シンシア・ラーナーだって結婚したい 6
キリがいいところまでにしたので、今回は短くなってしまいました。
「もとはうちより格下だったくせに……」
引っ込みがつかなくなっているのでしょうか。
ここでおとなしく退場すれば、まだ傷は浅く……もう致命傷かもしれませんけど、それでも一縷の望みをつなげることも出来たでしょうに。
「侯爵になった途端、もっと格上の身分の男と結婚するために婚約を破談にした女と家族だ。高位貴族以外は視界に入ってもいないんだろうよ!」
墓穴を自分で掘って、助走をつけて飛び込むような真似をしているとわかっているのでしょうか。
貴族なんですから。
一族や領民を守る責任があるんですから。
人脈を広げようとするのも、よりよい政略結婚をするのも当たり前です。
当たり前ですけど、社交下手で対人スキルがかなり低いうちの父は、あの頃は一気に注目されて、忙しすぎて倒れそうになっていたんですよ。
それなのに、私が破談にした?
何を言っているんです?
「父親にそう聞いたのか」
いつのまにか父もすぐ近くに来ていました。
それだけではありません。
隣には頬に傷のある立派な髭のマイラー侯爵と、帝国貴族の頂点に立つ方と言っても過言ではないパウエル公爵がいらっしゃいます。
他にもそうそうたる顔ぶれがすぐ近くの席に腰を下ろし、私たちのやり取りを観察していました。
他の方たちは、下手に巻き込まれるのを恐れたのか、遠くから眺めているようです。
でも成り行きだけは見届けて、今後の社交界での動き方を決めようとしているのでしょう。
ここで対応を間違えば、ラーナーは侯爵家になった途端、伯爵の友人や娘の婚約者を捨てた者達だという話が広がってしまいます。
当たり前の行動でも、露骨にやっては品がありません。
あちらが被害者だと思われるのはまずいのです。
「な、なにを」
「きみの父親が、我々が婚約を破談にしたと言っているのか。それともきみが勝手にそう思っているのか。どっちなのかを聞いている」
「うちが破談にするわけ……ない……」
普通はそうですね。
侯爵令嬢になったから破談って、おかしいです。
でも、破談にすると言えば父が慌てて引き留めるだろうから、自分たちにとって優位な条件を得られると思っていたヘガティ伯爵は、あっさりと父が破談を受けたことが許せないのでしょう。
逆切れってやつですわ。
位がひとつ上がるのって、実はやらなくてはいけない細かいことが山ほどあるんです。
うちは領地が広がったので、そちらの手続きまで増えて、父も兄も皇都と領地を往復して大忙しでした。
そんな時に、もっと僕にかまってーと、いい年をした男の友人に言われて相手にしている暇なんてあるわけないじゃないですか。
「あら? どうしたの?」
あまりに場に不似合いな明るい声が、緊迫した空気を一気に吹き飛ばしました。
「あら、ヘンリーひさしぶり。せっかくの誕生日祝いの席で怖い顔をしちゃ……まあ、私彼を知っているわよ」
兄とヘンリー様のすぐ横まですたすたと歩み寄り、笑顔で話しかけたのはディアドラ様です。
彼らの背後に音もなくカミル様が歩み寄る素早さが見事でした。
「ねえカミル、憶えてる? 私の十三歳の誕生日。まだラーナーは伯爵家だった頃よ。私がカミルと結婚して外国に行くのは反対だって言いだした人がいたでしょ?」
「忘れるわけがない」
私にはカミル様の背中しか見えていないのに、殺気と言えばいいのでしょうか。
カミル様から物騒なオーラが溢れているように感じました。
バリーもそれを感じたのでしょう。
足をもつれさせながら、じりじりと後ずさり始めています。
「中央の伯爵家が帝国にも優れた若者がいるとかなんとか言って、自分の息子たちを連れてきたんだよな。その中におまえもいただろう」
ざわっと場がどよめきました。
「ディアに選ばれるかもしれないと期待して、へらへら笑っていたのを覚えているぞ」
時期的に、その頃は私との婚約が破談になったばかりのはずだと、今までの話を聞いていた人たちならわかります。
破談にされて傷ついていたのなら、ディアドラ様に選ばれようとするはずがありません。
「シンシアはショックで出席できなかったのに、おまえは楽しそうに笑っていたよな」
兄も拳を握り締めて、今にも殴り掛かりそうな様子です。
