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3,追放宣告

「結論から頼むよ。サッドネス」

 フェルノは、茶器をテーブルに置く。組んだ足の膝に両手を添えた。



「では」

 サッドネスは背筋を伸ばし、書類をフェルノの前に差し出した。

「この度、フェルノ様を魔王討伐の勇者に任命する決定がくだされました」

 これが形式的な任命だと互いに理解しつつ、サッドネスは結論を告げた。


 理由など不要だった。第二王子が立太子する日取りが決まった以上、魔寄せ体質のフェルノは国に留め置く必要がなくなった。形式的な体面を保ったうえで追放することが予定通り遂行されるにすぎない。いずれは訪れる日を、指折り数えて待っていたのはむしろフェルノの方だ。




「私が勇者か。面白いね」

 くすりとフェルノは笑む。

「同行者は、いつもの顔ぶれかい」


「はい。黒騎士リオン、白騎士ライオット、魔法使いアノン。この三人になります」

「ここの暮らしと大差ないね」

「引き継いでの護衛となります」

「護衛ねえ……。うん、わかったよ。じゃあ、私はこの書類に承諾のサインを求められているのかな」

「さようでございます」

 サッドネスが、懐からペンを取り出す。受け取ったフェルノは、ざっと書類に目を通し、さらさらとペンを走らせる。


(わざわざ勇者と名付けて追放しなくとも、毒殺でもして消してしまえばいいのに……)

 フェルノは、涼やかな笑みを浮かべながら、心の内にてひっそりと自嘲した。




 塔から降りてきたライオットが外に出ると、第一王子とサッドネスが座っていた。ちょうど、第一王子は手にしていたペンを置いたところだった。


「フェルノ様」

 ライオットが声をかけると、二人同時に振り向いた。

「御無事でしたか」


 フェルノは柔らかく笑む。

「ライオットのおかげだよ。いつもありがとう」


「いえ、俺など力及ばず、余計なことばかりしてしまって申し訳ないです」

「そんなことはないよ。サイコを凍らせただろう。槍を使った氷結魔法は見事だった」

「光栄です。心よりありがとうございます」

 ライオットは目礼し、顔をあげる。


「サッドネス殿もお久しぶりです」

「ライオット、良いところに来てくれた。君にも用事があったんだ」

「先ほど塔の階段でエクリプス殿とすれ違いました。その時、将軍の呼び出しがあると聞きました」

「ああ、そうだ。できたら、すぐに行ってほしい。さっきリオン殿にも、姫を送ったら、将軍の元に行くように伝えてある」

「そうですか……。しかし……」

 ライオットはちらりとフェルノを見つめる。白騎士は立場上ここを離れて良いものかと惑う。


「行っておいで、ライオット。将軍もお忙しい、今回の件は急ぎだろう」

「しかし、フェルノ様」

「ここには私とエクリプスが残る。騎士二人が少々席を外しても問題はない。今しがた魔物が出たばかりで、すぐに新たな魔物が出ることも経験上ないだろう」

「サッドネス殿がそうおっしゃるなら……。では、早めに戻ります」


「行ってらっしゃい、ライオット」

「行ってまいります。フェルノ様」


 王城へ続く細道を走り出した白騎士を見送ると、「今日は良い天気だね」とフェルノは珍しい客人と世間話を始めることにした。騎士二人がいなくなり、暇つぶし相手ができた。





 白騎士が出て行った塔の屋上で、魔法使いアノンは小瓶を手にした。キュッと蓋をひねり開る。スノーボールを一つつまみ口に含む。サクサクと食べながら、愛用の椅子に腰をかけると、背もたれに深く身を沈めた。


 ここはアノンの実験室であり、自室であり、書庫である。屋敷に備えられた塔の最上部だ。ワンフロアまるまる一人で使用している。

 アノンはもう一つ菓子を口にほおり投げ、イライラと食む。


(お節介やきの白騎士め。魔法使いが弱いとでも思っているのか)

 

 彼が手を出さなくても、魔物の核を手にし、空へ飛び去るぐらいわけないのだ。騎士に比べたら弱々しく見えても、魔法の引き出しも多い。ある種万能な魔法使いは、騎士風情に引けを取るようなことはない。


 特に、アノンは魔力量が桁外れだ。更に、魔力を大量に貯蔵できる体質も持っている。魔物の核を食べて補充すれば、内から外からあふれる魔力は無尽蔵と評してもいいだろう。


(騎士に援助を乞うほど、困ることなんてないのだ。たとえ、黒騎士の矢に巻かれても、なんとでもしてやる)


 アノンは、スノーボールをもう一つ口に放り投げて、瓶のふたを閉めた。椅子の軋みを楽しみながら、ぼんやりと天井を見つめる。

 とんと机に小瓶を置く音と部屋の扉が開く音が重なった。アノンは眼球だけ動かし、扉を見た。


「アノン、いるか」

 聞きなれた声とともに、部屋の扉が開く。

「エクリプス」

 アノンは前のめりに椅子に座りなおす。


「邪魔するぞ」

 入ってきた魔術師は、後ろ手で扉を閉めた。


「ひさしぶりだね、エクリプス」

「ああ、元気だったか」

「まあまあだよ」

「そうか。アノンが元気だとほっとするよ。呼ばれないことはいいことだ」

「そう? そんな挨拶をしにきたわけじゃないよね」

 アノンは小首をかしげた。


「アノン。命がくだされた」

「ふうん」

 アノンの返事は空っぽだ。

 興味はなかった。ずっと前から決まっていたことを実行しろというだけにすぎない。


「それで、今日の夕方に魔法術協会の魔法使いが旅立ち前の検診をしたいというのだが問題ないか」

 

 用事はあると言えばあるし、ないと言えばない。協会もそれを知っているはず。これは確認というより、強制である。

「それ、断れないやつだろ」

 ひねくれた返事に、魔術師は苦笑する。


「分かっていてくれて助かるよ。仕方ないよな。なにも無い時はなにもないくせに、動くときは一気に動く」

 エクリプスはポケットから、一通の手紙と小瓶を取り出した。机の上に手紙をのせ、その上に小瓶を置く。中身はスノーボールだ。


「手紙とお土産だ」

 

 アノンは目を輝かせる。未開封のスノーボールが入った小瓶に手を伸ばす。

「ありがとう、エクリプス」 

 素直な子どものように笑った。


 その笑顔がどれだけ愛らしいか自覚のないアノンに、エクリプスは、苦笑交じりに嘆息する。


 魔法使いアノンは気難しい。それは間違いないことだ。しかし、生来の彼は素直だ。ただ、彼が魔物の核に飢えるほど魔力を欲する異常な体質を持っていることが、彼の負担となり、人格へ影響を及ぼしている。エクリプスは、彼をよく知る人からそのように聞いていた。


 スノーボールを好む少年は、第一王子と同じぐらい厄介な体質を抱えている。王族のフェルノと王家の血を少なからず引く公爵家のアノンは、望まない体質のため、苦労を強いられていることをエクリプスは知っている。知っていても、何もできないこともよく分かっていた。


「この手紙はなに。見ておけばいいの?」

 小瓶の下に引かれた封書にアノンは触れる。


「いや、ここで、なかの書類を確認して、サインが欲しいんだ」

 アノンは封を開けて、書類を確認した。一読して、近くにあったペンを手にしサインした。封筒にもう一度書類を戻し、アノンはエクリプスに手渡す。


「これでいいだろ、エクリプス」

「ああ、ありがとう」

「フェルノが勇者ねえ」

 アノンが冷ややかに笑う。

「あの人任せ王子様を追い出すにしても、その肩書はないよね」




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