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11,誘われたので遠慮なく

 テンペストは、白金の髪を目印に、背後に近づき、勇者を捕まえた。


 騎士風の二人と、黒いローブを着た魔法使いは早々にターゲットから外す。まずは勇者からと、【闇黒 イリュージョン】を使い、手を伸ばした。逃げられても困ると浮遊する空間内で、背後からぎゅっとつかむ。彼はなぜか抵抗しなかった。


 闇に紛れて、連れ去り、ふわっと抜けた先は、魔王城の別邸だ。街道のゴール地点にそびえる魔王城と、街道の入り口にある別邸。本来は、街道に時折現れる巨大な魔物を退いた後に魔王城まで帰りそびれた時の宿泊施設として利用している。


 闇から降りたテンペストは、男にかけていた腕をするっとほどき、彼の横に立った。

「ごきげんよう、勇者様」


 やわらかい白金の髪が夜風に揺れる。月明かりを吸い込み、ほんのりと光の粒子が飛ぶ。人とも思えぬ流麗な男性が、小首を傾げ、微笑した。


 挨拶したテンペストは、目を見開き、ついで点になる。今まで後ろから抱きつき、前から見ていなかったため、気づかなかった。


(本物の王子様だ!)

 テンペストの背筋がピンと立つ。


 男は柔らかく笑み、テンペストの手を取った。

「麗しいお嬢さん、お招きありがとうございます。私は、【鬼神残響 グレネイドインフェルノ】。どうぞ、フェルノとお呼びください」

 自身の手を柔らかくそえた女性の手を少し掲げる。


(こんな、美丈夫だって聞いていない!)

 本の挿絵にあらわれそうな男性と正面切って相対す経験がなかったテンペストは目の前の景色がぐるんと回りそうになる。


 フェルノは手の甲にキスを落とす真似事をする。一瞬閉じた瞼が、開かれれば、灰褐色の瞳が柔和に笑んだ。


(ど、どうしよう。そういえば、四天王って、何をしたら良かったっけ……)

 かっと頬が熱くなり、テンペストは生唾を飲み込む。


(とっ、とりあえず、勇者一行の邪魔をすればいいのよね。魔王城へ向かう道程を遠回りさせたり、途中で足止めしたりすればいいのよ)

 テンペストはめまいを覚え、天地がさかさまになりそうになると、刹那的な自己説得を行い、拳を握る。


(私は四姉妹の長女。手本を見せずして何になる。このまま、引き下がるわけにはいかない。勇者という魔王の宿敵に、動じるわけにはいかないわ)

 若干取り乱し気味のテンペストは意味不明な理由で、意を決した。


「どうぞ、こちらは魔王城の別邸です。よろしければ、お茶でものんでいかれません」

「はい、お邪魔します」

 男は飼い犬を思わせる嬉しそうな顔でまた笑んだ。

 テンペストは、なぜここで男が素直に応じるのか、理解できなかった。




 囚われた【闇黒 イリュージョン】は、絨毯にのるアノンにがっちりと尻尾をつかまれたまま、震えていた。

「せっかく出した家ももっかい戻さなくちゃいけないし、最悪だ」


 アノンがぼやくと、握る黒い影の尻尾にも力がこもる。痛みを感じるのか、影は天に向かってピンを身を立たせ、また小刻みに震えた。


「しかたないだろ。その魔物のせいだけじゃない」

「フェルノが抵抗しなかったんだ」

 騎士二人は平静だ。野営訓練などあれば、寝る時間も最小で、歩き続けることもある。慣れていると言えば、慣れていた。


「本当に、あれぐらい振り払えるだろうに、ついて行ってさ。追いかける身になってほしいよ」

 半分眠くなっているアノンは機嫌が悪い。 

「女の子だから、やめたんだろ。ちょっと魔法使おうかなって素振りみせていたのになあ」

 薄紫の髪をかき上げ、饒舌になる。普段の言葉少ない嫌味ではなく、あからさまな嫌悪を言葉多く隠しもしない様を、騎士二人は新鮮に感じだ。


「こんな真夜中になんで移動しなきゃいけないんだよ。ほんと、フェルノと一緒に行くなんて、仕事じゃなければ放棄もんだ。

 魔物を呼ぶったって、森ん中に一人にさせても、自分の身ぐらい自分で守れるんだから、国だって、建前なんてどうでもいいから、魔物の森に捨てちゃえばいいんだ」


(……きれてんなあ……)

