一番の難問では」
「何を情けないことを言っているのよ」
べしっとリントネン夫人がヘルトの背中を叩いた。
「いいなと思う子がいるのにって話していたでしょ。大至急口説いて来なさい」
「えええ、そんな簡単に言わないでくれよ」
顔を赤くしてわたわたしている様子を見ると、その娘のこと本気で好きなんじゃない?
だったらここは腹を決めないと、一生後悔するわよ。
「そうなんだけど、あちらの家族に断られるかもしれない」
「なんで?」
ヘルトは困った顔で微笑んで見せて、ちょうど近付いてきた人を私に紹介することで話題を変えてしまった。
「たぶんいろいろとあるんだろう」
カミルの言葉に納得したわけじゃないけど、これ以上は私から何か言うのはやめておこう。
男の人の方がナイーブだって聞くし、恋愛に関して私は経験不足で役に立つことを言えないもんな。




