107,再会
リオンが森の際にある渡し場に到着したのは昼頃だった。遠目で見るよりも大きな木々に目を見張った。渡し場に備えられている小屋で一休みし、その際に昼食もとる。
デザイアとジャンは、森の民の居住地へ向かうための単車と呼ぶ乗り物の点検と準備に出た。
小屋の中で二人を待っていると、コラックが横に座った。
「さっきのあれは何ですか。影の魔物がやられるところなんてはじめて見ましたよ」
興味津々に聞いてくる見習い運転手に、魔法と魔術具についてかいつまんでリオンは説明した。魔力について話すころになると、彼の目が点になっていた。
「異世界って不思議な世界ですね。まるでおとぎ話だ。実際に見ていないと信じられないですよ」
「俺から見たら、自動車みたいな硬くて重い金属が走っている方が不思議だよ」
笑いあっていたら、小屋の外にいたドミックが顔を出す。
「おい。デザイアとジャンの準備ができたぞ」
小屋の外にでると、馬の胴体部分だけを模したような乗り物にまたがるデザイアとジャンがいた。
(あれが単車という乗り物か。自動車よりは手軽そうだな)
そんな感想を抱きながら、言われるままにデザイアの後ろにまたがった。
単車はまるで魔法使いが扱う絨毯やほうきのように浮き上がり、空を飛ぶ。見送るドミックとコラックに軽く手を振り、渡し場を後にした。
小一時間飛び、森の民の居住地におり立った。板が敷き詰められた床が地面のように広がっている。見上げれば、そこここに木で組まれた骨組みが見えた。枝や幹に絡まった柱に支えられて床が敷かれ、階段によりつながっている。
「樹上で生活しているのか」
「魔物に襲われないようにですよ」
「すごいな」
リオンが感嘆すると、デザイアが笑った。
「アノンやライオットと同じような反応をしますね」
二人の名前が出て、リオンは苦笑した。はじめてここに来た時の二人がなんとなく脳裏に浮かんだ。
アノンとライオットが遺跡から戻るのは日暮れ頃だろうということで、リオンはデザイアとともに役場に向かうことになった。ジャンは単車の整備で残るという。
階段を登りたどり着いた役場には首領がおり、旅立った二人が色々話してくれていたおかげで、顔を合わせはスムーズにすんだ。時間もなく、かいつまんで互いの知っている情報を照らし合わせた。
ひとしきり話終え、一息つく。出されたお茶に口をつけて、リオンもやっと人心地ついたと肩の力を抜いた。
「リオン、どうします。このまま、ここに残りますか。一行が戻ってきたら、この役場に来ます。私は、一度戻りますが、二人を迎えたいなら、単車がおり立ったフロアに一緒に行くこともできます。どうしますか」
「そうですね。二人の顔を早く見たいので、迎えに行きますよ」
「では、お茶を飲んだらすぐ出ます」
首領がずずっとお茶をすする。
「何人、帰ってこれるか、なあ……」
「そうですね……」
デザイアがしんみりと答える。
リオンにはその意味が一瞬分からなかった。
「アノンとライオットが同行していて、何か心配でも?」
「近年、魔物が狂暴化しています。アノンさんには無事に行って、文字盤を読んで戻ってきてもらいたいので……」
「魔物が何十体も現れる恐れでも?」
「そこまでは、さすがに……。それでも片手で数えられる程度の狂暴な魔物は出てくると思います」
リオンはほっとした。
「それなら、きっと全員無事ですね」
目を閉じて、あたたかいお茶で喉を潤した。
涼やかなリオンの表情に、デザイアと首領は顔を見合わせる。なぜ、そんなに落ち着いていられるのか、分からなかった。
そうして、リオンとデザイアは再び、単車がおり立つフロアへと向かった。戻ったフロアでリオンはデザイアと空を見上げる。
真っ青な空が広がり、日暮れまではもう少し時間があった。
「リオン、旅立った者たちが全員無事とはどういうことですか」
横に立つデザイアが聞いてくる。
「そのままだが」
「そのままとは……」
「俺が砂漠を渡る途中で見せたでしょう。あれと同じようなことが、二人はできます。アノンとライオットがいれば、数体の魔物なら無傷で帰ってきますよ」
「あんな力を、二人ともですか」
「ええ、だから安心して、ここで待ちましょう」
そう言って、リオンは高く澄んだ空を見上げた。
腰に剣は二つある。託された柄を撫でる。
(もう少しだ。二人と会って、必ず戻る。待ってろ、フェルノ)
彼方の地平線が赤らんできた頃、空から複数の単車がおり立った。二人乗りをしていた一人が、ぽんと勢いよく飛び降りると、走り出した。真っ直ぐにリオンに向かって走ってくる。
太陽を思わせる金髪に活き活きとした碧眼を輝かせる見慣れた白騎士。数日ぶりの邂逅なのに、リオンの胸が熱くなった。
力を失ったフェルノを助けに行く仲間が現れた。
(仲間ね……)
今さらながらおかしくなる。旅立つ前まで、力は認めても、信頼や仲間という感覚はなかった。むしろ一人でも十分という、個々の集まりであり、ライオットが唯一の間をとりなすような雰囲気があったにすぎない。
無口なリオンも、引きこもるアノンも、不振から距離を置くフェルノも、皆どこかよそよそしかった。強い自分一人いれば、他は誰もいらないぐらいの傲慢さがあった。弱いと自認し、人懐っこいライオットはどれほど居心地が悪かったろう。
最後に背を向け去っていった無力なフェルノを助けられるのは誰か、リオンはよく分かっていた。彼に必要な力を取り戻すために、フェルノを置いて彼らに会いに来たのだ。
「リオン!!」
駆け寄ってきたライオットに、リオンは安堵の表情を浮かべていた。
「ライオット、無事だったか」
「ああ、リオンこそ、無事でよかった」
徐々に歩調がゆっくりとなり、ライオットはリオンの前で止まった。
「フェルノは?」
「今は環の国で聖女として保護されている」
「ああ……」
ライオットは頭に手を押し当て、ぐしゃぐしゃっとかいた。
「やっぱ、そっち……」
「ああ、フェルノがな。変わってしまったんだ」
「こっちも、アノンがだよおぉ」
嘆きながら、ライオットは困りはてた表情を浮かべる。
「僕がなんだって!」
背後から鋭い語気が飛んできた。ライオットは思わず、横に飛び跳ねる。退いたところで、アノンとリオンが向き合った。
「リオン、無事でよかった。時間もない、まずは首領のところへ行くよ」
見上げてくる紫の双眸を輝かせる薄紫の髪を揺らすアノンを見て、リオンは息をのんだ。
「フェルノも、すごかったが……」
「なに?」
眉を曲げて、眉間にしわを寄せて、アノンはむっつりと嫌な顔を作った。
「いや。そう、嫌な顔するなよ。俺もフェルノでてこずったんだ」
「そりゃそうだよね。僕も、正直、本意ではないよ」
そう言って、アノンはするっとリオンの横を通り抜けて、進み始めた。
ライオットはその様を見て、ため息を吐く。
「ライオット」
「なに」
無表情なリオンに、ライオットがげんなりとした顔をむける。
「大変だったな」
返ってきたねぎらいの言葉がライオットの胸を打つ。今まで誰にも、分かってもらえなかったことをはじめて理解してもらえた気さえした。
「リオン、そうなんだよ。本当に、大変でさあぁぁ」
泣きだしそうになりながら、ライオットは両目に腕を押し当てていた。




