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16,そこはお化け屋敷

 背後から名を呼ばれて、リオンは振り向きざまに、空を見上げた。

 魔法の絨毯にのったアノンとライオットが、空から滑り込んでくる。


 珍しくアノンがローブを脱いでいた。靴も脱いでおり、絨毯を降りる際に、靴底についた乾いた泥を落とし、二人は靴を履きなおしていた。

 アノン曰く「後で洗うにしても、なるべく絨毯を汚したくないんだよ」ということだった。


 しかし、と改めて、フェルノがいるであろう屋敷を三人は見上げた。


 明滅する【根絶 サイコ】が取り巻き、小ぶりな屋敷を照らし出す。同時に、浮遊する眼球【眼球 サイコ】が露になる。右に左にぐるぐると影たる【闇黒 イリュージョン】と【虚無 アイミーマイン】が流れている。


 ライオットが額に手を置いて叫んだ。

「呼ぶったって、これはないだろ!」

 さしずめゴーストに囲まれてた壮観なる幽霊屋敷である。



 たたんだローブと絨毯をわきに抱え、アノンが騎士達に冷たい一瞥をくれる。

「別に、ただの魔物だろう」

 立ち往生している騎士達をよそに歩み出した。


 その小さな背を見て二人の騎士は思う。

((さすが、捕食者!))


 淡々とアノンは影を振り払い進む。真に邪魔なら、魔物に手を突っ込んで核を引き抜いていた。アノンの物々しさに、魔物たちがその身を引いていく。


 玄関まで道がひらき、三人は進む。


 リオンとライオットは顔にはださないものの、それなりに恐怖を感じていた。子ども時分に恐れた絵本の一幕を思い起こさせる情景がリアルに再現されている様は、やはり潜在的な恐怖感の芯に触れる。

 それぞれの魔物は弱く、蹴散らせるにしても、彼らが取り巻き眺めているだけな以上、二人に手出しする所以はなかった。

 ただ見た目だけ、気持ちの上で怖かった。



 ふわっと眼球がライオットの眼前に落ちてきた。

「ひっ!」

 思わず、槍を抱いてライオットは身震いする。眼球も驚いて、ぴょんと横に飛んでいった。


(まじで、怖いんだけど……)

 旅の初日に恐怖体験を味わうなどライオットは予想していなかった。



 玄関までたどりつく。三人は、どうすると顔を合わせた。

「まあ、女の子の家だし、ノックしてみようか」

 リオンが苦笑して言うので、先頭のアノンが扉を拳で三回叩いてみた。


 扉の内側から鍵の開かれる音が鳴った。

 ききっと扉が開く。目の前には誰もいなかった。アノンは持ち手に手をかけて、扉を開いた。


 玄関に足を踏み入れると、むぎゅっと柔らかい物体を踏みつけた感触に、アノンが視線を落とした瞬間。

「うわぁぁ」

 叫んで、二歩よろめいた。

 

 羊のぬいぐるみが何匹も整列し、ひしめき合っている。そのうち一匹を踏みつけてしまったようで、くっきりと泥のついていた靴底のあとを残し、倒れこんでいた。その周囲を心配そうに他の羊たちが取り囲む。


 倒れた羊が身を起こし、顔をあげると同時に、周囲の羊たちもまた顔を三人に向けた。大きな潤んだ黒目が、ひどい……、と訴えているようであった。

 アノンは、戸惑った顔で「ひっ」と小さな悲鳴をあげた。恐怖に引きつるような表情を見せ、再び半歩身を引いた。

 左右に立つ、ライオットとリオンは、アノンの反応に苦笑する。


((驚くけど、怖がるところじゃないよな))


 ゴーストまがいの魔物は怖がらないのに、なぜぬいぐるみの一群を恐れるのか。そのアンバランスな反応に、二人、意味もなく和んでいた。

 ただ単に、飄々とした少年でも怖がることもあるのかという発見を微笑ましく思ったのかもしれない。


 踏まれた羊の背についたよごれを仲間の羊がぱっぱとほろう。きれいになったところで、もう一度、三人に向き合った。

 

 一斉にお辞儀をする。

 思わず、ライオットとリオンもお辞儀をしてしまう。

 左右の二人の反応に、遅れて、アノンも軽く頭を下げた。

 

 羊たちが片腕をあげる。そして、その腕をくいくいと動かした。おいで、おいでと手招きしているようだった。

 羊たちに案内され、三人は廊下を歩く。とある扉の前に立つ。足元を見ると、羊たちが、扉を一斉に腕差している。


「ここをあけるんだね」

 ライオットの問いに、うんうんと羊がうなづく。代表して、そのままドアノブに手をかけて扉をあけた。


 扉を開くと、羊たちがどどっと室内へと流れ込み、扉が大きく開いた。先頭に立つライオットは固まった。脇からアノンがのぞき、少し高い位置から、リオンが見下ろした。

 フェルノがいた。一緒にいる女の子は、さっきのだと三人はすぐに分かった。


 こんなもんだなとリオンは思った。

 ライオットは迎えに来ない方が良かったかなと思った。

 なにやってだとアノンは呆れた。


 三人三様思うところはあったが、ため息をついた。

 

(((なんで、お茶してるんだ?)))


 足元をすり抜けた羊たちが、テーブル席の傍にいく。ちょんちょんと左右に飛んで、くるんと回った。その様子に、女の子が立ち上がる。両手を広げてなだめるようなしぐさを示した。

「わかったわかったわ。褒めてっていうんでしょ。えらいわよ。えらい、えらい」ふいと横を向く。「フェルノ、お迎えがきたわよ」


「うん。これでお開きだね」

「泊るところある? ないなら、ここ貸すわよ」

「いいの?」

「ええ。食事とか洗濯とかなら、羊たちがしてくれるわよ」


 フェルノが三人に目をむける。

「ねえ、ここに泊めてくれるって言うんだけど、どうだろう」


 三人はぬるい目をフェルノに向けた。なんでそういう話になるのか、よく分からなかった。


 しれっとした表情のリオンが代表して、「いいんじゃないのか」と言った。

 同時にアノンとライオットはリオンを見た。

((それ、肯定? 否定?))

 リオンはただ単に、どっちでもとれる返答で逃げただけだった。


「じゃあ、お邪魔させてもらうね」

「夜、遅いし、私はちょっと気になることがあるから、すぐに魔王城に戻るわ」

 そう言うなり、ポケットから取り出した小さな小型のナイフで、空間を裂いた。裂いた空間から、ほうきを取り出す。その様を見て、アノンは(やっぱり、魔法使いだ)と思った。




「じゃあ、お客様よろしくね」

 羊たちに声をかけつつ、テンペストは窓に近づいた。

 羊たちは、ぴしっと整列し、一斉に頷く。


 フェルノは涼しい顔をしていた。

 アノンも淡々とした表情だった。


 テンペストが、カーテンに手をかけた。


 リオンの表情がさっと曇った。

 ライオットは青ざめ叫ぶ。

「ダメだ、開けては!!」


 遅かった。ざっとテンペストがカーテンを開いた瞬間。

 そこは、魔物たちが無数に漂う真夜中の墓場がリアルに再現されていた。


【歌う羊 スプーキートラウマ】が絶叫をあげ、【水銀羊 ジャンクション】が泡を吹いて、倒れた。


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