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10,四天王襲来?

「これだけ小さい子たちに囲まれていると、愛されている気さえしてくるよ」

 あふれんばかりの、魔物に囲まれ、照れながらフェルノは笑む。膝にも、肩にも足もとにも、無数の魔物がふよふよ付きまとっている。


 炎を挟んでフェルノと向かい合うアノンが、上目遣いに嘆息した。

「呪われているとか、憑りつかれているとか、の間違いじゃない」


(うわ、そこまで言うかよ)

 横に座っていたライオットの方がひやひやする。


「そう? よく見ると結構可愛いと思えてくるんだけどなあ」

「気持ち悪いのに、可愛いの?」

「うん、そうだね。一見、両立しなさそうなのに、愛着ってまるで幻覚を見せるようだね」


「そっ」

 つきあってられないとばかりにアノンは、本へ視線を落とす。


「本当に、これだけ好かれていると愛着を感じて、可愛くなるものだね。不思議だね、ねっリオン」


 ライオットの前に座るリオンは、急にふられても答えようがないと複雑な表情を浮かべる。


「僕には、美味しそうにしか見えないけどね」


 球体の魔物が騎士二人の目の前に浮遊してきた。アノンがちろっと視線を流すと、恐怖を感じたのか、そのままぴたりと止まり、そろそろと後退していった。



((……二人とも、おかしいのだが……))

 目の前の球体が後退していく様を視線で追いながら、リオンとライオットは同じこと思い浮かべた。



 フェルノは 【眼球サイコ】を親指と人差し指でぷにぷにといじる。

「ねえ、リオン。明日からはまっすぐあの街道を歩き、魔王城に向かうのでいいだろうか」

「はい、その予定です」


「いいのか、リオン。これからどんな魔物がいるか知れないし、街道には魔人が住んでいるんだろう。大丈夫なのか」

「ライオット、魔人と魔物は別物だよ」

 膝に頬杖をつき、アノンが冷たくささやく。

「魔人は、僕ら人に近い。フェルノの体質は、魔物を寄せる体質であって、それは人間に及ぶものではないんだ。魔人も同じだろう」


「魔人と魔物は違うのか」

「違うよ。魔人はほぼ人間。魔物のほとんどもフェルノの傍に寄っているような小さいものしかいない」

「フェルノの傍に飛んできたでっかいやつらは!」

「ほぼ、いないよ。一般的には魔物の国には恐ろしい魔物がいることになっているけど、ほどんどがフェルノの周りにただようぐらいの弱くて小さな魔物ばかりだよ。人を襲うのは、元から狂暴な【叫喚 フェスティバル】や【切断 ウロボロス】だろ」

「えっ、そうなの。フェルノやリオンも知っているのか」


「私は一応、知っているよ」

「俺は知らない、ライオットと同じだ。となると、魔物の国に対する恐怖とは……」

「でっちあげさ」

「じゃあ、街道を歩いても、俺たちが魔人に襲われることはないのか」

「そういうこと」


「むしろ、私が歩くことで、魔物を寄せて、集落に住む人々を危険にさらさないようにしないとね」

 ふふっと笑うフェルノに、魔法使いはため息をつき、騎士二人は悩ましい表情を浮かべた。


(((誰のせいで危険にさらされるのか分かっているのか)))

 他人事のようにとらえるフェルノに、名ばかりの護衛たちは、誰を守りに行くのか分からなくなる。


 方や、名ばかりの勇者は赤黒い影の尻尾を引っ張って手放す。ぴょーんと飛んでいく様を楽しんでいた。魔法使いは、指先で四角い魔力の箱を作り、ふわりと飛ばして明滅する【根絶 サイコ】をその箱内に捕まえていく。両手で抱えるほどの大きさになったところで、手もとに引き寄せた。


 一つひとつは明滅するも、まとめると【根絶 サイコ】が入った箱はランタンのように明るかった。


「ちょうど良い、夜の明かりになるね」

 魔法使いは、光る箱を膝にのせる。


 炎がゆらぐ。風はない。

 月も星も輝く夜空に、煙は真っ直ぐ、たちのぼる。

 火はあたたかく、爆ぜる音も心地よい。


 魔法使いは、箱を撫でる。


 白騎士は、時折、脇に集めておいた薪を、炎に投げ入れた。


 黒騎士は、身を屈めて、炎の奥をじっと見入る。


 勇者は、小さな魔物に囲まれながら、【根絶 サイコ】を両手でつぶし、その手からするりと抜けていく様を楽しむ。


 四人、それぞれ思うことはあるものの、正直に語るほどの関係ではなかった。密命なんて本心ではどうでもいいと思っている者。密命を隠しながら、会話を続けられるほど器用ではない者。すべての真意を測りかねている者。なすがまま、何事も意志の介入及ばず、諦めきった者がいた。


