175,戦災孤児
毎日樹海を駆けまわっていたエクリプスは、魔道具師の指示通り、広く円を囲むように樹海内部に魔道具を設置する。その円の大きさと形は、環の国の中心部に広がる芝生と同じであった。
皆まで聞くなと眼底を光らせる魔道具師に、エクリプスは詳細を理解しないまま作業に明け暮れた。
最後に取り掛かった円の中心は、樹木が映える樹海の真ん中。自生する木々を魔力で薙ぎ払い、円形にくりぬく。地面を土魔法でならし、大きな白いタイルを敷き詰めた。
あらかじめカットされたタイルには文様が描かれており、エクリプスはその柄を手掛かりにパズルのように組み立てる。
敷き詰め終えた現れたのは文様が描かれた円型の床だった。
(魔道具の床か……)
エクリプスは息をのむ。
魔道具師の作る魔道具は精巧で無駄がなく、美意識さえ感じさせる。知性と美術が和合した道具作成は、魔術師の目指す最たる姿だ。
最後に、床の中央に丸い穴があり、その穴に水晶をあしらった腰高の彫像を設置した。
絨毯に乗って魔王城を出た、エクリプス、魔王、預言者、魔道具師のメカルとスロウ、魔女リキッドとキャンドル、テンペスト、エム、デイジー、ドリームの十一人は、彫像のある中心へとおり立った。
絨毯から最初に降りた魔王が、後方で降りるテンペストたちへと振り向く。そのまま魔王はたどたどしい足取りで中央まで歩き、彫像へ手をかけた。
預言者、魔道具師のメカルとスロウも続く。三人は魔王の後ろに立つ。
絨毯を降りた四姉妹は、魔王の前に駆け寄った。彫像越しに向かい合う。
「お別れだよ。テンペスト、エム、デイジー、ドリーム」
言葉は四姉妹に深く刺さった。
勇者を異世界に飛ばしてから、魔王城は変わった。そのきっかけを呟いたのは魔王である。
全てを理解する魔王が『この世界から、飛ばす方法はある。スロウとメカルに聞け……』と言ったのだ。四姉妹が気づいた時はすでに遅い。回り始めた歯車は止まらない。
テンペストはまなじりを吊り上げ、自身への怒りに震える。
エムは言葉なく目を伏せる。
デイジーは至らなさに唇を噛む。
ドリームは別れを惜しみ両目を潤ませる。
魔王は静かに語り出す。
「わしら六人はもともと、三百年前、戦火を追われて、樹海に逃れた、名もない戦災孤児だったのだ……」
クリムゾンとアノスは同じ村で暮らしていた。かつて二人とも都市部で生活していたものの、戦火が広がり疎開してきたのだった。年下のスロウとメカルとはその村で出会っている。
村は人が足を踏み入れてはいけないと言われている樹海近くにあり、クリムゾンとアノスは樹海に近づいてはいけないときつく言いつけられていた。
ある時、前触れなく戦士たちが流れ込んできた。都心部が制圧され、余波が村にも流れ込んできたのだが、村人たちは知らず、巻き込まれる。
クリムゾンとアノスは逃げた。子どもだけが知る村の小道を横切る。逃げる途中で、燃える家の中から女の子の泣き声に気づく。飛び込んだクリムゾンとアノスがリキッドとキャンドルを助け出した。
クリムゾンがリキッドを背負い、アノスがキャンドルを背負う。スロウとメカルが追いかけ、燃えさかる村を捨てて四人は逃げた。
行く当てはなかった。
這う這うの体で走るなか、入り込んでしまったのが樹海だった。落ち着きを取り戻した時、六人はやっと入ってはいけない場所にいると気づく。
『ほかに行くところはなかったんだ仕方ないだろう』
アノスは呟く。夜の樹海に年少者四人はふるふると震えていた。
『まずは火を熾そう』
提案したのはクリムゾンだ。
リキッドとキャンドル、スロウとメカルが木の根で寄り添う。アノスとクリムゾンが動き、乾いた木を集め、枯れ葉とともに、火を焚きつけた。
焚火を囲む六人は沈黙する。
メカルが恐る恐る一塊のパンを懐から出す。二つに割り、クリムゾンとアノスに渡した。二人は一つを三等分にして分け合った。
クリムゾンは考える。
(ここは入ってはいけない樹海だ。だからこそ、誰もこない。戦士に村を燃やされる恐怖はないはずだ)
生き残れる可能性が低いことは分かっていた。馬鹿な提案だと理解していた。それでも、小さな希望が欲しかった。
『ここで暮らそう。ここに家を建てよう』
『正気かよ、クリムゾン!』
叫ぶアノスだが、クリムゾンの意図を理解していないわけではなかった。すでに帰る場所はない。戻っても、戦士に捕まって殺される可能性が高い。
『ここは入ってはいけない樹海だ。戦士はやってこない』
『ここに俺たちの新しい家を作るつもりか』
『そうだ、アノス』
クリムゾンは手にしたパンを食いちぎり、空に掲げた。
『今日ここで一塊のパンを分け合った! もう、俺たちは家族だ!!』
六人の心底に、小さな希望が灯る。短い夢で終わるかもしれない。
それでも、希望にくべる薪が欲しかった。
家族と家。
失ったものを取り戻す夢を抱き、ひと時の安らぎを得て、一夜を乗り越えたかった。
クリムゾンが叫んだ一言は、魔人の魂に刻まれた。その志は受け継がれ、街道に住む人々から四姉妹まで幅広く共有されることとなる。
クリムゾンとアノスが焚火の番を交互に請け負い、朝を迎える。
これからどうしようかとまだ寝ている四人を見ながら、クリムゾンとアノスが顔を見合わせている時だった。
『だれかいるのか?』
人間はいないと思っていた矢先、声をかけられたクリムゾンとアノスは血の気が引いた。
(こんなところまで戦士がくるのか!)
現れたのは武器を持たない、痩せた黒目黒髪の男だった。
コアとクリムゾンとアノスが目が合うと、互いに瞳を瞬かせた。
コアは(なんでここに子どもが?)と訝り、アノスは(戦士じゃない)と安堵し、クリムゾンは(弱そうな男)と驚いた。
こうして、六人の戦災孤児は始祖と出会う。当時、彼はまだ始祖とは名乗らず、本名の【地裂貫通 グラインドコア】からコアと六人に呼ばせた。
六人はコアの館に招かれる。
コアは六人に食事を提供し、家の仕事を任せた。助けられた六人はコアのためによく働いた。
ある時、コアは六人を自室に呼んだ。
コアは六人の戦災孤児に言った。
「君たちには、私の実験に協力してほしいんだ」
助けてもらったコアに六人は従う。
コアはいくつか事情を説明した。
樹海に住む魔物と同じ核を保有しコアが死なない人間であること。実験により、六人もコアのように死なない人間になる可能性が高いこと。異世界からきたこと。異世界を救うためにこちらにいること。異世界では魔神によって滅ぼされ、その対応策を求めて、コアがここにいること。
六人自身、焼きだされて、ここにいる。もっと大きな規模で同じように戦火に追われた境遇にいる人間に同情した。家と食べ物を与えられ心身潤った彼らは素直な子どもだった。
クリムゾンとアノスは、始祖の提案を受け入れた。
メカルとスロウ、リキッドとキャンドルも、二人の年長者が従うならと同意する。
こうして、六人は生まれ変わった。
彼らは魔物と融合を果たし、合成体となった。




