18,雑談
開かれた窓に手をかけたフェルノは、少々のけぞって、背後に子犬のように控える無害な魔物たちに笑顔を向けた。
「君たちは入ってきちゃだめだよ」
今さっき、【薄闇 ゴーストブルー】への仕打ちを見ていた魔物たちは素直であった。
中に入ると、羊たちは顔をあげていたものの、身を寄せ合いかたまっていた。
複雑そうな顔の三人に、フェルノは小首を傾げて笑いかける。
「女の子がいると思うと、ちょっとがんばっちゃった」
テンペストは早々に飛んでった。彼の行為を目の前で見たのは、誰か……。勇者はそれぐらい分かっている。
騎士二人も魔法使いも、フェルノが備えている能力の高さが苦々しい。事あるごとに、なにかと力を見せつけられていた。そして、不可能だと、内心あえぐことしばしばだった。
「ここね、魔王城の別邸なんだって。これから討伐に行くのに、宿まで借りれて、至れり尽くせりって感じだよね」
「どこが?」
フェルノのしょうもない発言に、つっこむのはアノンだ。魔法使いは、他の者より少しだけ切り替えが早かった。
「勇者が魔王の別邸に泊るっておかしくないか」
ライオットが意味不明だと言わんばかりの顔をする。
「この旅、そのものが意味が分からないだろう」
リオンが本音をこぼす。四人全員、同意見のため誰も否定しなかった。
羊たちがふらふらと活動を始めていた。テーブルの上の茶器を片づけようと奮闘する羊。案内係なのか、四人の足元に寄ってくる者もいた。
(そういえば、洗濯もしてくれるって言ってたよね)
アノンはしゃがみこみ、羊に問いかけた。
「もし、ローブと絨毯を洗ってほしいとお願いしたら、洗ってくれる?」
羊たちは、うんうんと頷いた。そうして、三匹ほどがアノンのそばに寄り、絨毯とローブを受け取り、えっさほいさと部屋を出ていった。
「すごいな」
去って行く羊をアノンは見送った。
「ごめんね。私も勝手にさらわれちゃって」
笑むフェルノに、ご無事で何よりですという社交辞令を告げる気も騎士二人は起きなかった。
「私も、女の子から声をかけてもらえるなんて人生で初めてだったから、ついついついて行ってしまったよ」
(あれのどこが……)とリオンが思うより先に、ライオットがつっこんだ。
「あれが誘われたうちに入りますかね」
「こっちについた時に、お茶に誘われたよ」
「大方、四天王と秘密の話にでもなったんでしょう」
「ライオット、鋭いね」
「いや、あの娘、警戒してたでしょ」
「してたかな」
「あ-。面倒だから、この件は、とぼけんのやめてください」
互いに知ってて知らないふりをする。フェルノ相手ではそういうことばかりだが、さすがに重なってくるとライオットは煩わしくなる。
「そうだね。あの子から色々教えてもらったよ。私たちは、魔王城に向かうのに、街道を利用してもいいそうだ。ただし、街道に住む魔人が魔物に襲われたりしないように気をつけること。そういう約束をしたんだ」
「なるほど。人の暮らしを破壊して歩いたら、誰が勇者で誰が魔王か分かりませんよね」
「彼女たちにとって、街道に住まう人々は大事な人らしいよ」
「彼女達?」
「四天王は四姉妹なんだ。人間の国から、四天王と名乗るよう指定されたそうだよ」
「あっちも、色々あるんだな」
ライオットとリオンは顔を見合わせた。自分たち以外にも、面倒な役割をかぶされている者がいることが、不可思議で、気持ち悪かった。
「私だけ楽しんでしまって、三人とも追いかけるの大変だっただろう」
フェルノはくすくすと笑う。
「そう言えば、今まで、私の護衛ばかりさせていて、二人ともおつきあいしている女性はいなかったのかな」
聞かれたこともないようなことを平然と投げかけられ、騎士二人は面食らう。
「いいえ。俺は、忙しかったのでそういうのは……。フェルノの前は、王太子の指導役でしたし、ちょっと時間がなくて」
差し当たって、当たり障りない返答をリオンは済ます。