 屋敷では互いに自室があり、必要以上に関係を持たずに来た。二年目にして、四人は初めてこんな近い距離で、長い時間を共にしていた。


 必然の沈黙を破る、真っ暗な帳が降りた。

 

 騎士二人は上部を見上げた。座っていたはずなのに、浮いたような感覚に襲われる。

 座り姿のまま、ランタン代わりの箱を抱く魔法使いが「魔物だね」と呟いた。


 焚火も消える。空間内に、手にしていたもの以外、何もなくなった。真っ暗闇の中、魔法使いの手にしたランタンが柔らかく周囲を照らす。四人はその光から、互いの位置関係を確認し合った。


「魔物につつまれたな」

 騎士二人、各々の業物に手を添える。


 魔法使いが首を傾げ、長めの薄紫の髪を耳にかける。

「僕がやろうか」

 フェルノが愛着を示す魔物に手を出すほど、落ちてはいなかった。ただ、手を出してくる魔物ならば、容赦する気はない。


 牽制し合うは魔物ではなかった。騎士二人と魔法使いは、目配せする。


(((……だれがやる……)))


 勇者は、背後に人の気配を感じた。

 三人の護衛も勇者の背後に揺れた気配に感づく。




 フェルノは人の気配を背後に感じた時、魔力で応じるか、剣で応じるか迷ったものの、一瞬でそれらの手段を取り下げた。

 

 花の香りに包まれて、柔らかな手の感触が肩に触れる。

 振り向くと、ふわりとカールした長い髪の少女がいた。闇の中で浮遊し、フェルノの肩にかけた手を伸ばし、ぐっと後ろから抱いてきた。


 迷う必要はなかった。

 フェルノは笑みを浮かべる。


 護衛三人の目じりがびりっと痺れた。

 

 少女は不敵に笑み、名乗りを上げた。

「私は四天王が一人、【悪の華 テンペスト】。勇者様ご一行にご挨拶にまいりました」


 そのまま、すうっと包まれた闇の中に少女は溶けていき、フェルノは手のひらを下の方で軽く振った。

 二人が闇に溶けきって、護衛三人は、どことなく重たい表情を浮かべた。

 

「あの、大丈夫か」

「話があるなら、ここで話せばいいのにね。わざわざ、フェルノと二人きりになるなんて……」

 沈黙を切ったライオットに、アノンも同意する。


 騎士二人は目を合わせ嘆息し、同じことを思う。

((……命知らずだよな……))


 魔法使いは、どうでもいいとばかりに、魔力を伝わせた手で、闇の空間をまさぐった。ぐっとつかんで、斜めに振り下ろす。


 アノンの手によって引き裂かれた闇の空間は消えさり、三人は元の山頂に戻っていた。


 アノンの手には、尻尾をつかまれた魚のように左右に身を振る黒い影が、逆さづりにされている。

「やっぱり、【闇黒 イリュージョン】か」

「たべるの? アノン」

「いや、案内させる。とりあえず、追うだろ。ライオット」

「それしかないよな。行くだろ、リオン」


「……助けに行くか……」

「この場合、誰から誰を助けるんだ」

「行ってみれば、分かるんじゃない」


「俺なら、明日までほっておいてほしいかな」

「……ライオット、そういう意味で誘われているわけではないだろ……」

「まあ、そうだけど、その辺は夜は長いし……」

「それ以前に、あの……、分かってなさそう」


 アノンのセリフに、なんとない沈黙が降りた。

 リオンはフェルノの暇つぶしにつきあう面倒くささを思い描く。ライオットは女の子に誘われて断る必要はないと考える。アノンは魔物が寄ってきてどう対処するのだと呆れていた。

 それぞれ別のことを考えていたが、擦り合わすことはしなかった。


 三人は、何のために自分たちがいるのかよく分からなかった。

 どう考えても、この魔物の世界で、現れた四天王に対しても、街道を進むにしろ、一等の危険人物は、フェルノしか思いつかない。


「あの娘、魔王の四天王なんだから、夜にさらう方が、らしい、とか考えたのかな」

「ライオット、そんな浅はかな考えないだろ」

「あの娘、なんか頑張ってそうな印象だったんだよ。アノン」

「まあ、そうだな。女の子が夜に一人でふらふらしちゃいけないよな」

 リオンのとってつけたような、どうでもいい結論で、重い腰をあげるしかなかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] どのキャラクターも好きなのですが、サイコが可愛くてたまらないです。 初出からなんだか愛嬌があるなと思っていたのですが、寄ってくる小さいサイコたち、可愛いです。 この作品のマスコット的存在に…
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