19、夜の魔王城
ほうきにのったテンペストは夜空を最短ルートで高速飛行し、魔王城の塔最上部、その開け放たれた窓に飛び込んだ。振り向けば、街道を一望できる。
人間により、魔物の国と名付けられた地。名は体を表すそのままに、そのほとんどを占める樹海に魔物は生息する。
ゆるい山脈から続く、長い街道が一本、人間の国から魔王城まで続く。街道沿いに、魔人が集落をつくり暮らしている。
魔人は皆、家族だ。数少なく、魔物の群れに押されながら、息をひそめて細々と生きる。
狭い畑を耕し、井戸から水を汲み、川で魚を釣り、樹海で動物を狩る。魔物でも、蜥蜴や蛇型のものを狩って肉を食べることもあるが、核は食べない。
テンペストたち魔人は樹海に沿うて生きる民だ。樹海とともに、樹海に生きる。わずかな魔力を暮らしに活かしながら、人間に似ているが、人間とは違う生活を営んでいた。
塔の階段をおりて、テンペストは妹が居そうな場所に向かう。夜が遅い場合、大抵、三人のうちだれかの部屋にいるだろう。
(だいたいあの子たち、行動パターン一緒なのよね)
妹たちの部屋を一部屋ごとまわってみる。ドリームの部屋にはいなかった。デイジーの部屋も空だった。テンペストは、(ここにいるのだろう)と、最後にエムの部屋を開ける。
「いるのは分かっているわよ」
声を荒げて開けても、誰もいなかった。シーンと静まり返った室内。彼女好みのモノトーン色で部屋は整えられている。ベッドと机があり、壁には愛用の曲刀が飾られている。
(もしかして……)
嫌な予感を覚えながら、自室に向かってみると、案の定、扉から光が漏れている。テンペストは勢いよく、自室の扉を開いた。
三人の妹が、寝間着姿でお菓子を囲んでいた。
「ちょっと、なんで私の部屋にいるのよ!」
三人はのほほんとテンペストを迎えいれる。
「姉さん。待ってたよ」
「おかえりなさい白姉様。心配していたのよ」
「一緒に食べよう、いちねえ」
言われなくても……と、テンペストは、三人がよけて作られたスペースに座り込んだ。
「王子様は、どうだった白姉様」
「見た目だけは優しそうよ。白金の柔らかそうな髪に瞳は灰褐色だったわ。見た目や話し方は物柔らかで、王子様って言われたら、そうねって感じ」
目の前のお菓子にテンペストも手を伸ばす。
「姉さん、勇者なら強そ?」
テンペストはぶるっと身震いする。一瞬で、【薄闇 ゴーストブルー】を切り裂き、青い炎で燃やしきった姿を思い出した。
「……強いわ」
口に寄せかけたお菓子をおろす。神妙な様子を三人の妹は見過ごさない。
「いちねえ、戦うの」
不安げに末の妹が見上げてきた。テンペストは首を振った。
「戦わないわ。彼らは街道をのぼって、魔王城に向かうだけよ。ただ、その王子様が魔物を寄せる体質なの、それでどんな魔物が街道に現れるか知れないわ。
今日は街道入り口にある別邸に泊っているから大丈夫。明日の朝から、街道の監視を強化しましょう」
三人の妹は頷いた。
「白姉様、他の方はどんな感じ」
「黒いローブを纏う魔法使い一人と、金髪と黒髪の騎士がいたわ。この三人はよく分からない。けど、王子様……、名前はフェルノと言うのだけど……」
テンペストは、おかしい、と言いかけてやめた。何がどうおかしいのか、言葉にするには難しかった。
優し気と言えば優し気だ。冷たそうにも見える。紳士と言えばそうかもしれない。深いところでなにか、ずれている感じが違和感となり残っていた。何がどうずれているのか、言語化が難しい。
沈む姉を見て、妹たちは顔を見合わせた。
「姉さん、いつも通りいこう」
「白姉様、私たちもいるの。忘れないで」
「いちねえ、大丈夫。私たちも気をつける」
「そうね……」
妹たちの言葉に、テンペストは胸をなでおろす。一人で心配してもしかたない、と思った。
「私たちは、街道を守りましょう」
そう言って、テンペストはやっとお菓子を口にした。食べ終わってから妹たちに指示を出す。
「明日はエムが塔からの監視ね。デイジーがお客様担当。私は監視と雑務をこなし、ドリームは夜の監視ね。あなた寝坊助だからちょうどいいでしょ」
「姉さん、それいつも通り」
「白姉様、代り映えないわ」
「いちねえに寝坊ゆるされた~」
「仕方ないじゃない。することかわんないんだもん。勇者の邪魔なんかする必要ないって分かったし、勇者って言ってもやる気ないし、行けって言われたから歩いてくるだけみたいよ。
ただ、魔を寄せる能力だけは本物だから、気を抜かないこと。分かった」
ぐっとテンペストが拳を握った。
「街道の平和は私たちが守るのよ」
その握った拳を高らかと掲げた。
三人の妹たちがぱちぱちはちーっと手を叩く。
「じゃあ、そういうことで、お開きにしましょうね」
「「「はーい」」」
そろえた返事を残して、三人は自室へと戻っていった。
そして、テンペストははっと気づく。
(あの子達、片づけるのが面倒で、私の部屋を選んだわね!!)
翌朝、エクリプスはぬるい目で食堂全体を見回していた。
好々爺たる魔王を囲むように、四姉妹が食卓を囲む。周囲には、働き者の羊たちがウロウロ配膳を行っている。エクリプスの前にも、食事が用意された。
「預言者様にもご飯を運んで、ドリーム」
仕切るのは、三女のデイジーだった。
「私、塔行く」
「黒姉様、またお野菜を残してるわよ。肉ばっかりじゃなくて、野菜も食べなきゃダメなんだからね」
全体としては、長女が仕切っているが、食事となると三女の独壇場のようである。
「紅茶淹れるけど、飲む人いる?」
テンペストの掛け声に、四女が手をあげた。
「はーい。いちねえの紅茶好き」
「パパもいるわよね」
魔王ものっそりと頷く。
「お客様がたもいかがかしら」
「いただきます」
サッドネスの当たり前の返事に、エクリプスも手をあげた。
「俺も」
好々爺を中心に、くるくるとおしゃべりしながら四姉妹が動いていく。二人の魔女も食事を外に運んでいき、なにかとお手伝いをしている。
エクリプスは、自分が今なんのためにここにいるのか失念しかけていた。
(まるでこの好々爺の隠居宅のような雰囲気だな……)
紅茶が用意され、カップをもたげる。片口で飲みながら、行儀が悪いと分かっていて肘をつく。魔王城とは名ばかりの、和気あいあいとした雰囲気に、エクリプスはとらえどころなく、困っていた。
飲み終えた頃、声をかけられる。
「エクリプス様、案内する」
「エクリプス様、案内するね」
リキッドとキャンドルだ。
「魔道具師様方がおいでっていっているの」
「魔道具師様方がおいでっていっているのね」
エクリプスはゆっくりと腰をあげた。
隣に座るサッドネスに目をむける。
「行くわ」
「ああ」
ぴょんぴょんと進む角のある少女たちを追い、食堂を後にした。




