5,裏の一幕
日が暮れて灯がともされた夜がすぎ、王城内の仕事も終わり、働く人々の大半が帰宅し終えた夜中。
女官長は、十数脚の椅子に囲まれた円卓を備えた部屋の最終チェックをおこなっていた。見習いの頃にさんざんしてきた掃除を管理職になりおこなっている女官長こと【終末機械 トリプルチューズデイ】は、複雑な思いだった。
女官長は、長年、王妃【幽閉言語 ヒステリックネオテニー】の傍に仕えていた。十八歳になる第一王子の出産も手伝った。
王子には稀なる魔物を引き寄せる体質が備わっていると判明すると、この円卓を備えた内々の会議で、第一王子隔離が決定し、赤子一人を、王城の外れに建てられた塔を備える屋敷に軟禁した。
どうしてそんなことが分かるのか、魔法の深淵を知らない女官長は理解できなかった。
ほどなく、頻繁に山間から魔物が現れるようになる。王子護衛という名目の、国を守る最前線を担うは、長らく現将軍であった。王子が寄せた魔を払うことは、王城そしてその向こうに広がる人々を守ることにもつながる。
王子でありながら、国を脅かす。
なんという運命かと呪いたい。
しかしだ。女官長の胸が痛むのは、そんな隔離された王子の姿ではなく、生まれて間もない我が子を取り上げられ嘆く王妃の姿であった。昨日のことのように覚えている。
女官長の瞼の裏と耳裏に、嘆きはこびりつき、剥がれ落ちぬまま年月だけが過ぎた。
部屋の扉が開く。
「女官長、準備は終わったか」
現れたのは、議会のまとめ役たる議長【虚構執行 マーダートリック】である。手には書類を持つ。
「はい、準備はととのいましてございます」
「そうか、ならば、席を外してもらおう。室内の清掃などは明日たのむ」
「かしこまりました」
女官長の役目は終わり退室する。
議長は卓上に置かれた水差し、コップなどを見回る。手にした書類を一枚ずつ席ごとに裏返して置き終えて、座った。
その後、続々と参加者が入室する。
封筒を手にした魔法術師協会の会長【禁断協会 サブリミナルカタルシス】が、魔術長【禁断関数セラミックカタルシス】と魔法長【蠢く研究ウィアードパラノイア】を伴い、さらにエクリプスを引き連れてきた。
続いて、二つ折りの書類二枚を手にした将軍【火炎無明ヴォイスレスブラスト】。騎士らしき男を一人連れてきた。
最後に現れた王【幻影真紅 ヴァニシングクリムゾン】の背後には、宰相【呪言解体 アサルトブレイカー 】と宰相の子息サッドネスが控えていた。
円卓に座ったのはちょうど十人。そろったところで、宰相がぐるりと見回し、話を切り出した。
「今宵は、第一王子の処遇について最終確認をさせていただきたい。同行者への周知と確認のサインはもらってきているだろうか、魔法術協会会長に将軍、いかがかな」
「リオンとライオット共に確認しサイン済みだ」
「私もアノンの了承は得ている」
二人はサイン付きの書類を差し出した。それをサッドネスが回収し、父の元へと届ける。宰相は渡された書類を一枚づつ確認し、顔をあげた。
「ありがとう。これで、明朝四人は、魔王討伐の名目で旅立つことが決まった。今回は議長の計らいで、議会の調整もかなった」
淡々とした宰相の言葉に、議長は眉をひそめ嘆息する。
「立太子前にとは思っておりましたが、ギリギリとなり申し訳ない。主議題である第二王子関係の裏で動いていたものの、やはり長子王太子派も少なからずおり、まとめるまで時間を要してしまった。
議会の六割は貴族議員。うち三割を討伐肯定、二割を不動。一割反対派で動かした。市民議員はその動向に合わせて、勝ち馬に乗りたい者が肯定派に与し、議会了承半数は得ているとし、調整役の貴族議員二割を、肯定と反対で割り振り、もつれた様相にて、五割八分肯定票獲得承認にこぎつけた。
重ね重ねギリギリとなり、申し訳ない」
「第一王子の勇者任命、魔王討伐の議会の承認まで尽力ありがとう、議長。続いて、王子たちの動向監視について頼む、将軍」
将軍が拳に親指を立てて後ろを示す。
「この男に陰ながら追跡させる。魔法術協会の魔術師から提供を受けている連絡用術具を使用し、王子たちの動向を追う。
今日、【眼球 サイコ】の出現を俺にいち早く伝えたのもこいつだ。表向きは騎士だが、諜報活動を主体に動く【圧殺隠者 ソリタリープレッシャー】という」
「確かに、彼の連絡は早かったな」
宰相も相槌を打つ。
「続いて、魔族の国への派遣の件だが、一人は私の隣にいる、息子のサッドネスをおもむかせる。もう一人は魔法術協会より一人選出してもらうはずだが……」
「私どもからは、こちらに座る魔術師エクリプスを派遣する」
「ありがとう、会長。二人には、ひとまず密書を魔王に届けさせる。今後の対応は追ってということで、よろしいか」
全員、頷くともなく、無言の肯定を示した。
会議が終わって後、宵闇のなかでエクリプスとサッドネスは、密書を手にし、城の裏口に立っていた。魔王城へ向かうために用意されるはずの馬車を待っているのだ。
「俺達もすっかり使いっぱなしだな」
「まったくだ」
エクリプスの愚痴に、サッドネスも同意する。
「魔王城へ到着予定時刻は明日の昼過ぎ。馬車を走らせっぱなしでないと到着しないだろう。御者もいないから、互いに交代して一晩中進むしかないときている」
エクリプスはうんざりと空を見上げる。
「まったく不条理だな」
「勇者四人のひどい扱われ方だけでなく、こちらも大概だろ」
そこに馬車が滑り込んできた。
走らせてきた御者の顔をみて、サッドネスとエクリプスは驚いた。手綱を握っていたのは【圧殺隠者 ソリタリープレッシャー】であった。
「サッドネス様、エクリプス様。日の出までは、私が手綱をにぎります」
さすがのサッドネスもこの手配は聞いていなかった。
「君も君の仕事があるでしょう。フェルノ様一行は明日の朝、出立する。私たちの代わりに馬を走らせて、戻ってはその時刻に間に合わないのでは……」
「心配及びません。初日の野営地点までは、将軍に指定され、リオンとライオットには伝えられています。私は、お二人の馬車を明日の朝頃まで走らせてから戻り、初日の野営地点を監視すればよいのです」
サッドネスは苦笑する。
「それはまた周到ですね」
「表通りを歩き、魔物を人々の生活域に呼び寄せても困りますからね。裏からまわるよう初期ルートは指定されているのです。また、その野営地から魔王城がはっきり見えます」
「魔王討伐ですからね。魔王城を目的地にするのは王道ですね」
馬車にエクリプスとサッドネスが乗り込むと、馬がいななき、すぐさま走り出した。