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38,芝生を抜けると

 フェルノとアストラルが応接室で談話していると、扉が開いた。入ってきた白いローブ姿の男が、深く礼をしアストラルの傍で耳打ちする。「殿下。お車が用意できました」アストラルは「ありがとう」と軽く応じた。


(おくるま、とは何だろう)

 不思議そうな表情のフェルノに、アストラルは微笑み返す。


「フェルノ様。王宮へ移動する乗り物の準備が整いました。リオン殿もご一緒に、まいりましょう」

「はい」

 答えながら、(おくるまとは移動用の乗り物か)とフェルノは納得した。


 アストラルに案内され、フェルノとリオンは応接室を出て、廊下を渡り、神殿の出入り口へと向かう。出入り口付近には白いローブを着た人物が待っていた。

 

 手前で、アストラルが立ち止まる。

「今回の聖女様を召喚する儀式をとりおこなうにあたっての責任者です」


 待っていた白いローブを着た男性が頭を下げる。

「今後も何かとかかわるかと思いますので、ご紹介いたします。まずは【月光審問官 ヒステリッククライシス】司祭です」

 

 次いでアストラルは、ともに応接室を出てきた、呼びに来た者とお茶を淹れた者を示す。


「そして、こちらが【浮遊執行官 ホーンテッドフロート】神官と【推定灰燼 イリュージョンコラプション】神官になります。

 彼らも一緒に移動します。まずは王城へと向かいます。お話はそれからです」


 軽い挨拶を交わしたフェルノは、アストラルに急かされ、神殿の外に出る。

 建物の四方には芝生が広がっていた。彼方までそれは続き、芝生と空の境界線が、ガタガタと歪な稜線を作っていた。自然ではなく、人工物、おそらく建物の線だろうかとフェルノは想像する。


 立ち止まるフェルノとリオンに、先を行くアストラルが振り向く。

「どうされましたか」


 フェルノは、小首を傾げ、苦笑した。

「まさかこのような芝生の真ん中にいるとは思わなくて……。街が見当たらなく、驚いてしまいました」 

 本心で驚いていた。広大な芝生のど真ん中にいるとは思っていなかったのだ。


「驚かれるのも無理はございません。円形の芝生に囲まれた環の国の中心地は、この聖堂のみしかございません」

「中心地をですか! こんなにも広く芝生にされているというのですか!?」

 

 顔には出さず、違和感を覚えたフェルノは値踏みする。

(これだけの広い土地を作物も作らず、宗教のために無駄使いできるのか? この国はどれだけ宗教色が強い国なんだ。それとも国土がとてつもなく広い国か。無駄過ぎで、理解ができない)


 フェルノから見れば、ありえない土地の使い方だ。違和感を覚えながら、慎重に言葉を選び、問うた。


「では、芝生を囲うように街があるというのですか?」 

「さようでございます。聖堂と芝生の中心地を囲むように国が形成されています」


 穏やかなアストラルの答えにフェルノは絶句する。


(ありえない。真ん中が空っぽで、周辺を囲うように人が住むだって! 反対側に行くにしたって回り道だ。土地の使い方が効率悪すぎるだろう)

 上空からの国のあり様を思い浮かべ、フェルノは理解に苦しむ。


「急ぎましょう。ここは、あまり安全ではありません」


(安全ではない? こんな芝生しかない地が?)

 アストラルの言葉にフェルノはいちいちひっかかる。


 足早に進むアストラルを追う。数歩進むと階段があった。数十段のゆるい段差が広がる。下りきった先には、円形の道がある。階段とは対極に一本の真っ直ぐで平らな道が続いていた。その道がどこまで続いているのかは見えないものの、この土地を抜けるにはその道しかないと景色はしめしていた。


 階段を降りる間際まできて、フェルノは振り向く。


 真っ白い円型の建物がそびえている。屋根もふっくらと丸みを帯びていた。出入り口もアーチ状である。見たこともない建物に、フェルノは改めて、知らない世界に飛び込んでしまったと実感する。


「行きましょう。フェルノ様」

 アストラルの声がかかり、階段をゆっくりと降りた。リオンは、フェルノの背後に付き従い、共に降りる。

 おりきった先の道上にあったのは、二つの大きな金属の塊があった。


「これが、乗り物ですか」


 フェルノには金属の箱にしか見えない。入り口がどこにあるのかもわからない。窓が四方についており、椅子のようなものが見えた。


(なかに入っても外は見えるのだな。内部は馬車のような作りだろうか)


