48,学園への誘い
異世界に飛ばされたフェルノは宗教を重んじる環の国に聖女として召喚された。この国の現状を聞いたフェルノは、三百年前に滅ぶことになった魔神が復活すれば、この脆弱な世界はひとたまりもないと懸念する。
そんななかで、フェルノはアストラルから学園という学び舎に誘われた。
「学園ですか」
フェルノは拳を顎によせ、視線を落とす。
(城の一角に閉じ込められるよりいいかもしれない)
リオンの能力で自由に動けるが、フェルノはそうはいかない。
アストラルからの誘いは、この国がどんな国で、どんな人々が住んで暮らしているのか知るチャンスになる。学園に行くという理由をもって行動範囲や見聞を広げられる。
「そうですね。学園ですか。行ってみたいですね」
ぱっと明るい表情を作り、華やいだ笑顔を添えたところで、背後から手が触れた。
空間がすっと変わった。リオンが時間を止めたと瞬時にフェルノも理解する。
「どうした、リオン」
「フェルノ、何を考えている」
フェルノはゆっくりと後ろ上方に顔を向ける。
「単純だ、学園に行ってみる。それだけだ」
髪をかき上げ、息をつく。
「たまにはこの空間もいいな。猫をかぶるのもなかなか気疲れする」
「その割に、流ちょうなしゃべりっぷりでしたね」
「それは良かった。リオンに嫌悪されるぐらいではないと、演技のし甲斐もない」
リオンの嫌味をフェルノは懐かしく流す。
「フェルノ、あなたがこのままここに居たら魔神を……」
「引き寄せてしまうと思うよ」
リオンの言葉にフェルノは自分の言葉をかぶせ、にやりと笑む。
「街道での一件を思い出します」
「私もだ。しかし、魔神復活にはまだ時間がある。その間はここに居ようと決めた」
「なぜです。一刻も早く離れるのが賢明ではないですか。少なくともここに魔神が直進してくる状況は避けたいとは考えないのですか」
「そんなに私と駆け落ちしたいか」
リオンは分かっていて言っていると理解し、フェルノの人を食う笑みに白い目を向けた。
「冗談だよ」
「素のあなたはろくなことを言わない」
「どうも、お褒めに預かり光栄です」
「いい加減にしてください」
眉をしかめるリオンに、フェルノはふふっと笑う。
「では、真面目に話そう。
リオンにはその便利な能力がある。片や私は、このままだと自由はない。リオンの報告を部屋で待つしかないならば、アストラルからの申し出を受け、学園に行く方が、周囲の状況も直に目にすることができるだろう。許される行動なら広げておいて損はないと踏んだ」
「確かに、そうかもしれませんね」
「私のお願いは聞いてくれそうだしな。差し当たって、リオンと離れることもないだろう。落ち合った際はこの空間を活用し互いに状況を報告し合えばいい
「……」
「ところで、アストラル達の話を聞いて、リオンはなにを考えていた」
「フェルノが聖女であることが間違いであってほしいと思いました」
「国と宗教を背景に召喚をし、間違いを認めるようなことはまずないぞ。
聖女から引きずり降ろしてもらうために問題行動を起こすかと考えたが、それも賢明とは言えない。差し当たって、かよわい従順な女の子を目指そうと思うのだよ」
リオンはげんなりした。何も言う気にもなれないほどに……。
「私たちは、人間の国と魔物の国が協力し合って異世界に飛ばされた。
人間の国と魔物の国が異世界の存在を認知していなければ、魔道具師が私たちを異世界に飛ばす魔道具を作るわけがない。
始めから、異世界の存在を知っていたという可能性が高い。
ましてや、儀式で召喚した素性も知れない少女が国の危機に向き合えるものだろうか。
なあ、リオン。私は、【眼球 サイコ】を前にして怯え隠れる侍女の姿や、私やリオンがいながら慌てふためく妹姫を思い出すよ。
あんな少女に国の未来など託せないだろう。よほど切羽詰まっていなければ、現実的ではないとその選択に異論が出てもおかしくはない」
「確かに……」
「異世界がどんな世界か知らなくても、アノンはその存在を知り、飛ばすことに加担していた。
私は幼少期より、手厚い教育を受けている。アノンも魔力量から特別扱いを受けている。
リオンが私を守護し、ライオットがアノンを守護する。こちらの世界での君たちの役目だとするなら、私とアノンは同等なのかもしれないよね」
フェルノはリオンに悪戯心をもって問う。
「リオン、アノンが女の子になっていたらどうだ」
リオンは、またそんなことをと思いながらも、ありえると考えながら答える。
「どうもしませんよ。元々、女の子みたいでしょう。お菓子好きだし、小さいし、小生意気で、ローブ着てますから体形もよくわかりませんしね」
「つまらないね。驚かないんだ」
「太々しいあなたより、ましでしょうね」
「まし? どうかな」
「困惑してそうですよね」
「大変だな、ライオットも……」
フェルノはくすくすと笑った。
(どっちもどっちだろう)
リオンは呆れる。呆れながらも、アノンにはあの世話焼きぐらいが丁度いいとも納得できた。
フェルノにはリオン。アノンにはライオット。
この組み合わせさえ事前に検討されていたなら、もっと以前から異世界へ飛ばすことが考えられており、それこそが真の目的である可能性だとてありうる。
こんな食えない男に顔色一つ変えずにつき合っている自分もおかしいとリオンも自覚していた。
「リオン。これは仕組まれたことだと考えてみよう」
思考を読んだかのようなフェルノの言葉にリオンはドキリとする。
フェルノは前を向いた。リオンからは横顔も見えない。
「リオン、お前はこの能力を駆使して、城内を探れ。私は学園に行き、世情を見てくる。宗教国家なら、宗教施設はくまなく見てこい」
「わかりました」
「リオンとライオット、アノンがいてくれたら、魔神と対峙してもなんとかなると私は夢想しているよ」
フェルノの声音は静かで明るい。
リオンの世界から戻ってきたフェルノは、本日中に学園に行く用事があるというので、アストラルについていくことにした。
要人からの説明も一段落し、王城内の一室に案内される。
「すぐに制服を用意させます」
アストラルの言葉通り、衣類を持った侍女が現れ、フェルノの着替えを手伝った。
女性ものの下着を見た時は、さすがに苦笑いを浮かべた。体を見れば、身につけなければ動きにくそうなほどの大きさを備えており、やむなく着用する。
妹姫や祖国の侍女の服装しか思い浮かばないフェルノに、制服のスカートは短く感じた。膝こぞうが露になる衣装に少し驚く。
シャツ、短いスカートに上着。タイではなく、襟首にはリボン。ふくらはぎまである靴下に、ヒールのない靴。動き、歩きやすそうな仕様である。
(まあ、可愛いのかな?)
姿見の前で、体を左右にずらしながら眺める。髪の短さは変わらないまでも、侍女に梳かれ、艶がある。背面をうつし、腰を曲げて鏡を見る。腰の流線が女性らしい。臀部も男性時より、柔らかく見えた。
(これはリオンに見せに行くべきだろう)
にやりとフェルノは笑むと、弾む足取りで、隣室へと向かった。




