20、街道へ到着
リキッドとキャンドルに案内され、エクリプスは魔王城の最下層へと階段を降りていく。朝の清涼感が薄れ、陰鬱でほこりっぽい空気が足を運ぶ度に、重くなる。
階段をおりきると、両開きの扉があった。二人の少女がぎぎっと開く。
悶々とした空気と熱気。高い天井は地面すれすれにあるようで、そこに空気穴がある。空気と共に、光が差し込んでくる。暗がりと日の光が混ざり、橙の光線が室内を照らす。
作業台があり、最奥の壁には溶鉱炉もあった。熱にやられそうでありながら、部屋は一定の温度と湿度が保たれている。魔法陣が施された壁に囲まれているからだ。本職のエクリプスは部屋中を見渡し、部屋が高度な技術に満ちていることを看破する。
壁にはさまざまな道具が立て置かれ、無造作に積み重なっている。
奥の広々とした台の前で一人の男が立って作業をしていた。小柄な初老の男だった。帽子を目深にかぶっている。
「つれてきたの」
「つれてきたのね」
溶鉱炉の奥から、二人目の男が顔を出す。こちらも帽子をかぶっている。口髭をたくわえていた。
「おう、人間の国からきた魔術師か」
「助かるなあ、若い奴がいると、儂も助かる助かる」
「説明するから、こっちこいや。兄ちゃん」
男二人が手元の布で手を拭きながら、歩いてくる。
エクリプスは姿勢を正した。
「人間の国から派遣されました魔術師です。【 魔導瘴気 エクリプスメソッド】と申します。エクリプスとお呼びください」
彼は、国の代表であり、魔術師の代表として訪れていた。
「おお、かたっ苦しいのはいいや。俺は、【残響工作室 メカニカルインフェルノ】。メカルと呼んでくれ」
帽子を目深にかぶった男は、メカル。
「儂は【拡散人形 スローターハウス】。スロウと呼んでくれ」
髭をたくわえた男は、スロウと言う。
エクリプスは深く頭を下げた。
「メカル様、スロウ様。よろしくお願いいたします」
「いいよう。そんな堅苦しい挨拶」
照れながら、スロウはエクリプスを手招きした。
「こっちへおいで、時間がない、さっそく手伝ってほしい」
頭をあげると、エクリプスは部屋に似つかわしくない黒いローブを脱いだ。
「エクリプス、部屋に運ぶ」
「エクリプス、部屋に運ぶね」
魔女に、ほほ笑んで、エクリプスは黒いローブをそっと渡した。
「おねがいするね」
「後で、お昼ご飯運ぶ」
「後で、お昼ご飯運ぶね」
リキッドとキャンドルはそう言って、ぴょんぴょんと部屋を出ていった。
袖をまくりながら、表情を引き締めたエクリプスはメカルとスロウと向き合う。
「若輩者故、ご指導のほど、よろしくお願いいたします」
魔王城の別邸に泊めてもらった勇者一行は、羊たちに見送られて旅立った。
「便利な羊だな……」
後ろ髪惹かれるかのように、アノンが別邸を見つめてつぶやいた。
「可愛いの好きなの?」
幼げな少年が羊を抱きかかる姿が脳裏をよぎり、ライオットが思わず聞いてしまった。聞いた後で、しまったという表情を浮かべたが、アノンは気にせず、ぽつりと答えた。
「人間相手より気を使わないなって……」
ライオットの問いに嫌味が飛んでくると思っていたリオンもちょっと驚く。
昨日から今日までの間、二人の騎士のアノンのイメージがちょっとだけ変わってきていた。
((ただの引きこもりってわけじゃないんだな))
魔物の核を必要とするアノンもまたフェルノの影に隠れはしても、十分に変わっている。彼が十数年という短い人生の中で、それをどのように抱えてきたのか、二人の騎士は知らなかった。
そんな過去よりも、差し当たっての問題はフェルノである。
昨日までは、ライオットも騎士として、フェルノの後ろについていた。別邸の扉を開けた瞬間、主人を待っていた飼い犬のような魔物たちに、魔法使いと騎士二人は絶句したばかりであった。
かくして、先頭がリオンであることは変わらず、アノン、ライオット、そしてフェルノという順で歩き、フェルノの後ろには、魔物たちがぞろぞろと長蛇の列を作っている。
リオンは明らかに見ないふりをしていた。アノンは相手にする気も失っていた。便宜上、ライオットだけ、フェルノの歩調を確認するために、後ろをチラ見にしながら歩くのだった。
街道が見えてきたところで、三人は立ち止まった。このまま、フェルノを連れて、街道は歩けない。フェルノを先頭に魔物が行脚すれば、住まう魔人に迷惑をかける。それはテンペストとの約束を違えるに等しいことだろうと三人は考えていた。
「街道が見えてきたね」
そう言ったフェルノは、ぱっと振り向いた。
「みんな、ここから先は、ついて来ないでほしい。ここより先は、魔人たちが暮らす街道だ。ここより先に一緒に来るとなれば、私も容赦をできない。昨日の【薄闇 ゴーストブルー】の末路を見ているものもすくなくないだろう」
フェルノの言葉に、魔物たちが一瞬凍り付いた。
「だから、ここで君たちは引き換えしてほしい。お願いできるかな」
魔物たちは、全力で頷いているように見えた。
(((……いったい、誰が勇者なんだ……)))
三人は、フェルノに勇者という称号を与えた上層部の非現実的な愚かさに呆れかえった。嘲笑と揶揄を浮かべて、鼻で笑いたいとはこういう心境を言うのだろう。
「あら、いやだわ。パンとおかしがたりないわ」
デイジーが、キッチンの戸棚を開けて悲鳴を上げた。その様子に、ドリームがピンと手をあげた。
「さんねえ。おつかい行くよ」
「ドリームちゃん、お昼までにお願いできるかしら」
「いいよ。今晩、塔で食べるお菓子も買っていい?」
デイジーはしかたないわねと笑う。
「いいわよ。好きなの一つだけね」
ドリームは「やったあ」と笑いながら、出て行った。
ドリームは玄関先で魔法のほうきを掴むと、外に出るなり、飛び乗った。左右に数回蛇行して、街道の上をまっすぐにのぼっていく。
デイジーのおつかいでドリームは出かけることが多かった。強いエムは塔の監視仕事が多い。テンペストは責任者としての仕事、デイジーはその裏方として生活全般を仕切っている。
一番最後に姉妹入りしたドリームは、彼女たちの役割分担の邪魔をしないこと、補助的な役割に立つことが多かった。必然的に、デイジーのおつかいが一番役立つと経験上理解していた。
お気に入りのパンと手作りお菓子を売っている店は街道入り口近くにある。ドリームはお目当てのお菓子が無くならないうちにと急いだ。




