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9,山頂到着

 フェルノ達一行は屋敷の裏手にそびえる山を登る。リオンを先頭に、フェルノ、ライオットと続く。アノンの姿はない。絨毯にのる彼は、山頂より高いところで、ふわふわと浮いていた。


 フェルノは足を進めながら、空を眺める。

「さすがアノンだね」

「フェルノ様……、いえ。フェルノも、絨毯やボードを使えば空からでも行けるのでは?」

「そうだね、ライオット。きっと行けると思うし、その方が楽だよね。でもね、そうすると、私にとっての楽しみが半減してしまうんだよ」

 そう言って、フェルノはほんのりと笑む。


 屋敷から出たことがない第一王子にとって、山を自分の足で踏み越えていくのは新鮮だった。土を踏む感触も、枝葉が擦れる歩きにくさも、何もかもが初めての経験だ。


 王子の意向を尊重し、二人の騎士はフェルノと共に山頂を目指す。曲がりくねる山道を進む間に日は昇り、傾いていった。山頂に近づくにつれ、魔物が徐々に増えていく。


 フェルノの目前を、明滅しながら【根絶 サイコ】が浮遊する。光る球体に手を伸ばし、パッとつかんだ。握ると、ぷるんと手から滑り抜ける。【眼球 サイコ】を掴むとぐにっと楕円に歪む。弾力がある感触が癖になりそうだった。

 ふわんふわんと手のりサイズの【根絶 サイコ】や【眼球 サイコ】が足元にくっついてくる。山頂に近づくほど数は増していった。


「なんだか、親鳥になった気分だよ。ヒヨコを従えて歩いているみたいだ」


 フェルノの後ろを歩くライオットは、彼の足元からこぼれ落ちる魔物を踏みそうになる。踏めば、間違いなく転ぶだろう。


(こんな山道で転びたくないよ)


 ライオットは零れ落ちてくるトラップに苦心しながら、登り続ける。


 すーっと赤黒い影が木々の合間を通り抜けていく。最初は一筋だったのに、フェルノが進むごとに、一本、二本と増えていく。赤黒い影の【虚無 アイミーマイン】がフェルノ達一行に寄り添うように流れてきた。


 相手にしきれない数に、騎士二人は、魔物が手出ししない限り放置することにした。




 一行が山頂に到着する。日は傾き、雲間が赤く染まりかけていた。

 のぼってきた側を見下ろせは、王城とその敷地がある。フェルノ達が住む屋敷は山に近すぎて見えないものの、王城の向こうに広がる城下町はよく見えた。


 フェルノは頭にも腕にも足にも、とにかく全身に小さな魔物たちを引き連れていた。苦笑しながら、つついたり、捕まえたり、逃がしたり、楽しむ。

 取り巻く無数の魔物たちは、足元に転がり、体をぐるりと囲むように浮遊する。えもすれば小さな魔物たちにフェルノは、もみくちゃにされそうである。


 ぐいんと絨毯にのったアノンが急降下してきた。魔物を連れ歩くフェルノを見て、「なにそれ」とあからさまに嫌そうな顔をする。脇には一冊の本を抱えていた。


「まったく、これから先が思いやられるよ」

 アノンは嫌味を込めた声音で、正直な感想を言い捨てた。


 一緒に登ってきた騎士たちがあえて口にしなかったことだった。黒騎士と白騎士は目を合わせて、深いため息を吐いた。フェルノの体質を抱えて、魔物が住まう森を歩くのは気が重い。


「今日の野営地はここなのか、リオン」

「ああ、アノン。ここに泊ろうと思う」


 山頂付近、割と広い平地があった。進み出たアノンは、片足を左右に動かし、土を払う。ついで、二度足踏みした。足を踏みながら、ぐるぐると周辺を歩いてみる。


「うん、これなら、なんとかなるかな」

 