 ライオットは苦笑してしまう。

((……十六歳だもんなあ……))

 二人の騎士は同時に彼と自分の年齢差を考えてしまう。ライオットからは四歳、リオンから見れば六歳下。

 出会った時はまだ、アノンは声変わりしたてで、身長も伸びきっていない少年だった。こんな子供が護衛、と二人は瞠目した。もちろん、子どもとみられたことに苛立ったアノンに二人は睨まれてしまった。


(人と関わろうとしないから、あんまり知らないんだよなあ)

 ライオットは改めて、秘密裏な護衛対象を理解していない自分に気づく。塔に住まうようになっても、他者と距離を取り、こもりぎみ。常に存在は遠かった。


 アノンは、握っていた【闇黒 イリュージョン】の尻尾を引く。背後から片方の手を差し込んだ。魔物はびくんびくんと体を跳ねさせた。ずずっとアノンが手を引くと、その手には核が握られていた。彼はそれを躊躇なく口にほおりこんだ。怒りまぎれに咀嚼する。魔物はしゅんと身を垂れさせた。


((……眠いと怒りっぽいんだな……))

 交流を好まない少年魔法使いの一面を興味深く感じながら、二人の騎士は、急ぐことなくのんびりと歩く。


 不機嫌なアノンに八つ当たりされる、案内役の【闇黒 イリュージョン】だけはたまったものじゃない。





 そのころフェルノは、うきうきしていた。屋敷から出ることがなかったフェルノにとって、女の子からのお誘いなんて、始めての経験だ。

 テンペストと名乗る少女に招かれて、魔王城の別邸と呼ばれた、小ぶりな屋敷へと足を踏み入れる。

 入るとぬいぐるみサイズの羊たちがぞろっと並んでいた。フェルノに誘われてか、テンペストの足元を通り過ぎ、二足歩行でよちよちと寄ってくる。


(ぬいぐるみが歩いてくる)

 魔物なのか、ぬいぐるみなのか、羊たちは見た目の区別がつかない。これはぬいぐるみです、と言われれば、それはそれで納得してしまいそうだった。

 彼らは足元に集まり、クリンとした丸い艶やかな目で見上げてくる。


 羊というより山羊に似た魔物は見たことはあった。もっと大きく、大きな角を持ち、荒々しく、可愛くはなかった。一年前、満月の夜に現れ、アノンに討伐されたのだ。


 あの時は、騎士達も魔物の襲来に気づいた。が、魔法の絨毯で山頂付近で対峙するアノンにもそれなりに目的があることを知っている二人は、魔物が山を下りてきた場合に備えて終わった。


 フェルノはぬいぐるみサイズの羊を一匹抱き上げた。もこもこしててやわらかい。体は細いようで、むぎゅっと押しつぶせば、毛皮が手の形をとり大きく沈んだ。


 前を歩く、テンペストが振り向く。

「【水銀羊 ジャンクション】、【歌う羊 スプーキートラウマ】。お客様にお茶をお出しするの、手伝って」

 呼ばれるなり、数匹いた羊たちがいっせいに向きを変えた。

「フェルノに抱かれているのは、彼をお席に案内してね」


 テンペストが歩き出すと、羊たちが行列を作りついて行く。

 手元に残った一匹の羊が、あっちあっちと左側を腕差した。

 通された居室にて、四人掛けの丸いテーブル席に案内され、フェルノは羊に示されるままに椅子に座った。

 

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