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141,伝達

 ライオットとサイクル、ブルースは立ち話を続ける。


 改めて、真顔に戻ったライオットを見て、サイクルはごくりと生唾を飲み込む。一介の鍛冶場の見習いが、なにかとてつもない役割を与えられる予感に、胸が高鳴り、震えた。


「アノンにとって、魔物と言えば、すべての魔物をさす。絶対に、影の魔物だけが例外なんてありえないんだ」

「はい」

 

 サイクルが身体を固くして直立する様に、ブルースは目を細めた。


「サイクルは、前方の武器で、影の魔物を狙ってくれ。影の魔物に包み込まれるぐらいギリギリまで引き寄せた方が良い。そこで、黒い影めがけて……」

「待ってください。包み込まれるって、何ですか?」

「言葉の通りだよ。影の魔物はその内部空間に人を閉じ込めることもできるんだ。だから、確実に狙うなら、包まれた直後が一番いい」


 サイクルは呆然とする。影の魔物に包まれるとは、食べられることのように錯覚していた。


「ライオットさん……」

「どうした」

「包まれるって、食べられてから撃つってことですよね。僕、その後、どうなるんですか」


 涙目になるサイクルはふるふると震えていた。

 ライオットは目を丸くして、ちょっと笑った。


「あのなあ、サイクル。食べられるのと、包まれるのは違うぞ。大きな布で包まれて、世界が真っ暗になるだけだから、引き金の場所だけ憶えておいて、闇に向かってぶっ放せば間違いなく、当たるだろう」

「じゃあ、飲まれた僕はどうなるんですかぁ」

「アノンの武器は人間には害がないから、暗闇が燃えて消えるまで待てば大丈夫だ。がんばってくれ」


 ライオットはサイクルの肩を叩き、にっと笑った。ひょええっと叫び出しそうな情けない顔で、サイクルは口をパクパク動かす。


「影の魔物ってそんな性質を持っているのか?」


 意外そうにブルースも横から口を挟む。


「そうなんだ。包まれると、魔力を使わないと引きはがせない。でも、ここの武器がアノンに加工されているなら、的が大きい方が丁度いいだろ」

「うん、まあ……。そう、言えるよな」


 ブルースは複雑な表情になる。


「アノンの武器は、魔物だけを燃やし、他の生き物には影響がないように手が加えられている。この巨木の真下に魔物が現れたら、巨木の根元に向けて弾を放てばいい。そうすれば、下からくるやつは燃えて、一定時間寄ってこれない。火柱が木と人を守り、魔物を寄せないんだ」

「俺はぐるっと他の武器を担当しているやつに伝言してくればいいのかな」

「そういうこと」


 ライオットの悪戯を含んだ笑みに、ブルースはにやっと笑った。


「俺は使いぱっしりか。今日の役割はライオットの足だしな」


「でっ、身軽な俺は上を守る」 


 ライオットは槍の先端で居住区の上に張る枝ぶりを指し示した。


「えっ? そこには魔物なんて……」


 そう言ってサイクルは口ごもる。


「そのまさかだよ。さっきの枝揺れは、大蛇の動きだ」

「ええ!!」


 サイクルは仰天する。


「上をどうにかする手段は、見当つかない。だから、そこは俺がやる。そういう訳だ、影の魔物は頼むな、サイクル」


 大事な役目を割り当てられたサイクルは、首を縦にブンブンとふった。 


「わかりました。じゃあ、僕は先に行きますね」

「よろしく頼むよ」


 ライオットとブルースは、ひらひらとサイクルに手を振った。彼の背が小さくなるまで見送り、真顔になる。


「影の魔物もくるか」

「来るとふんだ方が、安全だ」

「そうだな」

「ブルースは伝言が終わった後、ここに単車を運んできてくれないか」

「そしたら、出るのか」

 ライオットは頷いた。


 リオンが旅立ってからそれなりの時間が過ぎた。火柱が三本立ち、まだいくつか残ったとしても、居住区近くに静かに迫っていてもおかしくはない。罠だとて、すべての魔物を捕らえるわけではない。


 すでに森の居住区周辺に、どれだけの魔物が近づいているのか。分かったものではなかった。


「じゃあ、まわってくる」


 そう言って、ブルースは歩き出す。背を見送り、ライオットは一人になる。

 槍を持ち、もう片方の腕をぶらんと垂らした。振り返れば、砂漠がある。青空に黒い影が左右に何本も回遊している。砂漠の上空では、なにやら影の魔物たちが慌ただしい。


(魔神の体質に影響を受けるか、フェルノの体質に影響を受けているのか、まったく分からないな)


 前を向けば、左右には森が広がる。目の前には、居住地を支える巨木の幹。そして、大ぶりの枝葉。その枝葉の中には、先ほど氷漬けしてきた大蛇もいる。


 さらさらと葉が揺れる。音が泥中に沈んでしまったかのように消えている。

 

(嫌な静けさだ)


 ライオットは、巨木の向こうの空を見つめた。


(何かが起こる時ってのは、同時に起こるものだよな)


 

 


 サイクルが先端に備えた狙撃用散弾銃の元にたどり着く。その横にはいつもの背がある。

「親方」


 振り向いた鍛冶場の技術者【嗜虐立体 キュービックサッドネス】は、サイクルに向け「よう」と軽く手をあげた。


「サイクルか、どうした」

「親方こそ。どうして、ここにいるんですか」


 冷静な親方とは対照的に、サイクルはわたわたする。


「なにって、見張り番だろ」

「交代の時間はまだじゃないですか!」


 はっと、何もわかっていない弟子の態度に呆れながら息を吐いた。

「そりゃ、人手が足りないからと、新米の小童こわっぱ一人に任せられないからに決まっているだろ。男たちは、ほとんど森へ出たんだ。このぐらいやれる者がやるしかないだろ」


「僕一人だってなんとかなりますよ」

「ばかやろ。こんな危険な場所、子どもにまかせられるか」

 ごんと親方はサイクルの頭頂部を叩いた。


「ひどいですよ。叩くことないじゃないですか。僕だって、ライオットさんの伝言を伝えに来たんですからね」

 サイクルは大威張りで胸を叩いた。


「ライオットの伝言?」

 怪訝な顔をする親方にサイクルは意気揚々と、影の魔物への対処法を説明した。





 ブルースが左手にある最後の狙撃用散弾銃の設置場所にやってきた。そこには、膝を抱えて座り込むイルバーの妹サラがいた。


(なんでここに?)


 ブルースが訝りながら違づくと、きしっと木の床が鳴り、反射でサラが振り向いた。二人は目が合い、「あっ!」と互いに驚く。


「なんで、ここにいるんですか。ライオットと一緒じゃなくて!」


 ずんとサラが立ち上がる。イルバーの妹というだけで、ブルースは根拠なくおじ気づく。


「……ってサラちゃんが、見張りってことはないよな」


 なに言っているのとばかりに、サラは両の拳を腰に当てた。


「ないわよ。ただのつなぎ。ここの担当の人は昼食を食べに行ってもらっているの。その間の見張り代役ってわけ。まだ静かだもの。食事ぐらいちゃんととらないともたないでしょ」


(相変わらず、ご飯に厳しいなあ)


 ははっとブルースはサラに合わせて空笑いする。


「俺は、ライオットの伝言を各狙撃用散弾銃の担当に伝えるために歩いているだけだ。それが終わったら、いよいよ単車の準備をして、出発ってわけだが、担当が戻るまで、ここに足止めだな。ひとまず」


 へろっと情けなく笑うと、サラもそういうことなのねとばかりに、軽く笑った。


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