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179,最初の目的

「よくぞ、魔神を連れて、ご帰還なされた。

 これをもって、始祖との間で交わされた因縁の約束は果たされた。

 人間の国における長い平和と街道の安寧を、二百年にわたり、維持していただいたことに、心より感謝する」


 魔王が跪き、奉謝する。

 呆気に取られる四人。

 明滅する球体を握り、絨毯を脇に抱え、魔王は立ち上がった。

 大柄な魔王をフェルノは見つめる。


(この方が魔王様)

 

 街道に向かう途中、フェルノは、テンペストと街道に害を及ぼさないと約束をした。その時、魔王城へ向かう意味を述べている。


『一応、魔王討伐という命ではあるんだけど……、これも表向きだからね。まずは、魔王様とお会いして、今後について相談する心づもりでいるよ』


 フェルノは過去を思い出し、居ずまいを正す。


(私は魔王に会いに旅を出たようなものだったな)


 街道をまっすぐ歩けば魔王城につくはずが、橋で異世界に飛ばされた。ほんの数日の出来事なのに、とても長い旅をしてきたように感じる。


 魔王は穏やかな眼差しをフェルノに向ける。清々しさをも感じさせ、瞳はぬくもりに満ちていた。 


「時間がないのだ。ここにもうすぐ迎えが来る。君たちは一度、魔王城へ戻りなさい」

「魔王城にですか?」

「そこで、始祖が君たちを待っている」


 アノンがライオットから半身を離した。

 語る魔王とフェルノを凝視する。


 フェルノは驚きを露にしない。

 始祖と異世界が何らかの繋がりを有していることは分かっていた。

 リオンもライオットも、魔王とフェルノの会話を静かに見守る。 


「始祖とは、魔法術を創始した、あの始祖でしょうか、魔王様」

「そう、その始祖だよ」

「二百年以上前の人物の名を継いでいる方がいるのですか」


 始祖の子孫が名と志を受け継ぐ想定はしていた。その予想が当たったのかと、フェルノは訊ねたにすぎない。

 魔王は頭を振る。

 その否定に、さすがのフェルノも理解し難さを覚える。


「始祖本人が魔王城で待っている」

「すいません、魔王様。魔王様の物言いでは、まるで三百年前にこの世界に来た始祖がそのまま生きているように聞こえます」


 異世界に飛ばされ、性別を変えられ、更に元へと戻された。見知った常識では計れない事態に遭遇してきたフェルノは、始祖が生きていることを鼻で笑う真似はできなかった。

 だがしかし、人間が三百年も生きていることは、易々と信じることもできない。


「その通りなのだよ、フェルノ。

 三百年前に異世界からこちらに渡ってきた始祖は、生きている」

「人間が、三百年も生きながらえるものなのでしょうか」

「始祖は、魔物だ。彼も、そしてわしたちも、魔物の核を保有している」

「人間の姿をした魔物、ですか」


 フェルノたちの驚きを魔王は静かに受け止める。


「始祖が待っている。迎えが来る。急ぎ、魔王城へと向かってもらいたい」


(始祖に会う?)

 始祖が生きていて、始祖と会う。フェルノもアノンも、そんなことは考えてもみなかった。


 フェルノたち四人は、魔神を屠るために集った。

 魔神と対峙すると思っていただけに、高揚していた心の一部が宙ぶらりんとなる。


(悠長に、始祖と会う。それでいいのか……)


 フェルノたちが元の世界に戻ってきた直後、最初に見たのは、共に落ちる魔神の姿だ。環の国を亡ぼす魔物を、こちらの世界にそのまま連れてきてしまっている。


「魔王様、我々は魔神をともに連れてきております。あれは、異世界を滅ぼした魔物です。このまま、魔神を置いて場を離れることは、暴れる魔神を放置するわけにはまいりません」


