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127,歴史

 魔王城では、館の主人をむかえての夕食準備であわただしくなる。


 急な来客によって忙しくなるのはデイジーだ。ドリームにお買い物を頼み、手伝いにテンペストが走り、リキッドとキャンドルはその他の雑用で動く。

 地下にこもっている魔道具師だけでなく、暗がりから出てこない預言者まで今日は食卓を囲むという。


「もう、ただ事じゃないわ」

 デイジーは悲鳴をあげながら、台所を動き回る。



 

 サッドネスは、ゴシックとともに塔にのぼり、見張りにいたエムと交代する。階段を降りようとするエムに、エクリプスが戻ったら塔に来るようにと伝言も依頼した。


 ゴシックこと、始祖は窓辺に手をかけ、賑わう街道を見下ろした。

 サッドネスは少し距離を取り、彼の背後に立った。


「なつかしいなあ。私はここを人間の国へと向かって二百五十年前に旅立ったのだよ。

 昔はこんなに家もなかったのに、大きくなったものだねえ」

「隣にあって、二百五十年も戻られなかったのですか」


「うん。ほとんど戻らなかった。気づかれない程度にのぞき見する程度さ。私が始祖だと、知られる行動は極力控えていたんだ。

 サッドネス。君は私の存在を父親から聞いたのかい」

「はい」

「そうか。どこまで聞いたのかな。二百二十年間の歴史は聞いただろうか」

「旅立ち直前でして、そこまで詳しいことは聞いていません」

「私の正体ぐらいかな」

「そうですね」


 始祖は片手を窓辺に置き、振り向いた。さんさんと輝く青空を背景に、白髪交じりの黒髪が風になびく。色落ちし、濁った黒目が、死んだ魚のようにひずんでいる。


「これが最後だ。少し昔語りをしよう。

 始祖に歯向かった侯爵家の末裔サッドネス。私は君に敬意を払いたい。

 ここは君たちが汚名を雪ぐための、最終決戦地でもある」


 



 始祖が異世界に渡ったのは三百年前。

 目的は封印した【凶劇 ディアスポラ】の復活への対抗手段を手に入れるためだ。

 現在は魔王城を呼ぶ館を建て、研究に明け暮れた。

 その間も、現人間の国の領地では国々の争いが絶えなかった。

 戦火を逃れて、人が時々逃れてきた。

 現在魔王城に住む魔王、預言者、魔道具師、魔女はその頃に始祖に拾われた孤児である。

 魔王たちだけでなく、人間の国から何人も人が流れてきた。いつしかそれは踏み固められ、道となり、街道の基礎となった。


 研究はある一定の成果をもたらした。魔神への対抗手段を見出すまでに至る。

 

 二百五十年前、始祖は館を出た。街道をのぼり、戦火乱れる地へ渡った。

 三十年は不遇だった。国を統一したくとも、協力するに足る一族が見つからない。

 

 そこで出会ったのが、地方の一部族だった。小さな領地を守り、細々と生きる彼らは、今まさに周囲の国々の結託により滅ばんとしていた。

 始祖は手を貸そうと申し出た。

 部族長の長男はその手を取った。彼は言った。


『どんな力を得ても、それは俺が世界から預かった力だ。その力を行使するのは、人々、ひいては世界のためだ。

 強ければ強い力であるからこそ、その力は世界と共にある』


 始祖と長男は約束を交わす。


『コアよ。もし俺が特別だとしたら。その理由は一つしかない。

 それは、その強さを得てなお、その力を世界のためと手放せる魂を持っていると言うことだ』


 長男は豪胆に笑う。


『いいだろう。俺の子孫を、お前の思惑に加担させる。その代わり、今まさに蹂躙されようとしている私たちを守る力をくれ。なあに、二百二十年後の話だろ。俺の子孫だ。お前の思惑通りに行くわけがないはずだ』


