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4,不自由な立場

 王城につくと、女官たちがフレイ姫を取り囲んだ。サイコが出たという知らせが通っていたのだろう。慌てた様子で彼女をさらうように連れて行く。


「リオン様、ありがとうございます」

 去って行く姫が礼を述べたので、深く一礼して、彼女が廊下の角を曲がるまで、リオンはその場にとどまった。角を曲がる時、もう一度ちらりとこちらを見た気がした。


 嘆息する。


 リオンは平民である。妹姫と立場上、騎士であっても交流を持つことなど不可能なのだ。第一王子が妹姫の気持ちを慮っても、リオンは立場というものを忘れるわけにはいかなかった。リオンはフェルノの護衛である。彼が動けば、共に動く。


 いずれ時が過ぎ去れば、姫の気持ちも変わるだろう。リオンはそう思い、いつも淡々としていた。


 第二王子の立太子も控えている。将軍に呼ばれたとなれば、理由は一つしかなかった。



 リオンはそのまま、将軍の執務室へと向かう。

 長い廊下を歩いていると、「リオン」と声をかけられた。


 振り向けば、第二王子 【紅蓮支配 シンプルブラスト】 こと、ブラスト殿下が駆け寄ってくる。

「お久しぶりです。リオン殿」

「お久しぶりでございます。殿下」


 リオンは立ち止まる。現在十二歳の第二王子は立太子を控え忙しいはずである。それでもリオンに駆け寄ってくるのは、彼の指南役がリオンだったからだ。


(そう言えば、あの頃から、フレイ様はよく見学にいらしていたな)

 ふとリオンは、どうでもいいことを思い出した。


 リオンはフェルノ付きの護衛となったのは二年前だ。その前は四年程この第二王子に武器の使用や戦い方などの手ほどきをさせてもらっていた。平民のリオンにどうしてそのような役が回ってきたのかは知れないが、武器の使用に長けて、年齢が近い者から選ばれたのだろう、と軽く考えることにした。深く考えると王族にまつわることは、泥沼にはまる。

 出会った当時六歳だった第二王子も今では十二歳である。時が経つのは早いものだと、年寄じみたことをリオンは感じ入る。


「珍しいですね。こちらにいらっしゃるなど」

「はい、将軍に呼ばれまして、執務室へと向かう途中でございます」

「そうか、僕も途中まで一緒に行こう」


 そう言うなり、第二王子は前を歩き出す。立派になったものだなとリオンの胸も熱くなった。他愛無い会話を交わし、並び廊下を歩いた。


 第二王子と別れ、リオンは将軍の執務室の前へ到着する。扉をノックすれば、かすかに「入れ」と聞こえた。

 リオンは扉を開ける。

 大きな執務用の机で雑務をこなす将軍【火炎無明ヴォイスレスブラスト】がいた。


「悪いな。ここまで出てきてもらって」

 顔を見るなり、手を止めた将軍が大きな体で、ゆったりと椅子にもたれた。


「いいえ。第二王子の立太子も控えており、そろそろと思っておりました」

「そうか、すでに心の準備はできているか」


 将軍はそう言うなり、一枚の書類を机の端に寄せた。

「内容は予想がつくと思うが、詳細確認のうえ、サインが欲しい」

 リオンはその書類を手にし、内容を改めた。




 ライオットが将軍の執務室へ行くと、すでにリオンがいた。


「おお、ライオットもきたか」

 将軍が手を挙げた。もう片方の手で、リオンから受け取った書類を、引き出しにしまった。


 ライオットは一礼し、リオンの隣に立つ。


「リオン。お前は先に戻れ。騎士二人共がこちらにいるのもよろしくない」

「はい。失礼いたします」

 軽くライオットと挨拶し、リオンは退出した。



 リオンの気配が消えてから、将軍は机から書類を取り出した。ライオットに向けて、ひらりと差し出す。

「ライオットにも書類がある。内容を確認し、サインを頼む」


 受け取ったライオットは内容を丁寧に確認する。後半の文面を見て、重々しい気分になった。

「将軍。俺、この最後の役割はいらないんじゃないかって思いますよ」

「そう言うな」


 ライオットは難しい顔をして、うつむいた。片手を頭にのせて、髪をぐしゃぐしゃっとかく。

「俺は、この面子に不要なんじゃないかって、常日頃から思っていますよ」

 思わず本音が漏れる。


「仕方ないだろう。適任者として選ばれたんだ」

「誰が選んだんですか」

「さあな。嘆いても、泣き言を言っても、決定は変わらないぞ」

「わかってますよ」


 将軍がライオットにペンを差し出す。受け取ったライオットは、紙を机の端に置き、サラサラと書類にサインをした。


「本当に、俺は役に立ちませんよ」

 将軍に念を押して、ライオットは辞した。

 

 ライオットが屋敷に戻る途中、エクリプスとサッドネスとすれ違った。エクリプスは「後で、魔法使いがくるからよろしく」と言って去って行った。




 アノンが本を抱えて、うとうとしていると、扉のノック音がした。窓の外を見ると、空の一部が朱に染まっている。

 塔の最上階から見える夕日と朝日はとかく美しい。


「どうぞ」

 声をかけると、魔法使いの 【贖罪無為 ゴシックペナルティ】こと、ゴシックが入ってきた。若白髪が混じる黒髪の男は、霞がかった黒目を細める。


「久しぶり、アノン。調子は良さそうだね。私を呼ばない日々が続いているじゃないか」

 大ぶりな仕事道具をつめた鞄を下げている。なにが入っているのかは知れないものの、心配性なのかいつもたくさんの荷物をゴシックは抱えている。


「おかげさまで、悪くはないですね。フェルノの傍にいれば、魔物が寄ってきますから、魔物の核も手に入りやすいですし……」


 アノンが机を指し示すと、ゴシックはそこにどんと鞄を置いた。


「最近は特に問題も起きなくなって良かった。年齢を重ねて、落ち着いてきたんだよ」

「子どもの頃みたいな暴走はしなくなりまたし、フェルノの傍にいたら極度の飢餓感もないです」


 言葉を交わしながら、ゴシックは医療系の魔術具を並べる。


「難儀な体質だよね」

「僕も、フェルノもね」

「普通に生きることも、自由にすることも難しいのだから」


 アノンは斜め下に視線を落とす。

(僕なんかが、普通に生きれるわけないでしょ)




 夕刻に現れた魔法使いは、屋敷の主であるフェルノと挨拶を交わし、塔にのぼる階段へ消えた。フェルノは、広い居室のソファーで天井を仰ぎ見る。

 名ばかりの勇者であり、公表はされないだろう。ただ公式な文書に残される場合に、魔王討伐の勇者として旅立った、と残ればいいのだと理解していた。


 体質については隠され、真実が、魔を寄せてしまうため人間が住む国に住まわせておけず、殺すわけにもいかず、生かした結果、追放するしかなかった、なんてことは残しはしないのだ。


 フェルノは、片手で額から後頭部に向けて髪を撫でた。年内に入り、弟である第二王子の立太子が決まっていこう、いつでも旅立てる準備はし終えていた。


 書面に書かれていた文言の要約を振り返る。


 ーー 明朝、魔王城へ魔王討伐のため、勇者として出立せよ。 ーー


 誰もいない居室にて、隠す必要がない、やさぐれた自嘲を口元に浮かべた。

(出立の日取りさえ自由にならなかったね)

 フェルノは目を伏せる。美は、剣呑な思考を隠し、周囲に女性がいればため息をつきたくなる憂いあふれる表情として花開く。


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