 目的をほおり出し、場を離れることは本意ではない。


 魔神をそのままにしては、環の国が三百年前にたどった末路と同じ憂き目を見ることになるだろう。


(由々しき事態だな)


 フェルノの心胆が冷える。街道、樹海、魔物の森ではすまない。人間の国さえ巻き込み、三百年前に環の国で起こった悲劇の再来になるだろう。


(環の国の危機から、街道の危機にすり替わったようなものだな……)

 

 そう考えれば、アストラルとの約束はある意味守られた。


(奇しくも、魔神を連れこちらの世界に戻ってきたとなれば、私はあちらの世界を守ったことになるのか)


 魔物の国に魔神を呼び込んだことで、フェルノはもう一つの約束を思い出す。

 旅の初頭、テンペストに告げた。


『街道に魔物が出たら、私たちが確実に排除するよ。街道沿いに暮らす人々に危害が加えられることはないようはからう。約束しよう』


 交わした約束はフェルノ意志によるものだ。自身を象徴する約束を守ってこそ、フェルノは個人として確立する。


 異世界から戻ってきても、魔神を屠るという目的は変わらない。環の国も守り、街道も守る。フェルノにとって、それはとても大切で、譲れないことであった。


「私はテンペストと約束をしました。

 彼女にとって大事な街道、ひいてはそこに住まう魔人たちを守ると約束しました」


 魔王は口元をほころばせる。


「約束を守るか……」

「なにか?」

「いや、懐かしいだけだ。あなたの祖もまた、約束を重んじる方だった。その子孫もまた、同じように約束を重んじる。なんと、輪廻のような運命か……」


(魔王は、初代王を知っているのか) 


 フェルノには、魔王の感慨は理解できない。

 十八年しか生きていない彼にとって、二百年前の祖とは、初代王をさす。本の挿絵で見た姿は確かにフェルノにどことなく似ていないこともなかった。


「始祖にお会いするのは、魔神を屠った後とは、ならないのでしょうか」

「魔神はわしらが足止めする。勇者一行が始祖の元から戻るまでは、十分持ちこたえるだろう」



 

 その時、闇に似つかわしくない風が吹いた。

 左右から飛んでた者が、魔王の左右に立つ。

 ほうきに乗って現れたのは、リキッドとキャンドルだ。


「魔王城まで連れて行く」

「魔王城まで連れて行くね」


 二人の言葉を受けて、魔王は抱えていた絨毯をばさりと引いた。その上に、ほうきを捨てた魔女二人が乗り込む。魔王から球体の魔物をキャンドルが受け取る。


「乗って」

「乗ってね」


 フェルノは魔王と、二人の魔女を交互に見つめる。


「行きなさい。

 フェルノ、そしてアノン、リオン、ライオット。

 始祖が君たちを待っている。


 ここに戻ってきたならば、魔神と相対す意志を持つ者は君たちだけではない。


 二百二十年前に、始祖から力を授けられた公爵家の祖との約束を譲り受けた初代王の子孫よ。


 君は、始めから、生まれた時から、けっして一人ではなかったのだ」


 雷に撃たれたかのように、フェルノは硬直する。

(私が一人ではない? そんなことはありえない。ずっと一人だった。一人だったはずだ)

 硬直したまま、身震いする。


 隣を見れば、リオンがいる。少し離れたところには、ライオットとアノンがいる。

 旅をしてきた、仲間と言える者達だった。

 力を失ったフェルノを支え、助けに来てくれた。


(いつの間に、いつから、私は、一人では、なくなっていたのか)


「行っておくれ、フェルノ」


 魔王の嘆願に、フェルノは小さく頷いた。

 リオンと、アノン、ライオットに視線を向ける。

 彼らはフェルノの判断を待っていた。


「リオン、アノン、ライオット。

 私たちの当初の目的は、魔王城に行くことだ。

 まずは、出立の目的を果たしにいこうか」


 第一王子の静かな命に、三人の護衛は目礼をもって同意した。



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