13,お茶の席にて
「ねえ、フェルノ。あれは何なの。普通なら、森に隠れ住んでいる大人しい魔物たちじゃない。こんなところに出てくるなんておかしいわ。どういうことなの、説明を求めるわ」
どんと構えて、テンペストはフェルノに問うた。テンペストは、魔王代行。この街道の実質的最高責任者である。街道に住む人々の暮らしを支える責務があった。
勇者一行がもし街道を進むなら、道すがら魔物が現れ、人々の暮らしを脅かすかもしれない。そんなことはあってはならない。
「ごめんね、おどろかせて……」
フェルノは申し訳ない気持ちを隠さない。
「僕はね、魔寄せの体質、を抱えているんだよ」
魔寄せの体質がどんなものか、過去の経験を踏まえて、かいつまんでフェルノはテンペストに説明した。
「……ねえ、あなた」
話を聞き終えたテンペストは頭を抱えた。
「そんなんで、街道を進んで行こうとしているの! 悪いけど、いい迷惑だわ。こっちにだって、人の暮らしってものがあるのよ」
「私も、ここまで魔物たちが寄ってくるとは思っていなくてね。山を登るごとに、ついてくる魔物たちが増えきたんだ。魔寄せの体質のすごさに、私もあらためて驚いていたよ」
「……あなた、それで平気なの」
呆れ気味のテンペストに、フェルノは苦笑する。
「一応、護衛がついているんだ。曲がりなりにも第一王子だしね。彼らが強いおかげで、私を襲ってきそうな魔物がいても、すぐに排除されるんだよ」
「じゃあ、街道を歩いて、もし、魔物がいたとしても、その護衛たちがやっつけてくれると言うのね」
テンペストは、騎士二人と魔法使いを思い出す。
「でも、あの三人、私があなたをさらおうとしたのに、黙って見過ごしているのよ。本当に、強い魔物が現れても大丈夫なの」
フェルノは笑む。せっかくの紅茶が冷めないうちにソーサーを手にした。
「あれはね、見過ごしてもらったんだ」
(んっ?)とテンペストは眉をひそめる。
「……見過ごしてもらうってどういうことよ」
長いまつげを震わせ、フェルノは紅茶に視線を落とした。それを愛でるように笑み。カップの取っ手に指を添える。
「せっかく、お誘いいただいたのに、お断りするのは失礼だと判断したんだ」
フェルノは橙色の液体が震える様を見つめ、ゆっくりとカップをもたげた。
「なによ……それ」
困惑するテンペストの声が耳に届く。
香りの良い紅茶を楽しんで、口に含む。「おいしいね」と、カップをソーサーに戻しながらつぶやいた。
笑みをたたえ、フェルノは小首をかしげ、瞼をもたげる。長いまつげが隠していた、灰褐色の瞳がテンペストへ向けられた。
惑う少女が愛らしく見えた。なにも考えてなかったのかなとフェルノはほころばせた口元に苦笑を混ぜる。真面目そうなお嬢様は、それなりに動きやすいワンピースをきていた。首元まできっちりとボタンも留められ、真面目な子なんだろうなとフェルノは考えていた。
カップをテーブルの上に載せ、すっと横によけた。
両腕をテーブルに置き、前かがみになる。背筋をピンと伸ばしたお嬢様を下から覗き込んだ。
「迎えが来るまでまだ時間があると思うんだ。ゆっくりとお話でもしようよ。せっかくのお茶の時間なんだから、ねっ」
テンペストの目が丸くなる様を、フェルノは楽しむ。
長い足を少し伸ばす。
彼女が揃えているつま先の間に、片足の先をちょんとふれた。
すぐに足を引くも、テンペストの表情が、複雑に震える様に目を細めた。
アノンが、「あの向こうにあるものを確かめに行きたい」と言いだした。
案内の魔物は一匹しかいない。どうすると、三人額をつき合わせると、アノンが居場所が分かる魔術具を出した。それをリオンに手渡し、感応するもう一つの魔術具をアノンが持つという。これで、追うことができる。赤子のこぶしほどの球体をリオンはポケットにしまった。
ライオットは護衛対象であるアノンから離れたくなかった。
「アノンは塔の中に引きこもっていたから、森の一人歩きは心配だ。俺はアノンに付き添ってもかまわないか」
嫌な顔をされるかもしれないとビクビクしながら、もっともらしいことを言ってみた。
リオンは言わずもがな、肯定した。アノンはどうだと様子見る。
「いいよ。僕の絨毯は二人乗りだから、一緒にのると良い」
渋々という訳でもなく、あっさりと了解が得られ、拍子抜けした。こうしてライオットは始めて、魔法の絨毯にのった。座り心地が良く、ソファーにあぐらをかいているかのようだった。
「いくよ」
アノンの掛け声とともに、下る細道の横、樹木が並び立つ中に、ぐいんと飛び込んでいった。向かい風が強く、ライオットの金髪はたなびいた。木々を器用に縫いながら、絨毯を操作するアノンに、ライオットは純粋に、すごいなと思った。
二人を見送ったリオンは魔物を連れてフェルノを追い、山を下りはじめる。魔法使いから解放された魔物はひっそりと胸をなでおろしていた。
一瞬、何をするのかと、テンペストはひやりとした。足先に何かが触れた感触は、まやかしではない。
(……こいつ、なに……)
テンペストは、膝にのせた手をぐっと握りしめた。睨むように、フェルノを観察する。
彼はゆっくりと身を起こした。軽く首を傾げ、柔和にほほ笑む。
「私は、魔王城に行き、魔王を倒そうという名目で旅立っているんだよ」
「……そうね。私たちも、勇者がくると打診を受けているわ」
「国から?」
「……言えないわ」
「だよね」
沈黙する。
フェルノは余裕で笑み、テンペストはぎりぎりする。さらってきておいて、今、追い詰められた気がするのはテンペストだった。
(……やな、男……)
フェルノは頬杖をつく。テーブルの端に寄せた、ティーカップに手を添える。
「……本当のことって、教えてもらえないよね……」
カップを少し手前に寄せた。
頬杖をついたまま、テンペストに上目遣いに視線を送る。
「ごめんね。私は勇者になってしまったから、建前上、魔王城に向かって魔王を討伐しないといけないんだ」
「知っているわ。それでわざわざ街道を歩くつもりなんでしょうけど。どうせなら森を迂回していただきたいわ」
「そしたら、遠回りだ。きっと魔法使いあたりが嫌がるよ」
くすくすとフェルノは笑う。
「じゃあ、街道を歩くと言うのね」
「歩くよ。もし、魔物が出ても、僕らで何とかするから、君の手は煩わせない。それぐらいは約束できる。君たちは、僕を邪魔するように演技していればいいんじゃない?」
(……逐一、かんにさわるわ……)
「テンペスト。君は、そういう役回りなんだろう」
(……こいつ、何考えているの……)
麗しい第一王子の、すべてを隠す微笑みをテンペストは警戒する。




