可愛いって難しい 1
おひさしぶりの転生令嬢シリーズ、書籍版7巻発売記念の番外編です。
本編は完結したので、別の括りとしてアップしました。
ブックマークも別になってしまうのが申し訳ないです。
今後も番外編を投稿する時には、こちらに投稿します。
ニコデムスが消滅したおかげで、私の周りには平和な日々が戻ってきた。
海峡の向こうはいまだに後処理や復興で大変なようだけど、それはもう私には関係のない話だ。
下手に関わってこれ以上恩を売ってしまうとまた面倒なことになるからと、陛下や家族にも動かないようにきつく言われているし、本音を言うと頼まれても関わりたくない。
帝国やベリサリオとしては充分な支援をしているのに私がしゃしゃり出たら、妖精姫は海峡の向こうに影響力を広げようとしているって、本気で考える人達が増えるに決まっている。
まったくこれっぽちもそんな気はないから。
影響力を増やしてどうするのさ。
ベジャイアもシュタルクも大変ではあってもいい方向に進んではいるようなので、遠くから応援だけするつもりよ。
平和万歳。
おかげでデビュタントもカミルとの正式な婚約も無事に済み、秋にはクリスお兄様とスザンナの結婚式が盛大に行われる予定だ。
成人して、私の生活はがらっと変わった。
公爵家に嫁ぐのだから学ぶことは山のようにあるはずなので、週の半分はルフタネンに滞在することになったからだ。
それは以前から決めていたことだし、モニカが苦労しているのを見ていたから、つらいこともあるだろうけど頑張ろうと覚悟をしていた。
皇帝に嫁ぐのとは全く別の話だっていうのはわかっているのよ?
あちらは国の最高指導者だから、皇妃の大変さに比べたら私の苦労なんて可愛いものだとは思う。
でも外国の公爵家だよ? 習慣も礼儀作法もまったく違うでしょ。
見た目からして明らかに違う私が、ルフタネンの貴族社会に溶け込むのはそう簡単なことじゃないはずだ。最初は疎外感を感じることもあるって思うのが普通だ。
でも蓋を開けてみたら、勉強することはあまりなかった。
ルフタネンはおおらかな国民性の国で帝国に比べて礼儀作法が簡単なので、最初の一か月でマスターしてしまった。
歴史についても、賢王について知りたくて以前詳しく調べた過程で、重要なことは全て覚えていたようで、新たに覚えなくてはいけないことはほとんどなかった。
オタクって興味を持った時の掘り下げ方がすごいじゃない?
興味のあることを覚えるのって簡単でしょ。
というか、覚える気がなくてもいつの間にか覚えている。
同じ会社にいる人の名前と顔が一致しなくても、アニメやゲームのキャラは全員ばっちり性格や生い立ちまで把握しているのがオタクだ。
まさかこんなところでオタク脳が役立つとは。
「あとは貴族の相関図を作ればいいかな?」
「相関……なんですかそれは」
「貴族の人間関係をわかりやすくまとめたものだ。義父上の書斎の壁一面に帝国の高位貴族の相関図が貼ってあった。ディアが幼い時に貴族の力関係を学ぶために作った物を基礎にして、半年ごとに新しいものを作っているんだそうだ」
「それは……外部には見せてはいけない重要な情報なのでは?」
「ああ、俺も正式に婚約するまでは見たことがなかった」
カミルとサロモンが小難しい表情で話しているのを、私は庭を眺めながら聞いていた。
まさか相関図が部外秘の重要情報になるなんて思っていなかったのに。
外国の人達からしたら、欲しくてたまらない情報の宝庫らしい。
お父様やクリスお兄様が次の相関図を作る時のために、何か変更が出るたびに注釈を入れるのがいけないのよ。
それより、カミルは義父上って呼ぶのにだいぶ慣れたみたいね。
婚約してすぐに、
「あなたは私の息子になるんですもの。母と呼んでほしいわ」
って、お母様に言われた時には固まっていたっけ。
両親との記憶のないカミルにとっては、父母と呼ぶ相手が出来るのは初めてのことで、緊張半分照れ半分で、なかなか自然に呼べなかった。
