169,再会
アノンは青白い炎を揺らがせ、更に環の国へと後退する。魔神も距離を詰め始めた。走ろうと前足を掻くものの、砂に囚われ歩みは遅い。
進路を妨害しているアノンを睨みながら前進する。
アノンは魔法の杖から表出した魔力を引っ込めた。視覚的に消えても、練り出した魔力の大半は杖内部に留め置く。
ライオットとブルースを逃がす時間稼ぎとしての、ゆっくりした後退は終わった。
魔神にくるりと背を向けたアノンは環の国に向けて前進する。森の民用の渡し場上空目指し、ほうきを走らせる。
背後から魔神の尾が、アノンに向けて数本繰り出された。まるで背中に目があるかのような動きでよけるアノンは、自在に左右に振れる。
砂地に刺さりこんだ尾が埋まったまま、砂を弾き前進する。振り上げられた尾がアノンを下から襲う。
冷徹に尾の動きを察知するアノンはほうきを逸らす。かする尾は天高く振り上げられた。
数本の尾が絡むように空を踊り狂う。アノンは網目を縫うように環の国へ向けて飛ぶ。その速度に、尾は追いつけない。
魔神の尾を振り切ったアノンは渡し場上空へたどり着くなり、翻った。手にした魔法の杖を振り向きざまに振り下ろす。事前に練り込んでいた青白い炎が表出し、大きな火炎が四方に広がる。
形成された半透明な青白い薄膜に、魔神の尾が数本ぶち当たった。弾かれた尾は砂地に落ち、天に逃げる。
魔力で作られた防御壁の向こう側で、アノンは魔神をあざ笑う。
ライオットを乗せたブルースの単車は王城真上を少しそれて芝生に到達し、王城から聖堂を繋ぐ道を目印に、中央部へと突き進んだ。
砂漠から環の国へ差し掛かったあたりでは、聖堂上空を影の魔物が浮遊していたが、王城を超えるあたりから減っていき、聖堂が見えるころになると、影の魔物はすっかりいなくなっていた。
「突然魔物がきえたぞ。どういうことだ?」
「リオンかフェルノが蹴散らしたんだよ」
「蹴散らす?」
「魔物を振り払ったんだろう。リオンがやったんじゃないかな。フェルノだったら、無駄なことしなさそうだし」
「無駄って……」
「フェルノって面倒なことは、自らしないんだよ」
「そっちの世界だとお姫様だもんな」
「いや……」
王子様だから、と言いかけてライオットはやめる。
「昔っから、ものぐさなんだよ。フェルノは」
そんな話をしているうちに、聖堂の屋根が見えてきた。人影が二つ見えた。白金の髪を揺らすフェルノと、黒髪をなびかせるリオン。
二人が揃う姿にライオットの胸が熱くなる。
(やっとだ。やっと、会えたよ)
感慨に浸るライオットを乗せたブルースの単車は聖堂の屋根に到着する。
屋根の上から飛行してくる単車の存在に気づいていたリオンとフェルノも近づいてきた。
「リオン! フェルノ!」
ライオットは飛び降りるなり、喜び勇んで二人にかけよった。フェルノの雰囲気の違いに気づいたライオットは、あと数歩というところで変な顔で立ち止まる。
(話に聞いていたのと、見るとじゃ……)
笑顔を歪ませたライオットにフェルノは笑いかける。
その笑みはフレイ姫そっくりで、ライオットの背に悪寒が走った。
「せっかくの再会に面白い顔して、どうしたのさ。ライオット」
フェルノの声を聴いたライオットの顔はますますおかしくなる。
「そういうことだよ」
リオンがライオットの肩を叩く。
唖然とするライオットの横をする抜け、リオンはブルースの元へと進む。
フェルノはライオットの前で立ち止まった。
ライオットの顔色は蒼くなり、変な汗がにじみ出す。
「なに、その反応。私が女になっているのがそんなに驚くの? リオンからきいているくせに」
「驚くだろ。声もフレイ姫そっくりじゃないか」
「そりゃあ、兄妹だもの。似てて当然だろ」
「似てて、当然って……」
「けっこう美人で、びっくりしないかい」
軽く首を傾げたフェルノは片手で髪を払って見せた。
ぶっ壊れたアノンを見てきたライオットは、フェルノの余裕に半歩引く。
(この顔にこの声かよ。よくつきあってたな、リオンの奴)
(ライオットも面白い反応するね)
ライオットの呆れた視線を受けても、ものともせずにフェルノは微笑む。
「そういうことだよ」
ライオットの肩を叩き、リオンはブルースのそばに行く。
必死で走り抜けてきたブルースの顔に汗が滴っていた。
「ありがとう、ライオットを送ってくれて」
「いいや。それが俺の仕事だしな」
「ジャンはすでにここを離れた」
「そうか」
リオンは王城から続く道の反対側を指さす。
「この方向にジャンは飛んでいった。早めに出る方がいいだろう。アノンが魔神を連れてきたら、ここは戦場だ。早く抜けた方がいい」
「わかった。すぐに出立しよう」
ブルースはリオンの背後に見えるライオットの背に向けて、手をあげて叫んだ。
「ライオット! 俺はもう行く」
ライオットが振り向いた。その表情が少々青ざめているように見えたものの、すぐさまライオットらしい明るい顔で駆け寄ってくる。
「行くのか、ブルース。送ってくれて、助かったよ。ありがとう」
「俺はライオットの足だ。当然の仕事をしただけだよ」
素直なライオットの礼に、ブルースも笑む。互いにどこか別れが名残惜しかった。戦友のような感覚を二人は共有していた。
横からフェルノが顔を出す。
その美貌にブルースは息をのんだ。
「よくライオットを送ってくれた。私からも礼を言うよ。ありがとう」
「聖女様、光栄です」
笑顔を向けられ、体に緊張が走ったブルースが高い声で答えた。
ライオットとリオンが顔を見合わせ、珍妙な表情を交わし合う。
改めて、ブルースがライオットに目を向ける。
「またな!」
エンジンをかけたブルースの単車が空に浮く。
「ありがとう!」
ライオットが大きく手を振った。
リオンが片手をあげて、フェルノは笑顔で見送る。
ブルースの単車はジャンが消えた彼方へと消えて行った。
単車が小さくなるまで見送った三人が向き合う。
「さあ、これからが本番だね」
フェルノの軽やかな宣言に、黒騎士と白騎士の表情が引き締まる。
芝生を抜けたブルースが、地上にジャンの単車を見つけた。ハンドルに突っ伏して寝ているかのような姿をしている。
ブルースが近くにおり立ち、「ジャン」と呼びかけ、駆け寄る。
顔をあげたジャンを見て、ブルースが一歩引き、硬直した。
「どっ、どうしたんだよ。ジャン」
そこにはだばーっと泣き崩れているジャンがいた。
「どっ、どうもこうもねえよ!! 二度と、異世界からきたやつなんて乗せねえよ!!」
とめどなく流れる涙を見て、ブルースの口は引きつり、しょうもないものを見る表情に変わってゆく。
「たっ、大変だったんだな……」
それしか言えないブルースは思う。
(俺、ライオットで助かったのかも……)