「時間はなくなるよなあ。フェルノの護衛って一日中だから、ほんと休み取りにくくて……」
「続かないだろ」
リオンの相槌に、ライオットは腕を組んで頷く。
「だな……」
「そう言われると、知らず私が悪いことしていた気分になるよ」
「一見すると、第一王子の護衛って出世したみたいな錯覚しちゃったのが間違いでしたね」
ライオットは腕を組み、うんうんと頷く。
「ますます、悪いね」
「アノンは……」
三人はそろって、しゃがんで、羊をつんつんしている少年を見た。
アノンはもう眠かった。羊をつつきながら、話しかける。
「僕、もう眠いんだ。寝床に案内してくれないか」
再び家を出すのも億劫だった。だからと言って、地べたに寝る気にもならない。魔王の別邸に宿を借りれてよかったと心底思っていた。特に、ローブと絨毯の洗濯をお願いできたのが、ありがたかった。
羊はうんうんと頷く。あっちあっちと腕をさす。アノンは羊を抱き上げ、先に寝ると三人に告げようとすると、その三人が妙な顔をでこちらを見ていた。
「……なに……」
不信感をもって、眉をひそめる。
さすがのフェルノも困り顔で、リオンを見上げた。リオンも肩をすくめて、ライオットを見た。なぜここで俺にふると、ライオットもうろんな目で答える。
彼ら三人が出会った時、アノンは十四歳だった。それから二年、ほぼ塔の上で暮らしていた少年である。人と会うことも極端に少なかった。ただ彼は公爵家子息だ。婚約者という者もいてもおかしくないなと、今さらながら、ライオットは感づいた。
「アノンは、婚約者とかいるのか」
なんとなく、流れでライオットは問うていた。
「……そうだね。そう言えば、いてもおかしくないよね」
はたとフェルノさえ気づく。魔法術ばかり傾倒している少年だけに、今まで思いもよらなかったと言わんばかりだった。
突然何を聞くかと、アノンは嫌な顔をする。
平民のリオンは、遠い目をする。(俺とは住む世界が違うなあ)とだけ思っていた。
「十二歳の弟も何人か候補がいるよ。侯爵家のお嬢様とか、伯爵家や公爵家にも歳近いお嬢様がいるらしい。一年後には婚約者がお披露目されるんじゃないかな」
「ですよね。俺、四男だし、勝手に王都で騎士になったから、自分のことは自分で頼むって親に言われてます。兄三人はすでに、婚約や恋愛で結婚してますもん」
「ライオットは兄弟が多いんだね」
「八人います。しかも、俺の上と下が二人ずつの姉妹いるもんで、俺は好きにしろって状況です。でっ、今連絡とったら絶対、妹嫁がせられる良い騎士様はいないかとか言われるんですよ。あてにされても困りますよ。ほんと」
(何の話しているんだ)
アノンは彼らがどうしてそんな話をしているのかが分からなかった。
「アノンだって、内々に決まっていてもおかしくないね」
「はあ」
急に自分にふられて、アノンは困惑する。
フェルノは小首を傾げ笑顔で問う。
「公爵家の有望な魔法使いなのだから、婚約者候補の一人くらいいないの」
「はっ。なんで、僕!!」
アノンは嫌悪感を露に顔をゆがめた。
「流れで何となく、ね」
フェルノが身を屈めて、満面の笑みを浮かべる。
「……いや、婚約者なんかいないし……」
アノンははずみで答えてしまい、バツ悪く視線を泳がせる。
背後の騎士二人は、他人事のように何の気もない顔をしている。
目の前では白金の髪をゆらし、灰褐色の瞳輝く目をフェルノが細めた。
興味本位だと悟ったアノンは、腹が立った。抱いた羊に力がこもる。
「いいんだ僕は! そういうのは!!」
突然叫んだアノンに、三人は目を丸くする。感情をあらわにして慌てるアノンが珍しかった。
「リタは十歳は上だ。僕じゃ相手になんかしてもらえないんだ!!」
吐き捨てるなり、羊一匹抱えて、アノンは部屋を出ていった。
残された三人は、沈黙する。
(((……初恋?……)))
三様に目を丸くした。
「……意外」
「ああ……」
「……こじらせてんの?」




