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2,来訪者

 澄み渡った空をフェルノは見上げた。何事もなかったかのように、空は高く、鳥が飛んでいく。青々とした芝生広がる庭には、黄色と白の蝶が飛ぶ。

 風景はのどかだ。時折、おかしなお客様が訪れる他は。


 ここは木々が重なる深い山のふもとであり、王城がある敷地内の最奥にあたる。

 国民にお披露目されていないフェルノは、王城暮らしの家族とも離れ、そこに建てられた高い塔を備える小ぶりな屋敷で暮らしていた。


 公の席に出ることのない第一王子フェルノには自身ではどうしようもない生まれつきの体質が備わっていた。美味しそうな餌として魔物が感じ、寄ってくる、魔寄せの体質。今日のように襲われそうになることもままある。


 近くにいる者さえも巻き込まれる特殊体質のため、フェルノは生まれた時から隔離された。長い年月、屋敷周辺しか知らずに育ってきた。


 それでも、立場上、第一王子のため食われて終わればいいともなれない。弟が正式に立太子されるまでは、予備として隔離されていたのだった。


 生まれが生まれのため、幼少より家庭教師は各種一流の人物がつき、以前は護衛に現将軍がついていた。与えられるものも一級品であり、食事も王宮勤めの料理人が持ち回りで担当している。昼間は、侍女もおり、庭師もいる。不自由はなかった。


 世間的には、療養中の王子を労わっているようにみえなくもない。国民には、病弱な王子が療養を続けていると吹聴されているらしい。

 どうあれ、外に出れないフェルノにはあまり関係がない。

 こうして妹姫がたまに遊びに来てくれる以外、世情とのつながりは薄かった。


 不自由な兄の元にせっかく来てくれた妹姫にフェルノは柳眉を曲げて笑む。

「興ざめさせてしまい、もうしわけないね」


 ふるふると妹姫は首を左右に振る。

「そんな気にしていません。お兄様の立場は分かっているつもりです」

「ライオットも、リオンも、もちろんアノンも……。みんな実力者だ。残念だけど、彼らほど力がないと私の傍にはいれないんだよ」


「お兄様……」

 苦笑する兄に、妹姫は言葉を失った。ある意味、もう来るんじゃないよ、と言われている気がしたのだ。


 妹姫の肩越しに、王城に続く長い細道を歩いてくる二人の人影をフェルノはとらえた。


(そろそろ、来ると思っていたが、これはタイミングが悪いね)

 歩いてくる二人ともさっきの魔物を見ているはずだ。フェルノ達が襲われるのはままあることでも、そこにフレイがいたことは由々しきことだろう。


(今回の件でフレイが遊びにくることも難しくなるよね)

 フレイが残念がると目に見えていた。


 フェルノは、リオンに柔らかい笑みを向ける。

「リオン。私に用があるのだ。塔にいるとはいえ、ライオットもアノンもいる。王城までフレイを送ってくれはしないだろうか」


 リオンはフェルノの命を断らない。彼は素直に礼をする。

 妹姫は目を瞬かせた。兄の計らいを、一瞬では理解しえなかった。


「ごめんね。私に用がある者が来たようだ。これでお開きになることを、許してほしい。機会があれば、埋め合わせしたいところだけど……。諸事情あるから、口約束も難しい。許しておくれ、フレイ」

 

 兄の物柔らかな声音にはっとしたフレイは、兄とリオンを交互に見比べ、「えっ、えっ」と慌てた。


 堅物のリオンの表情は変わらない。彼と彼女がどのぐらい、何を想っているのか。フェルノも察しはするも、確信までは持てなかった。ただ、リオンは断らないし、嫌がらないだろうとだけは分かっている。


「フレイ様」

 黒騎士リオンが胸に手を当てて、フレイの名を呼ぶ。

「はい!」

 半分上ずった返事をして、フレイはピンと立ち上がった。

「王城までお送りいたします」

「はい! お願いいたします!!」


(そんな悲鳴みたいな高い声を頭のてっぺんから出さなくてもいいのに……)