「相関図には大変興味がありますが、人間関係などの細かいことはゆっくり覚えてくだされば問題ないです。たぶんディア様が嫁いでくることによって、ルフタネンの貴族社会は大きく変化すると思いますし」
「え? なんで?」
「ディア様が気をつけなくてはいけない相手などルフタネンにはおりません。国王夫妻も王族と思って接するようにと貴族達に伝えているそうです」
「え? カミルの王位継承権が復活なんてことはないでしょうね。……サロモン、今、目を逸らしたわよね。ちょっと!」
「うわ、迫らないでください。近い。近すぎます」
「ディア、それ以上サロモンに迫ると、この男が国外追放になるからやめてやってくれ」
「ひどいじゃないですか!」
「今、わざと目を逸らしただろう」
「はて、なんの話……うわ、首が締まります。死ぬ! 死んでしまう!」
カミルの方がサロモンより背が高いので、タイを掴んで引っ張ると首が締まるのよ。
でもあれだけ元気に騒いでいるから、たいして苦しくはないんだろう。
「じゃれてないで説明して。王位継承権復活は?」
「ない!」
「ありません。ありませんけどディア様は影の女王みたいなもんじゃないですか。ベジャイア国王を顎で使い、シュタルクの救世主で、帝国皇帝の妹のような存在。精霊王がいなくても敵対出来る人間などいません」
誰がいつベジャイア国王を顎で使ったのよ。
シュタルクでは私より、避難民救済をしていたカーラの方が人気よ。
二度も王族がニコデムスと組んで国を滅亡の危険に晒したのだから、もう国王などいらない。議会政治にするとでも言い出すと思っていたのに、辺境伯子息とカーラという物語の主人公になりそうなカップルの出現で、シュタルク国内は盛り上がっているんだってさ。
少しずつであっても復興が進み、日常生活を取り戻す人が増えてきたので、明るい話題が喜ばれたのかもね。
「いいじゃないですか。妖精姫と親しく話し精霊を大切にしているバルターク国王も、人気急上昇中だそうですよ。カーラ様も平民相手にも優しく進んで治療を行っていたという話が広がり、親のせいで平民になってしまった過去の苦労も美談になり、国民に大歓迎されています。妖精姫の幼馴染のシュタルクの聖女とまで言われているそうですよ。誰かの思惑がどこまであるのかないのかはわかりませんが、世界が平和なのが一番です」
「そうだけど……」
「ディア? どうしたんだ?」
「みんな、私が怖いんじゃないかしら」
ルフタネンの社交界に溶け込むためにはお友達を作らないと駄目だと思って、少し前にお茶会に参加したのよ。
新しいお友達を作るってどうやればいいんだろうって、ドキドキしながら相手の屋敷に行ったのに、大歓迎されたというかなんというか。
「ようやくお目にかかれましたわ」
「是非お話したいと思っていたんです」
「ご覧になって。紫色の瞳がとてもお美しいわ」
頬を染めて、少し照れくさそうに、でも嬉しそうに話しかけてくるんだけど、それでいて緊張しているのが伝わってくるの。
失言しないように、怒らせないように、家族にきつく注意されてきたんじゃないかな。
馴れ馴れしくするお嬢さんも、ましてや私の話に反論するお嬢さんも誰ひとりいなかった。
彼女達はカミルに対しても似たような態度なのよ。
北島で一番身分の高い男なんだから、当たり前だって言われりゃ確かにそうなんだけど、頬を染めて、ほうっと熱い溜息を吐いていたので、カミルに好意を持っているはずなのに、けっして彼の近くには行かないの。
「俺がモテる? ないない」
「がさつですからね」
いやどう考えてもモテるって。
ただみんな、私を怒らせたくないだけだ。
ルフタネン沈没なんてことになったら大変だと思っているんだ。
いいのよ、私は怖がられたってさ。
新生ディアドラになると決めたあの日から、私は強い女になったんだ。