 アストラルが、金属の箱に手をかけると、かちゃりと音が鳴った。平面が突如、扉のように開かれた。内部にはやはり座りやすそうな椅子があった。

 二つの金属の箱のうち、後方の箱に司祭や神官が乗り込んでいた。


 とにかく立っていても仕方ないと神官たちを真似てフェルノも乗り込んだ。リオンも続く。二人が乗り込むと扉は閉められた。アストラルは前方の扉を開き入り込む。

 すでに乗り込んでいる者がおり、アストラルが「彼は運転手です」と紹介する。乗り物が動き出しても何もしないアストラルを見て、(うんてんしゅ、というのは御者のようなものか)とフェルノは理解した。


 乗り込んだ四人は無言だった。しばらく前進すると、芝生から抜けた。

 両側に植物が植えられており、多種類の花を咲かせる。風景が変わった瞬間、フェルノは違和感を覚えた。

 両手の平を上向ける。花の色どりが増し、王城と思しき建物が迫ってくるごとに、違和感がなお増した。


 フェルノは横に座るリオンに手を伸ばした。彼の太ももに指先を触れさせた。その手の感触に驚いたリオンが、時を止めた。

 世界は動きを止め、青白い膜につつまれる。


「どうされましたか」

 リオンがフェルノの横顔を見つめる。

「違和感を感じなかったか」

「違和感?」


「黒騎士は何も感じないか」

「どういったことでしょう」

 フェルノが訝るリオンの方に顔を向ける。


「花が咲き誇る庭に入った途端、魔力が抑えられた」

「魔力が……ということは、ここにも魔法が?」


「さあ、どうだろう。しかし、円形の芝生上にいた時には、魔力は自由に使えそうだったのに、この花咲く庭に入った瞬間に抑えられたのだ」

「俺は何も感じませんが……」

 手のひらを見つめて、リオンは呟く。


「おそらく、騎士程度の魔力量には影響ないが、魔法使いほど魔力を保有している者ならば、その影響を如実に感じるのだろう。私もこう見えて、それなりに備えているからね」

 

「俺やライオットなら影響はないと……」

「ただ魔力を発動しようとしてもうまくはいかないかもしれないよ。炎や氷は出せず、元々の剣技のみで戦わなくてはいけないかもしれない」

「……」

「違和感は感じなくても魔力をこれだけおさえられる場に入ったのだ。内側から大きな力を引き出そうとしても使えない可能性はあるだろう」


「では、アノンは……」

「おそらく、魔法使いの彼は致命的だ。ただの少年になると思っていてちょうどいいかもしれない」

「あの、アノンが使い物にならないと……」

「おそらく」


 フェルノはそこまで言って黙り込んだ。


(魔法や魔力があり、ただ力の使用に制限をかけているだけなのか。そもそもこの乗り物はどんな力で動いているのだろう。魔力で動いているのか、違う力で動いているのか。分からないことばかりだ)


 フェルノは、王宮の教科書で学んだことがほぼ役にたたないなと嘆息する。まさか、人を茶化すような、本心を隠して演じるという、暮らしの中で身についた一見無意味な癖の方が役立つなど思いもよらなかった。


「リオン。この世界に、魔法や魔力があるのか、まずはそこから確かめないといけないね。少々、アストラルと話してみようか」


 フェルノはそう言うとリオンから指を離す。時が動き出し、引いた手を、フェルノは膝に置いた。


「アストラル様。一つお伺いしてもよろしいでしょうか」

「なんでしょう、フェルノ様」

 笑顔で話しかけると笑顔で返す。

 アストラルの反応に、フェルノは自身を重ねみてしまいそうになる。同じ第一王子と言う立場が見せる錯覚だと内心笑う。


「私は、このような移動する乗り物をはじめて見ました」

「フェルノ様の世界には、車はございませんでしたか」


「ございません。一般的には馬車が主流でございます」

「それはそれは……」


「こちらには、馬車はございますか」

「馬車は、古いタイプの乗り物です。農耕地では、馬や牛も買っておりますが。都市部では、このような車が移動手段になっております」


「私どもの故郷では、珍しくはあるのですけど、絨毯やほうきで空を飛ぶ魔力を使う魔法使いがおります。こちらの世界には、魔力を使い空飛ぶ魔法使いなどはおりませんか」


「魔法使いですか」

 アストラルは驚きの声を発する。

「おとぎ話ですね。魔力を持ち、空を飛ぶ魔法使いなど昔話のなかにしかでてきませんよ」


「この世界に、魔力はないのですか」

「はい、子どもの絵本の世界にしか見られません。フェルノ様はとても可愛らしい世界からいらしたのですね」

 くすくすと笑むアストラルに、フェルノは困惑した表情を作った。


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