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131,もし魔神が……

 ライオットとリオンは、居住区の端まで歩む。隊を組む単車が、空を飛行し、森の中へと潜んでいく。


 ライオットは際に備えられた手すりを掴み、眼下に広がる広大な巨木の森を眺める。火柱は細くなり、じきに消失しそうである。

 空も明るくなってきた。

 

「かかったのが魔神なんて都合良いことはないだろうなあ」


 額に手を添えるライオット。目を細めて遠くを見みようと試みる。消えそうな火柱はあっても、魔物は見えない。すでにあの炎の中で消滅してしまったのだろう。


「なあ、リオン。魔神が復活したら、魔物がさらに凶暴化することも考えられると思うか」

「ありえるだろうな」


 魔神の復活が近づいてくるごとに魔物が狂暴になっている。森の民たちの警戒も、魔神に備えるだけでなく、魔物の狂暴化を見越してのことだった。


「フェルノみたいだな」

「なにがだ」

「魔神さ。フェルノは魔物を引き寄せるだろ。魔神は魔物を狂暴化させる」

「フェルノみたいに、いるだけで、周囲の魔物に影響を及ぼすか……」

「ちょっと怖いな」


 魔物の国で、森を歩いた時に、フェルノが引き連れて歩いた魔物の数を二人は思い描いていた。


「リオン、ライオット」


 背後から声をかけられ、振り向くと、ブルースとジャンが近づいてくる。彼ら二人が今日のリオンとライオットの足である。

 ジャンが片腕をあげた。


「単車の準備はできている。すぐに出ようと思えば出れるぞ」

「ありがとう。ひとまずは居住地にて魔神らしい魔物が出るまで待つつもりだ」


 ライオットが答え、数歩前に進む。ジャンは腕を降ろす。リオンも歩み出て、集まった四人は輪を囲んだ。


「魔神の姿も分からないしな」

「ライオットは、遺跡で魔神を見たじゃないか」

「残念だけど、緑と黒の繭に包まれていて本体は見てないんだ。繭の大きさだけなら、でかいとしか言えないよ」


 ライオットは肩をすくめる。

 四人が輪を囲んでいた中央に、ばさっと子どもぐらいの大きさの葉が落ちてきた。数枚の葉が、テントの上にも、他の人々の間にも落ちてくる。


「珍しいな、葉が落ちてくるなんて」

 

 ジャンとブルースは上空を見上げた。つられるように、ライオットとリオンも上を見る。


 巨木の枝がばさばさと揺さぶられている。居住区の最上階より高い枝と葉の隙間に、ライオットは生き物の影を見た。その枝の揺れの大きさから、魔物がいると推測できた。

 ライオットが槍先を動く枝に向けた。


「さがれ」


 リオンが、腕を水平にし、ブルースとジャンを後退させる。リオン自身も数歩下がった。


 人当たりの良いライオットの表情が変わる。巨大な樹木の枝を揺り動かし潜むものに狙いを定めていた。

 つかんだ槍を、後ろへ引く。踏み込んで、槍を持って後ろへ下げた腕を体ごと振り切った。


 投げ放たれた槍が枝の隙間を突き抜ける。

 ライオットは巨木の幹を目掛け、走り出した。幹が近づくなり、枝の内部めがけて飛び上がった。垂直な幹を数回蹴り上げ、枝の中へと消えていく。


 三人は素早いライオットを見送った。


「すっげえぇ」


 ジャンが驚愕し、ブルースは言葉なく見送る。何度か、超人的なライオットの動きを見ていても、見慣れることはなかった。


「ジャン。俺を単車にのせてくれ。すぐに空を飛んでもらえないか」

「あっ、ああ。行こう。すぐ出せる」

「ブルースは、ライオットを待っていてほしい」

「わかった」

「後は、伝言を頼む」

「伝言? ライオットか」

「すぐ戻る。そう伝えてくれ」

「ああ、わかった」


 ブルースを残し、リオンとジャンは単車に向かって走り出した。


 ライオットの動きに仰天したのはジャンだけではない。周囲の森の民もライオットの動きを唖然として見送っていた。


 

 


 ライオットは、幹を蹴り上げて、枝の中へと入りこむ。大ぶりな枝に足をかけ、更に上へと飛び上がった。

 巨大な魔物が潜んでいることは分かっていた。放った槍は、枝を縫う魔物に狙いを定めた。枝を這う魔物と言えば、大蛇【叫喚 フェスティバル】だ。


 ライオットは太い枝を足場にして立ち止まった。上を見て、横を見る。魔物はどこかに潜んでいるはずだ。

 潜ませていたアノンの手が加えられたナイフを手にする。枝に動きを制限される場なら、小ぶりの武器の方が扱いやすかった。


(投じた槍が見当たらない。枝に刺さっていないなら、狙い通り魔物を貫いたか)


 たわむ枝と枝の間に大蛇の胴がずずっと通り過ぎていた。狙い定めて投じており、けっしてあてずっぽうで投げたわけではない。


 ライオットは重心を落とし、腕を伸ばし、ナイフを構えた。 

 左右に体を動かしながら、顔も動かし、周囲を警戒する。


 上から葉がすれる音がかすかに響く。音につられライオットが見上げるなり、勢いよく口をあけ放った大蛇が落ちてきた。



 


 リオンはジャンとともに単車に乗り込んだ。リオンが座るなり、ジャンが振り向く。


「目的は何だ」

「まずは高いところから、遺跡がある方角を教えてほしい。次に、もしより高い地点から遺跡を眺められる場所があるのなら案内してほしい」

「なら、石切り場の頂上辺りがいいだろう」

「上空で、位置を教えてくれ」

「分かった」


 役割に徹すると決めたジャンは、詳しい内容は聞かなかった。リオンの望むままに単車を走らせることだけに集中する。


(ライオット。悪いが、しばらく任せる)


 走り始めた単車の後ろで、リオンは大樹に隠れるライオットに居住地の安全を託す。


 リオンも樹上に大蛇が現れたことに気づいていた。

 人間のいる場所に向かって、魔物が直進する。まるで、フェルノと同じ体質の者がここにいるかと錯覚しそうだった。


 もしフェルノと同じ体質の者がいたら、こんな魔物ばかりに囲まれた場所で暮らしてはいられなかっただろう。


 故に、リオンは、魔物たちの変化は今起こった、と考えた。


 ライオットが思い付きで呟いたことでも、もしフェルノと同じように魔物に影響を与えることができるなら、遺跡では魔神がすでに蘇っているはずだ。


 しかも、仮説が正しければ、魔神は一歩も動かなくても、魔物へ影響を与えられる。


(ならば、最初にすることは……)


 大蛇はすでに森の民の居住地域へ侵入を果たした。このまま、魔神は一歩も動かなくても、数多の魔物に影響を与え続け、森の民の居住地は、魔神が現れるまでもなく、魔物に蹂躙される可能性がある。籠城虚しく、崩れ去るかもしれない。


 そこには、子どもも女性もいる。アノンが寝ずに残した武器も底がつきる。疲弊し、負傷者が出てくれば、不利なのは人間側だ。

 リオンは、由々しき事態を察知し、動いていた。


(魔神をいち早く動かし、フェルノのもとへとつなげなければ)


 フェルノも含め、アノンとライオット。四人が揃い、魔神に対峙する状況を目指さねば、なにも始まらない。この世界の人間では、魔物相手には弱すぎる。


(動かないなら、こちらから、動くようにしむけてやろう!)


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