 長男は始祖の意を受け、技術を持って、その身に魔力を宿す最初の人間となった。

 始祖は、人間の国統一がつつがなく進むように、魔王と預言者を呼び寄せた。

 魔道具師に依頼し、魔道具を作らせた。


 魔王と預言者は暗躍し、人々を蹂躙した。統一のために、彼らは諸手を血で濡らした。魔王と預言者は後の侯爵家の祖となる戦士と結託し、歯向かう要塞をことごとくつぶしていく。

 魔王と預言者が率いた部隊は、騎士内部でも特殊な諜報暗部へと系譜が続いている。


 魔道具師はその道具を持って、人命を奪った。

 かりだされた魔道具師が持ってくる道具に興味をもった十歳の子どもが、戦火の中で二十歳となり、戦後三十歳になった。青い髪の彼は、魔王や預言者を真似て黒いローブを着て、魔道具師の技術を用いて道具を作る。

 後の伯爵家へとつながり、伯爵家と魔道具師は表裏一体の間柄となった。


 しかし、部族長の一族が王族と名乗り、統一を高らかと宣言しようとする矢先、長男は道半ばで倒れた。命潰えた彼の遺志を継いだのは、彼の弟だった。


『兄さんの遺志は僕が継ぐ。

 この統一を持って、世界から戦火を無くしたい。弱い者が蹂躙される時代を僕が終わらせるんだ』

 

 弟は豪胆な兄と違い、柔らかな雰囲気で笑む。


『兄の妻子は公爵家として存続させる。

 コア、いや、今は魔法術の始祖と呼ぼうか。兄より引き継ぎ、王となる僕が、兄と始祖の約束もまた、引き継ごう。

 兄は、僕のような、軟弱な者でもないがしろにしなかった。平和な時代がくれば、僕のような優しさもまた価値あるものになるだろうと評価してくれた。

 兄の遺志は僕の血統が引き継ぐ。

 兄と始祖の約束は、僕の子孫が代わって果たそう。始祖、僕は約束を果たす』


 王となった弟は、子々孫々を始祖に差し出した。


 王族は家畜だ。魔神が復活した時に送り込む能力者を生み出すための、二百年という時間をかけて行う生体実験に加担した。


 途中、侯爵家の反乱はあったものの、おおむね始祖が望んだ結果を生み出した。


 魔物を呼び寄せる体質を持つ第一王子【鬼神残響 グレネイドインフェルノ】。

 潤沢な魔力を保存する公爵家長男【忌避力学 アンノウンクーデター】。


 二人を異世界に送り込むに至るまでは、始祖と王家の約束は守られた。






 サッドネスは冷徹な雰囲気で、始祖の語りに耳を傾ける。

 始祖は微笑む。


「君たち侯爵家が私を排除しようとしたことは、理解できないことはないんだ。

 私を排斥することに失敗した君たちが、這うように、私への対抗策を模索することを邪魔をする気はなかった」


 サッドネスの眼力が尖る様を、始祖は面白そうに受け止める。


「怖い目だね。さすが、最強の戦士の子孫だ。たとえ文官に落ちたとしても、君たちの本質は戦う者であることは変わらないね」


 その時、カンカンと階段を登る音が響いてきた。

 サッドネスと始祖の視線が自然に塔の階段へと向けられる。

 

「ゴシックさん!? 本当に、本当にゴシックさんなのか」


 塔の上部に顔を出したエクリプスの恰好を見て、二人はぎょっとする。深刻な雰囲気を一気に吹き飛ばす、貧相な魔術師が現れた。髪は乱れ、枯れ葉をくっつけ、裾を泥で汚した衣類はところどころ破れている。


「おお、エクリプス。久しぶりだな。元気だったか。なんだ、そのボロボロな上に、泥だらけの恰好は!」

「魔道具師様方に雑用頼まれて、連日こんなんなんですよ。あの人方、俺が若いからってこきつかいすぎなんですよ!!」


 ばっさばさの青い髪を振り乱すエクリプスは悲鳴をあげた。


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