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175/223

172,残される者

 フェルノとアノンを見送ったアストラルは、自動車の後部座席に乗り込んだ。彼らしくなく、無造作に足を開き、膝に肘を乗せ、両手で頭部を抱え込んだ。


 リュートが後部座席の扉を閉じて、運転席へ回り込む。エンジンをかけて、「戻ります」と声がけし、王城に向けて走り出す。

 

 後部座席に揺られるアストラルはじっとしていた。


(すまない、フェルノ……)


 彼は悔いていた。悔いていても、選択肢は定められていた。預言者が告げたからではない。彼には彼の立場があった。


『アストラルの判断を支持する』


 艶やかなフェルノの言葉に包まれても、アストラルは許しきれない私心を抱いて、俯いていた。涙さえ流す資格はないと、胸にせりあがる叱責に唇を噛んだ。





 王城では、奥の控えに移動を促された人々が肩を寄せ合い、周囲を見回していた。恐れを抱く表情や、唖然とする表情など、不明瞭な状況にそれぞれに不安を抱いていた。



 聖女がお披露目され、場を移す旨を告げられ、一旦控えに移動を促された人々が、通路から控え室に様変わりされた会議室に案内された途端破壊音が叩きつけられた。

 破壊音とともに建物が振動する。経験のない揺れに、人々は、悲鳴をあげて、しゃがみ込む。事情を知るマートムとヴァニスでさえも、このまま建物が崩壊するのではないかと恐怖に襲われた。


 フェルノが呼び寄せた影の魔物が王城内部に入り込んだ瞬間である。

 アストラルとデザイアに押されて、フェルノが裏門を抜けると、影の魔物たちも祈りがささげられている環の国は居心地が悪いとばかりに、空へと飛び去った。


 王城内は一気に静まり返る。



 静けさが戻り、肩を寄せ合う人々が少しづつ動き始めた今。しんと静まった世界に、誰彼ともなく囁き始める。


 文官長が現れ、大声を張り上げた。

「ただいま、状況確認のため、武官ならびに武官長が奔走しております。避難が必要とあれば、移動用の車両を用意致しますので、今しばらく、ここでお待ちいただきたい」


 上階で進行役をし、奥に控えた文官長は、別の場で破壊音と揺れを体験し、静まり返って後、飛び出してきた。打ち合わせ通り、事は進んでいると分かっていても、心音は高く、緊張した体は汗ばんでいる。


 髪も息も乱して飛び込んできた文官長を見て、控え室で待っていた人々も驚く。

 何人かの区長が文官長に詰め寄り、押し問答が始まった。詰め寄る区長、とりなす区長。女性陣は隣の者と声を潜めて、囁き合う。






 王城の被害状況確認に出た武官長は、表門と裏門、そして一階と二階の状態に仰天した。フェルノがいなくなった空間は、教会の祈りの影響が強くなり、魔物はすでに霧散している。

 子細の確認のため、数人の武官をすでに走らせていた。


 人々の輸送車両の手配、被害状況の確認。宝物庫や倉庫の品はすでに魔神が進むと目される直線上から運び出していた。あとは、ここに集った人々を移動させるだけだ。都市部には、魔神が見えた時点で人々を輸送する車両の配置も済ませている。


 武官長は表門と裏門の中間まで歩む。

 

 魔物が通りすぎ、浮遊していた空間は無残につきた。

 区を象徴とする幕は、すべて大なり小なり裂かれている。はがれかけている幕、床に落ちている幕もある。壁の傷、階段の手すりの破損、割れたガラスの破片も散乱している。剥がれた天井の板が揺れて、今にも落ちそうだ。


(なんということか)

 武官長は言葉なく、立ちすくむ。

 

 

 


 ホーンテッド神官とリュージョン神官は、魔物が飛び込んでくる直前に鏡を奥まで運び込んだ。鏡面には二人の姿が映っている。さっきまで映っていた男性は消えていた。


「これで、もう二度と神託がおりることはなくなるのか」

「近年は、魔神関係の話がちらほらと降りるばかりだったからな」

「今日をもって、神託が失われる準備をしていたと聞いていたが……。実感がわかないな」

「不安がっても仕方ない。私たちの仕事はこれからだ、礼拝室に急ごう」


 二人の神官は鏡をその場に置き、礼拝室へと駆けこむ。

 程なく、司祭も礼拝室へ到着する。走ってきたようで肩で呼吸を繰り返し、息を切らしている。


「ホーンテッド神官、リュージョン神官。礼拝室の祈りは任せる。何があっても、この場で、祈りを捧げてもらいたい」

「かしこまりました」

「お任せください」


 涼やかな二人の神官に司祭は深く頭を垂れた。

 二人の神官も司祭に向け、頭を垂れる。

 顔をあげるなり、互いの意志を確認する。


 王城は遺跡と聖堂の直線状にある。真っ直ぐに進む魔神の進路になる可能性が高く、この王城が破壊される可能性が高いと考えていた。

 しかし、王城の礼拝室は要所であり、祈りを捧げる場として欠かすことはできなかった。

 誰かが残り、命をかけねばならない。

 王城に仕える神官二人、その役目を担う。

 ホーンテッド神官とリュージョン神官は礼拝室の中央に歩み出る。座し、祈りをささげる。






 王妃と王が侍従に守られるように礼拝室へと入ってきた。壁際に立つ司祭が気づき、王と王妃の元へと駆け寄った。


「司祭よ。始まるのだな」

「はい。時刻までははっきりしませんが、ホーンテッド神官とリュージョン神官。ならびに各地の神官の準備は整っております」

「各地の状況は」

「教会の神官は、宴開始から昼をまたぎ、日が落ちるまで祈りをささげるように指示しています。教会で一同に祈りをささげれば、預言者の望むまま共鳴しあいます」

「そうか。どうしても、王城の礼拝室は外せないと……」

「聖堂で祈りを捧げられない以上、第二の要所は外せません。召喚時とは、状況が違うのです」


 司祭は淡々と答え、王は嘆息する。

 王妃はどことなく表情暗く沈んでいた。

 

「私と王妃は階下に赴き、区長たちに説明を行おう。早急に彼らを避難させねば……」







 イルバーとデザイアは環の国の中央部を言葉なく見つめていた。

 リオンを乗せた単車を駆るジャンを見送った。

 程なく、地上部分で渦を巻いていた影の魔物たちが消えていった。

 二人が「リオンの仕業」と確認し合う頭上を、ブルースの単車がライオットを乗せて、聖堂に向かって走って行った。

 

「あそこで戦いが始まるのでしょうか」

「どうだろう。彼らが魔神を放置して、ここに来たなら別だが……」

「そうでないと信じたいですね」


 何度となく助けられているイルバーは、ライオットやアノンが、森の民を投げ出してここに来るとは思えなかった。


「信じよう。俺たちではどうしようもない」

「頼った者ができることなんて、信じることだけですよね」

「信じたことに責任を持つことだけだろう」


 王城側から人の足音が響く。状況確認に武官たちが走り、「いったいこれはなんだ」と叫ぶ声が聞こえた。


「無事に戻ってきてほしいですね」

「本当に……。本当に、ただ無事に戻ってきて欲しいよ」


 影の魔物たちが霧散し、静かな青空が広がっていた。




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