15、長女の約束
「街道に魔物が出たら、私たちが確実に排除するよ。街道沿いに暮らす人々に危害が加えられることはないようはからう。約束しよう」
言っていて、フェルノはおかしな気分になる。
旅立ちそうそう、四天王と名付けられた、名ばかりな女の子にさらわれたと思えば、お茶に誘われた。じゃあ、仲良く話でもするのかと思えば、そこは勇者と四天王、当事者同士の建前を前提とした裏合わせの様相を呈してしまった。
(旅とは、面白いな)
与えられるものは与えられ生きてきた。しかし、選択とは無縁。今回の旅さえ、同じだ。フェルノにとって、テンペストと交わした約束は、生まれて初めて、自分から結んだ約束だった。
テンペストはほっと胸をなでおろす。
口約束でも、街道に住む人々の暮らし向きに影響がなければいいと思った。
(街道を歩くなら、城の塔から監視を強化しよう。些細な状況変化も敏感になろう)
フェルノが約束したとはいえ、それに頼り切るわけにはいかない。大枠で見れば、魔人の一人であるテンペストは、人間を恐れている。
魔人の数は少ない。
人間の数は多い。
人間たちの都合で、魔人を恐れてくれるのはありがたいのだ。もし、人間に攻められた場合、テンペストたち四人だけでは、魔人の集落を守り切れない。
数で圧倒的に劣る。それが、魔人と人間との関係だ。街道沿いに小さな集落をつくるだけで細々と生きている魔人が住むだけの地を、恐れるよう風聞を流し続ける理由は分からない。
第一王子のフェルノがどこまで知っているのか、テンペストも計りかねる。
ただ勇者を迎え撃つという大勢を整え、役割を演じるテンペストたちと、フェルノも同じに見えた。
(この王子様も、ただの駒なのね)
それだけは確信する。
「一応、魔王討伐という命ではあるんだけど……、これも表向きだからね。まずは、魔王様とお会いして、今後について相談する心づもりでいるよ」
肩をすくめて笑むフェルノの結論に、テンペストは(変な人)とただ思った。
リオンは、小さな屋敷まで影の魔物に案内してもらった。遠巻きに足を止めたのは、その屋敷周りに、魔物が浮かんでいたり、ただよっていたりするからだった。屋敷周りをぐるぐると影が無数に回遊し飛んでいる。
(誰がそこにいるか、すぐ分かるな)
フェルノの体質を理解しているつもりではあった。ただ、まさか魔物が住まう森に入ると、ここまで影響がでるものかと驚くばかりだった。
山を登れば、魔物を引き連れていた。焚火を前に座れば、魔物に取り巻かれる。家にいれば、魔物が家の周囲を漂う。
こんな体質の人間を、魔王討伐と理由付け、なぜわざわざ追い出すのだろう。第一王子だからか。第二王子の立太子が決まった時点で、消す方策だってあるし、生涯監禁もできるだろう。
彼を暗殺せよ、という意味だけなら、リオンも理解しやすい。しかし、だ。リオンにはフェルノを守れとも命ぜられている。
リオンには分からない。そして、リオン一人で、フェルノを暗殺することは不可能だった。フェルノは魔法にしろ、剣技にしろ、学にしろ、まるで立太子される第二王子並みの教育を受けている。
なぜ、フェルノに、一流の教師をつけたのか。
王族や貴族の考えることは理解できない。
リオンはずっと、そうのように思考を止めて生きてきた。なぜを考えても、結論は出ない。隠し事の多い貴族界隈とはそういうものだ。
その中で、職を求めて騎士となったリオンは、寡黙になることで、身を守ってきた。
沈黙が誤解を生むこともある。しかし、余計な火種も蒔かない。平民のリオンには、その方が生きやすかった。
屋敷を取り囲むように漂う魔物たちを見て、リオンはため息を吐く。
ふと漂う影の魔物近くの木陰が震えたような気がした。
テンペストの表情が和らいだことをフェルノは見過ごさなかった。
「ねえ、そう言えば、四天王という訳だし、人数は四人なのかな」
「ええ、そうよ」
紅茶が注がれたカップに手を添えて、テンペストは答える。
「私たちも、勇者と騎士二人と魔法使いの四人なんだ。人数は一緒なんだね」
両手の人差し指を左右にフェルノは立てて見せる。
「これって、それぞれ一対一で戦わせるって考えなのかな?」
そう言って、左右に立てた人差し指をクロスさせた。
テンペストは、どうだろうと斜め上に視線を投げる。そこまで言われていた記憶はなかった。テンペストたちは始めから四姉妹である。
「たまたまじゃない。私たち、もともと四姉妹だし……」
フェルノは、ソーサーの縁を撫でる。
「人数合わせってわけじゃないか」
「普通に四人だから、人間の国から、四天王って指定されたんだと思ってたわ。フェルノこそ、この旅で始めてパーティー組んだの」
「いいや。二年前から護衛してくれている三人が引き続いて、私についてきてくれたんだよ」
「二年も一緒な割に、あんまり親しくなかったわよね」
「そうかな」
フェルノは苦笑する。
「変に黙ったでしょ。あれ、気まずいって感じ?」
「はは、ばれちゃう? 護衛と言っても、夜はそれぞれの部屋にいたからね。私も自室か居室にいて、大抵一人だから……。言われてみれば、夜に一緒に過ごすのもはじめてだったんだな」
気まずいぐらいなら近寄らない。適当な距離感をもって、うまくかかわっているような気がしていた。互いに本当のことは言えない。どこまで、何を話していいか分からない。そういう都合の悪いことから目をそらして、それをうまくやっていると思っていた。
今さらながら、フェルノはそんなことに気づいた。
「何年一緒って言ってたっけ……」
「二年」
「二年も一緒にいて、雑談なし?」
「……変かな」
さすがにフェルノも誤魔化すように笑った。
テンペストは、長年一緒にいる姉妹と、出会って二年足らずの男子同士の関係では比べようがない気がした。
「変、かどうかは、わからないわ。うちは全員女の子だから……」
「やっぱり、おしゃべりするの」
「するわよ、うるさいぐらい。当たり前じゃない。私が止めないと、いつまでも寝ないんだから」
今さらながら、飛び出してきて、怒る者のいない間にあの子たちが何をしているか。想像してテンペストは頭が痛くなる。
「なにそれ、お母さん?」
「違うわよ。私が長女なのよ」
(あの子たち。絶対、遊んでいるわ……)
確信を強めて、内心イラっとした。
「どんな妹? 私たちもいずれ会うよね」
「どんなって、ちょっと言葉数少ない黒髪の次女でしょ」
「名前は?」
「【虚構論理 サイレントレクイエム】。エムと呼んでいるわ」
「後二人いるんだよね」
「……そうね。きっといずれ会うから、先に言っておくわ。
三女は髪が短くて、色は若葉色よ。【狂音模型 トーキングデイジー】と言うけど、デイジーって呼んでる。末っ子は薄桃色の髪に赤目よ。名前は【忘却消去 デイドリームデリート】で、ドリームと呼ぶわ」
その時、二人がいる居室の扉が開いた。




