28、裏切り者
四姉妹の発言には、リオンとライオットも共感する部分があった。しかし、それはそれだった。裏でどのような命があっても、今はフェルノの護衛として二人は立った。
フェルノは少しだけ悲し気な表情を浮かべた。自身の気持ちはどうあれ、この体質に翻弄されて生きることになる。痛みはないわけではなかった。
どうしようもない。
どうしようもないものを、諦めて生きる。そういう生き方を主としてきたフェルノは、テンペストに切り返す言葉を持たなかった。力はあっても、彼女が望むほどの、安全を保障するには、言葉だけでは足りないのだろう。
作り笑いと、強さだけは、何かが足りなかった。
四姉妹はそれぞれの飛行道具を手にした。それを自在に操り、軽く空に舞う。橋の四隅に添えられた彫像、前方の二つに、テンペストとドリームが立ち、後方二つにエムとデイジーが立った。
同時に、アノンが叫んだ。
「これは魔術具だ!」
彫像に魔力を通すため、彼女たちが立ったのだと悟ったリオンは走りだした。
アノンは手にしていた四人乗りの魔法の絨毯に魔力を通すと、前方へと飛ばした。ライオットとフェルノの間をすり抜ける瞬間、絨毯は横から縦に向きを変え、すり抜ける。
ライオットは自分の横を何が飛んだかも分からなかった。一歩出遅れた、そう自覚し、槍の柄をしっかりと握った。
リオンは、四姉妹の中で最弱である四女が踏む彫像を的に定めた。腰に携えた剣の柄に手をかける。抜くと同時に、ドリームが立つ彫像を破壊しようと狙った。
ドリームの顔が恐怖に彩られたが、彼女を傷つける気はないリオンにためらいはない。狙いはあくまでも彫像一点。
腰を低めて、柄に手をかけ、剣を抜こうとした瞬間。視界が遮られた。リオンの視界から彫像も少女も見失われた。
目の前に、出現した絨毯に瞠目する。
目の前で、アノンが放った絨毯が剣を振ろうとしたリオンを止めた。
(ドリームが傷つくと思って守ったのか。あのアノンが?)
ライオットが振り向く。アノンは涼しい顔でこちらを見ている。片手は彫像に触れていた。
なぜ、アノンが放った絨毯がリオンの眼前を遮ったのか。ライオットは理解できず混乱し、惑うた。
「エクリプス。絨毯を返す」
アノンの強い声が響く。ライオットは再び、魔王城の入り口へ目をむけた。
眼前に絨毯が出現し、リオンはかたまった。
それがさっきまで誰が操作していた品か瞬時に悟ったリオンは、引き抜こうと構えた剣を抜けなかった。
背後から語気強い「エクリプス。絨毯を返す」というアノンの声が響き、さらに混乱する。
ライオットとリオンは、アノンが叫んだ名を知っている。しかしながら、その名の者がそこにいるとは想像もしていなかった。
((エクリプスがなぜ!))
状況が読めない。そして、そこにエクリプスがいて、絨毯の持ち主が彼だと、アノンがなぜ知るのかと脳裏をよぎれば、肚の底が冷えきる感覚に襲われる。騎士二人、鳥肌が立った。
フェルノは、アノンが放った絨毯がリオンの前に回り込み、広がった後に、見慣れた青い長髪を揺らす魔術師を見とめた。
何が起こってもたいしたことはないとたかをくくっていたフェルノだったが、国にいるはずの魔導士エクリプスがいることにはさすがに驚いた。
魔導士まで絡んでこの装置が用意されたとなれば、人間の国が絡んでいることは明白だ。
(とことんまで、嫌われてしまったのだな)
おかしくもないのに、片方の口角があがる。
四姉妹だけでなく、国からも捨てられ、牙をむかれる。それほどの悪行を行っただろうか、とフェルノは寂しく思う。
ただ生まれて、言われるまま、生きてきただけだった。
(……毒殺でも実行してくれたらいいのに……)
自虐するフェルノは、回りくどさに暗澹となる。
人間の国でも隔離され、用済みとばかりに魔王討伐という建前で追い出された。目的地が魔王城だと言われるまま来てみれば、すでに魔物の国と人間の国は結託していた。
(慣れ親しんだ屋敷内で、目の前で毒を呑めと言われる方がずっと良かったよ)
じくじくとした怒りがわいてきた。それは思うより静かで冷ややかだった。
ライオットとリオンは知らなかったと行動で示した。魔道具師の元にエクリプスが派遣されているなら、噛んでいるのは国だけでない。魔法術協会も加担している可能性が高い。
(アノンは知っていたのか)
溜まりに溜まった理不尽への怒りの矛先がアノンへと向けられる。決してアノンだけが悪いわけではない。だが、行き場のなくなった怒りは、同行していた裏切り者へと向けられることになる。
フェルノがまとう空気が一変した。
横に立つフェルノの冷たい目線が魔法使いに向けられたと察知したライオットは、我考えるより先に足が動いた。
言動から、絨毯を受け取った時か、それ以前からかは知れない。エクリプスがここにいることを知っていたアノンに対し、フェルノがしかけると感じとると、ライオットの片隅にある、ーーアノンを守護せよーーという命が頭をもたげた。
今まで護衛三人にフェルノが武器を向けることはなかった。現れる魔物を瞬殺すれば、彼らの置かれた立場の難しさを、彼ら自身の内面で勝手にこねくり思案してくれる。言葉にするよりも、確実にそれは彼らを刺す。
直接、武器をかち合わせる必要なんてない。
無駄な戦いはしなくない。
フェルノだってそのぐらいの分別はある。
今でさえもフェルノは荒ぶってはいなかった。脅かすつもりもない。ただ、静かに、薄紫の髪の少年の首元だけがくっきりと白く浮かぶようによく見えた。
フェルノの意識が冷えたとアノンは静かに感じ取った。
(殺される)
そんな単語が脳裏をかすめた。
それでも彫像に触れた手は離さなかった。
フェルノが走るより早く、ライオットが走る。なぜかと言われても、体が先に動いていたとしか言えなかった。
ライオットがアノン前に回り込む。両手で握りしめた槍の柄を、フェルノが仕掛ける剣の導線上へ、縦に構えた。
走るフェルノが腰の長剣の柄を握る。アノンの表情は変わらない。薄紫の毛先が揺れる白い首元めがけて、剣を引き抜き、振り上げた。
アノンの首元には届かなかった。金属同士がぶつかり擦れる。
胸をえぐる金属音とともに、フェルノとライオットは互いを認識した。
フェルノは無表情でも、ライオットは歯を食いしばっていた。