 フェルノは拳を口元に寄せて、失礼な笑いをこらえた。




 リオンとフレイが王城へと続く小道を進む。反対からくる二人の男とすれ違いざまに、言葉を交わしていた。

 彼らは姫にうやうやしく最敬礼を示した後、こちらへ近づいてくる。


 サイコが山から吹き下ろした風のせいで、テーブルの上にあった紅茶もお菓子も土埃を被ってしまった。騒動が終わり、侍女が屋敷から出てきて、テーブルの上を片づけ、新たな紅茶をフェルノのために淹れなおした。

 侍女は一礼し、食器類を持てるだけ持ち去って行った。彼女を見送る頃、やっと二人の男がフェルノの元へ到着する。


「フェルノ様。ご無事でしたか」

 

 話しかけてきたのは、宰相の子息である侯爵家長男、次期宰相として有力な【論理嗜虐 ロジカルサッドネス】こと、サッドネスである。こげ茶の髪をしっかりと整えた隙のない真面目な男だ。騎士と言えるまで鍛錬はしていないだろうが、細身の長身がすらりとした動きのしなやかな姿をしている。


「大丈夫だよ。あれぐらいなんてこともないよ。ここの護衛たちは強いからね」

「なによりです。フェルノ様、突然の訪問をお許しください。只今お時間はございますか」


 くすりとフェルノは笑む。

「遠慮することはないよ。今か今かとまっていたぐらいさ。その前に……」

 隣の魔術師にフェルノは視線を流す。

「エクリプスの用事は、アノンだろう」


 魔法使いと同じ黒いローブ姿の男にフェルノは笑いかけた。【魔導瘴気 エクリプスメソッド】こと、エクリプス。代々、高名な魔術師を輩出する伯爵家の者だ。

「お察しの通りです」

 常識人たるエクリプスは丁寧に頭を垂れる。黒目に長い紺の髪をゆったりとまとめる、体格の良い落ち着いた男だ。


「アノンは塔の上にいるよ。ライオットも一緒だろう。私を気にせず、行ってくれ」

「ありがとうございます。では、失礼いたします」


 エクリプスはフェルノの横を通り、屋敷の中へと消えて行った。


「さて」とフェルノは、サッドネスと向き合う。「座ってくれたまえ。立ち話もなんだろう」


 サッドネスが隣に座る。再び戻ってきた侍女が、彼に新たな紅茶を淹れた。

 先ほど汚れた残った茶器などをすべて片づけ、侍女が去った後、サッドネスは書類をテーブルの上に置いた。


「第二王子の立太子を控えまして、今後についてお話ししたくまいりました」

 サッドネスのかしこまった言葉を受けても、フェルノは穏やかだった。ただ、淹れたての紅茶に舌鼓を打つ。




 エクリプスは屋敷内に入り、執事や侍女に挨拶したのち、塔へと続く階段をのぼった。途中、ライオットとすれ違う。


 まいったなと言わんばかりに、首に手を当てて、渋い顔をしていたライオットが、エクリプスを見つけるなり人懐っこい表情に変わる。

「エクリプスさん。ご無沙汰しています」

「久しぶり、ライオット。相変わらず、気苦労が絶えなそうだね」

 二人は階段途中で足を止めた。


 ライオットは苦笑する。個人主義でマイペースな周囲と、どことなくそりが合わず、自己嫌悪になりかけることも多いなか、時折アノンを訪ねる魔術師だけがそれを察し、気遣ってくれていた。


「はは……、またやっちゃいまして……」

「気にするな。アノンが気難しいのは誰に対してもだ」

「なんらかんらと顔を合わせても、距離感つかめませんよ。俺がおかしいんじゃないかっていっつも思います」

「いや、ライオットは普通だよ。その辺は、アノンの境遇もあるから、許してやってくれ」


「許すも何も、仕方ないですよね」

「そうだな。下におりたら、サッドネスもいる。彼から将軍に会いに行くように言われるはずだよ」

「将軍、ですか……」

「ああ」

「……わかりました。ありがとうごいます」


 二人は上と下に分かれて、歩き出した。


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