 するとアノンは、ポケットから小さなナイフを取り出した。刃を出すと、高くかかげ一気に下に振り下ろす。空間に裂け目が生じた。

 何をするかと、同行者が見ていると、アノンはその中に手を突っ込む。ぐいっと中から何かを引き出した。

 歪んだ小ぶりな家が一軒表出する。あっという間に大きさもゆがみも整えられ、そこに家が一軒、どんと建ってしまった。


 フェルノは手を叩いた。

「すごいなあ。アノンがいると、野宿知らずだ」


 振り向いたアノンが、すました顔で冷ややかな目をむける。

「エクリプスに特注の家を頼んだ。僕は、外で寝るなんて絶対に嫌だ」


 生粋の公爵家のお坊ちゃまは、こんなところに魔術具を惜しげもなく使うのかと、平民リオンは呆れるやら、生まれや育ちの違いを感じいるやらで、複雑な気分になった。それだけの魔術具を用意する金額を考える気もおきない。


「でも、アノン。私は一度、焚火というものもしてみたいよ。せっかくの山頂だ。空を見ながら楽しむのもいいじゃないか。きっと星も月もきれいだよ」

「一晩中じゃないなら、いいんじゃない」


「じゃあ、ライオット。焚火の準備は頼むね」

「えっ、俺。ああ、わかりましたよ。でっ、フェルノはどうするんですか」


「私は、王城とは反対側の景色を見に行くよ。リオン、ついてきて」

 フェルノはリオンとともに、王城側に背を向け、歩き始める。程なく、山頂の際につき、二人は立ち止まった。


 深い樹海が広がっていた。街道がその樹海を真っ二つに分けている。街道沿いには家々が点在し集落が形成されている。街道の末端には真っ黒い円錐形の屋根を持つ塔が見えた。

 わかりやすい、目印のような魔王城である。


「目的地はあそこだね」

 フェルノはリオンに確認した。

「はい。フェルノさ……、フェルノ」


 癖で様をつけようとして、リオンは言い換えた。

 貴族や王族とは立場が違うと、えらく自分を縛っている男が、呼び捨る。それだけで、フェルノは面白くてならなかった。


「いったいどんな魔王様がいるんだろう」

 そんな面白みにのせて、目的を口にすれば、魔王討伐という建前の使命さえ面白おかしいものに感じられた。


「魔王だけでなく、四天王という手練れもいるそうですよ」

「へえ……、私たちはその四天王も含めて、相手にしなくちゃいけないんだね」

 フェルノはくすくすと楽しそうに笑った。

 どうせ碌なものじゃないだろうと、たかをくくっていた。




 ライオットは焚火の準備をする。乾いた木を集め、適当な大きさの石も拾ってきた。

「薪や石が欲しいなら、出すか」

 気まぐれなアノンの申し出に、身振り手振りでライオットは四つの石を依頼した。希望通りの石を出してくれたアノンに礼を言い、火を囲むように等間隔に置く。丁度座るに良い石に、最初に腰掛けたのはアノンだった。


(意外)とライオットはアノンを盗み見る。焚火なんて興味なく、近づかないと踏んでいたからだ。アノンは本を開き、静かに読もうとしたところで、ふと顔を挙げた。


「なに、ライオット」


 意味なく見つめていたライオットが焦る。とっさに目にはいったのは、本だった。

「なんの本を読んでいるんですか」

「魔法術の始祖【地裂貫通 グラインドコア】の二百年前の原書の写し」

 それだけ言うと、アノンはまた視線を文面へと戻す。


(うわ、また難しい古典を……)

 驚くも嫌悪はない。アノンの魔法が確かな基礎の上に成り立っていると思えば、その勤勉さにライオットは尊敬の念さえ覚える。

 

 

 焚火の炎がきれいに立ち、バチバチと心地よく爆ぜる。

 一仕事終えたライオットも石の上に座る。見上げれば、空が朱と紺の層を形成し、白い雲を取り合うように染めていた。


 リオンとフェルノも戻ってくると、焚火を囲み、座った。


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