ただ気を遣わせるのは申し訳ないから、お茶会には参加するのはやめようかなって思っているのに、招待状がわんさか送られてくる。
どれに出席した方がいいかカミルとサロモンに選んでもらおうとしても、こいつら、
「好き嫌いで選んでも平気だよ」
「招待状が気に入ったとか、字が綺麗だから選んだとかでいいんじゃないですか?」
真面目に考えやしない。
穏便に平和にルフタネンに溶け込もうとしている私の気持ちをもう少し考えてよ。
「もう勉強することがないなら、週の半分もこっちにいなくてもいいかな」
「え?」
「半年経たないで学ぶことがなくなったって、家族にいばっちゃおう」
「やめてくれ。そんなこと言ったら、義父上やクリスがルフタネンに行かなくていいって言い出すじゃないか。サロモン、真面目に茶会の相談に乗れよ」
「真面目に答えていますよ。でもそのくらい、妖精姫を敵に回そうとする人間はルフタネンにはいないんですよ。それをわかっていないのはディア様だけです」
「私がどうこうじゃなくてね、私のせいで肩身の狭い思いをする子がいたり、軽んじられたりする子が出るのが嫌なのよ。だから相談に乗ってって言っているの」
「おお、そうでしたか。さすがです」
「ディアは優しいな」
お兄様達と話している時と同じような感じがする。
私の周りの男共は、どうしてこういうタイプばかりなんだ。
「勉強がひと段落したのなら、協力してほしいことがあるんだ」
「お? なになに?」
「楽しそうだな」
「何か問題が起こった? それとも商会の話?」
「いや、問題は何もない。ただ、きみはまだ西島にだけ行っていないだろう? 西島の人達がそれを気にしているようなので、伯父上に時間がある時でいいからディアと一緒に現状視察に来てくれないかと頼まれたんだ」
私の顔が役に立つのなら、いくらだって行きますよ。
でも、北島の人達でさえいまだに私に遠慮しまくりなのに、西島の人達は大丈夫かな。
「西島の復興は順調なの?」
「産業は順調だが……貴族の半分が砂になったので、帝国以上に深刻な貴族不足になったのは知っているよな」
「そりゃなるでしょうね。次男三男で分ければいいんじゃないの?」
「そんな単純な話じゃない。島が分かれていてもひとつの国なんだ。貴族のいなくなった土地は王家に戻される。そして、功績のあった貴族に与えられた」
「他所の島の人達?」
「西島の者もいるが、半分以上が他所の島の者達だ。中には主だった者達が砂にされ、残った者では家を維持出来ず、金のある平民と縁組した者もいる」
もともと西島で代々貴族だった者達と他所の島から来た者達と、平民上がりの者達の関係って上手くいくものなのかな。
復興しなくてはいけないからって協力出来るものなの?
人間関係がものすごく面倒なことになっていない?
「感情に走っている状況ではない。西島貴族全員で協力しなければ、他の島との経済格差が広がりベジャイア復興にも後れを取ると考えるようになるのに三年近くかかった」
「うわあ」
「ベジャイアにはバルターク国王という国民からの信頼を勝ち取ったリーダーがいる。ガイオという英雄もいる。西島は皆の意見を尊重するやり方なのはいいんだが、なかなか前に進まないんだ」
リントネン侯爵家は北島出身ということで遠慮がちで、ガイゼル伯爵は精霊王に砂にされた第三王子の親戚だからと一歩引いて、リントネン侯爵家を立てようとしている。
もうひとつの侯爵家は後継者争いでバタバタしていて、残りの伯爵家達は失敗がこわくて様子見状態。
「私は行かない方がいいんじゃない?」
「これ以上行かないと、精霊王がまだ西島を許していないせいで妖精姫が来ないのではないかと、西島の貴族達が深刻になってしまってな」
ルフタネンに嫁ぐ以上、西島に顔を出さないわけにはいかないわよね。
顔を見せればそれでいいんでしょ?
おとなしくしていればいいのよ。
オケ。大丈夫。楽勝よ。




