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126,黒幕と生贄

「よろしく、テンペスト。明日まで厄介になるよ」


 魔王城に現れた魔法使い【贖罪無為 ゴシックペナルティ】は無理やり握ったテンペストの手を上下に振った。

 大ぶりな握手にテンペストは目を白黒させる。

 人の気配を察知したデイジーとドリームが台所から顔を出す。


「どうしたの、白姉様」

「いちねえ、誰か来たの」


 二人は、見知らぬ男がテンペストと一緒にいる姿を見とめた。

 ゴシックは顔をあげ、デイジーとドリームを見て、笑顔を作った。

 テンペストからも手をはなし、大仰に両手を広げて見せた。


「君たちは、デイジーとドリームだろう。話には聞いていたけど、大きくなったねえ」

 

 まるで姉妹の幼少期を思い出すかのような口調に、テンペストは疑問符が浮かぶ。ゴシックと名乗る男は若く、ドリームならいざしらず、デイジーやテンペストを知っている年齢とは思えなかった。


「申し訳ないのですが、魔法使いの方。私たちのことを、なぜご存じで? 魔法術協会のどなたかから聞いてきたのかしら」


 不審を浮かべてテンペストは問う。こんな怪しい者を、なぜリキッドとキャンドルか迎えに行ったのか理解しがたかった。


「いや。私は、昔から知っているよ。テンペスト、魔王が君を連れてきた日から……。いや、それこそ、ずっと昔からね」

「どういうことかしら」


 テンペストは魔法使いがなにを言っているのか分からない。

 デイジーとドリームも魔法使いを警戒する。

 緊張感が場を包む。その空気を鎮めるように、魔王のかすれた声が響いた。


「テンペスト、デイジー、ドリーム……」


 三人の姉妹がボードゲームを行っていた魔王とサッドネスに目をやる。二人は立ち上がり、魔法使いの方へ正面を向けていた。


 白髪交じりの黒髪の魔法使いは、満面の笑みを浮かべる。死んだ魚のように沈んだ黒目を細めた。


「お父様はこの方をご存じなのですか」


 リキッドとキャンドルの反応にしても、見知らぬ存在とも思えない。なにより、老いた魔王の両目が見開かれ、久しく伺うことができなかった輝きが揺れていた。

 サッドネスが冷静な表情で語る。


「知っているも何も……。

 今回の作戦の首謀者はこの方です。私やエクリプスもまた、彼の要請にてここに来たのです。すべての作戦の立案者がやってきたと思ってください」


「立案者」


 テンペストと、デイジー、ドリームが一斉に魔法使いを見つめた。

 こんな穏やかな表情をした若白髪の目立つ優男が首謀者と言われても、テンペストはすぐに呑み込めなかった。責任者にしては、見た目が若すぎる。

 

「気遣いありがとう、サッドネス。さすが優秀な侯爵家のご子息だ。宰相が誇りに思っているだけはある。

 魔王……いや、クリムゾン。長らく、館の管理をありがとう」


 テンペストは、魔王城を館と呼んだ魔法使いの語彙に引っかかる。


「始まりの子ども達には、長い時を渡らせてしまった。君たちには心より感謝している。

 魔王クリムゾン、預言者アノス、魔女リキッドとキャンドル、魔道具師メカルとスロウ。

 長い長い時をよくぞ私と共に渡ってくれた。それも明日で終わりだ。本当に、私の使命とよくぞ一緒に旅をしてくれたよ」


 とうとうと話す魔法使いに、テンペストたち姉妹は警戒心をあらわにした表情を向ける。


「あなたは何者なの」

「私?私はね……」

「この方こそ、この館の主なのだよ。娘たち……」


 魔王が嗄れた声で口を挟む。

 主と呼ばれた魔法使いは、口元をほころばす。


「久しぶりの我が館に、懐かしさで胸がいっぱいだよ。クリムゾン」


 魔法使いは嬉しそうに目を細めて、知らぬ彼女たちに答えを告げた。


「この館を出て街道をのぼった時の私の名は【地裂貫通 グラインドコア】。

 異世界からの来訪者であり、魔法術の始祖にて、世界の均衡を保つ天候の魔法使いです」






 昼食も一人で済ますことになったフェルノの元に、やっと侍女が現れた。時刻はすでに夕方。目的は宴の衣装合わせだ。


 フェルノに挨拶し、衣装の小道具をテーブルに並べる。

 フェルノは立っているだけでいい。手慣れた彼女たちに任せておけば、着替えはすぐに終わる。


 鏡に映る下着姿の女の子が今の自分の姿だとフェルノは目に焼き付ける。

 自嘲は微笑みにすり替わり、フェルノの表情を彩った。


 侍女たちは、その麗しい微笑に一瞬見とれ、再び作業へと戻っていく。


 鏡に映る顔立ちは妹姫そっくりだ。男の時と背丈と髪の長さは変わらなかった。喉元も滑らかで、首から肩、腕にかけては柔らかい曲線が流れる。

 なによりも、胸から腰の括れを辿り、ふっくらとした臀部の稜線から太物にかけての柔らかさが女性らしさを物語る。


(胸より、くびれから盛り上がる臀部の柔らかさの方が女性という感じがするよね)


 誰にも咎められない自分の体を、片手で腰の括れから、臀部、太ももへと流れるように撫でつけた。

 

 悠長に身体観察をしていると、侍女が衣装を持ってきた。彼女たちに合わせ、スカートに足を通し、そでぐりにも腕を通した。


 胸元に細かい刺繍をあしらい、水平に伸びた刺繍がほどこされたささやかな布地が袖となり二の腕にそっとかかる。胸部上は素肌を晒し、首元は袖の刺繍と同じ首飾りのような布を、チョーカーのように飾る。前回のドレスより背中は包まれ、肩甲骨がささやかに露出する程度だった。


 胸元より、脇から腰、臀部のラインがはっきり浮かぶ。臀部から膝裏辺りまで包みこみ、膝下より裾までわずかに広がる姿は百合のつぼみを連想させた。


 裾には、胸元の刺繍と同じ模様があしらわれている。


(美しい体つきをきれいに包んで魅せてくれるね)


 ドレスを着たまま、左右に腰をひねってみる。腕を少し上げて見て、流れるような体のラインに、女性であると再確認しながら、その滑らかさに息をのむ。


(この姿を見て、気持ち悪いとしか思わないリオンの方がおかしくないか)


 胸だって小さくない。腰から臀部にかけてのラインを見て、元が男だったとは誰も思わないだろう。


(部屋に時間を止めて忍び込んでいるのに、何もしないなんてありえないよな)


 ほほ笑めば、鏡の向こうには、妹姫そっくりの美しい姫が佇む。

 化粧も施してもらえば、そこには艶やかな女性が映し出される。


(やっぱり、美人だよなあ)


 全身から、面まで見回して、フェルノは自身のドレス姿に感心するのだった。


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