「そもそも四年も経ってから恨み言を言い出すなんて、何か別の狙いがある以外に考えられないだろう」
「ヘンリーって脳筋に見えるのに、実はいろいろ考えてるのよね」
「ディア、今は真面目な場面なんだぞ」
私にとっては大変な修羅場でも、ディアドラ様はいろいろと経験しているので、この程度は日常茶飯事なんでしょう。
ふと見ると、先程まで険しい顔で成り行きを見守っていた高位貴族の方たちは興味を失くしたように席に戻り始めていました。
「終わりましたな」
「伯爵は多いので、消えてもそのままで平気でしょう」
「みっともないわね」
「侯爵家に対してあの態度はありえませんわ」
背後から聞こえてくる会話も、バリーを非難する声ばかりです。
ディアドラ様の結婚相手に名乗りを上げるだなんて、無謀なんて言葉では生ぬるいくらいですもの。
「その男を摘まみだせ。屋敷に入れた者はクビにしろ」
父の声に従い、侍従や警備の人たちが動き出しました。
「ガウリー男爵令嬢」
私の友人だった頃は、家族もヘレナと親しげに名を呼んでいましたけど、今はもう違います。
ヘレナもさすがにまずいと思ったんでしょう。
助けを求めて周囲を見回しましたが、冷ややかな視線しか返ってきませんでした。
「きみは事情を知っていたのに、なぜその男を連れてきたんだ? シンシアを傷つけるような真似をし、しかも先程の態度はあまりにも無礼で到底許せるものではない」
「ま、待ってください。まさかこんな騒ぎになるとは思わなくて」
「シンシアを侮辱する言葉を多くの者が聞いているのに、そんな言い訳は通用しない。今後、ガウリー男爵家との取引は全てやめることにする」
「そ、そんな」
「きみの態度については何度も男爵に苦言を呈してきた。それでも改善されないということは、男爵にも責任がある」
へなへなとその場に座り込んだヘレナを、侍従たちが引っ張り上げ、引きずりながらホールを出ていきました。
ガウリー男爵家は、うちとの取引を失ったら生活できるのでしょうか。
おそらくうちだけではなく、便乗して多くの貴族が彼らと距離をとるでしょう。
侯爵家と男爵家と、どちらにつくかなんて考えるまでもありません。
子供の頃は身分の差なんて気にしないで一緒に遊んでいた友人たちも、歳を重ね、いろいろと学ぶうちに公私のけじめをつけるようになるものです。
でもヘレナは、自分のほうが美しくて優秀なのに、私より身分が低いということが受け入れられなかったようです。
地味な私が伯爵令嬢だというだけでも許せなかったのに、侯爵令嬢になってしまったので、いまだに敵対心を持っているんでしょう。
「シンシア、大丈夫?」
「は、はい!」
ディアドラ様が話しかけてくださったので、慌てて立ち上がりました。
「もう四年も前のことですもの。すっかり忘れていましたわ」
「女は踏ん切りをつけたら、もう後ろは振り返らないものよね。男はいつまでも引きずるから、酔って絡むなんて馬鹿なことをするのよ」
「あら、そんな経験があるの?」
「パティ、ドレスはもう直ったの?」
ディアドラ様だけではなくパトリシア様までこんな近くに来てくださるなんて、バリーのせいで沈んでいた心が一気に明るくなりました。
友人たちも私も緊張しつつも目が輝いています。
「嫌なことがあった時は、おいしいものを食べて楽しい話をするに限るわよ」
「実は私、シンシアに相談したいことがあるの」
「えええ? パトリシア様に相談されるなんていったいなんなんでしょう?!」
「パティとシンシアが話している間、私はみなさんとお話ししたいわ。仲間に入れてくださいな」
きゃーという歓声が響き、友人たちは急いでディアドラ様の席を用意し始めました。
スイーツやお茶を自ら準備しだす子までいます。
みんな、落ち着いて。
そんなに騒いでは、注目の的になってしまいますよ。
「実はね、相談というのはデリルとエレインのことなの」
ああ……だいたいの内容がもうわかりましたわ。
馬鹿な兄は、女性との付き合い方をまったくわかっていませんから。
「お聞きします」
「私が直接言うと問題がありそうだし、ディアが動くと大騒動になってしまいそうでしょう?」
ディアドラ様が動くかもしれないほどに深刻なんですか?!
それは大変です。
兄が石になってしまうかもしれません。




